第四話
黒澤による先輩の話を聞いて、未来が涙しながら予言するという、お決まりのパターンになりそうな予感が。い、いやぁ、まさか。今日の未来の感じなら、ちゃんと断れそうだしな。黒澤本人だって、予言しなくていいと明言しているんだし。
「ボクさ、こう見えて入学当初すごい地味系な陰キャだったんだ〜。友達も一人も出来なくてね〜。てか、最初の頃なんて誰とも会話出来なかったよ〜。趣味だって、父親がアニメ会社に勤めてる影響で、よくアニメを見るくらいだったし。全然楽しくなかったな〜あの頃は」
いまの様子からは地味さなんてものは微塵も感じない。このキャラは少し遅めの高校デビューだったのか。
「そんな時にね、ボクの運命を変えるできごとが起こったんだ。シーン一〜出会い〜」
なんかウザいタイトルコールから黒澤の語りが始まったんだが?
「いつも通り、授業が終わって下校しようと昇降口を出たんだ。でも生憎のにわか雨で、少し待てば止むだろうと図書館に行って時間を潰そうと思ったんだ。校内ではサッカー部やバレー部が筋トレをしていてね、大変そうだけど、すごく充実している顔をしていたよ」
「あいつらは別名ドⅯ集団でござる。頑張る俺カッケー系男子の巣窟でござるよ。けっ!」
それはただの偏見だと思うが……。
「そんな顔を見てたらね、ボクも部活入ればよかったな〜って後悔したんだけど、今更入るのも気が引けちゃって……で、放送室の前を通ったら、映研の部員募集のポスターが貼ってあってさ〜。ドアが開いたままだったから、コッソリと中を覗き込んだんだ。そしたら、一人だけ男の先輩がいて……」
「それが運命の出会いだったんだね……」
目を潤ませながら、未来が相槌を打つように言う。もう既にダメな気しかしないが。
「うん。じゃあ続きを。シーン二〜別れ〜」
別れるの早っ! シーンの間に何があったんだよ。
「先輩は三年生で、もう引退のはずだったんだ。でも、一人も映研に入部しなくて困っている時にボクが来たらしくて、えらい歓迎して貰えてさ〜。話しているうちにゴイス〜仲良くなって、放課後に先輩と話すのだけが楽しみだったよ〜」
「先輩と黒澤君の友情だね……うんうん」
「男と男の友情。素晴らしいですよね。憧れます」
いつの間にか近くで立っていたイトナが、うっとりした表情で言う。どうやら、いつものイトナに戻っているみたいだ。
「どっちが受けで、どっちが攻めですか?」
「やめろイトナ。そういうことじゃない」
「受け? 攻め?」
未来は小動物のように、小首を傾げている。
知らないのか……ピュアだな。アキバより絶対ピュアホワイトだって。
「いいですか未来さん。この場合の受けとは……」
「やめろ! いらんこと吹き込むな!」
イトナを押さえつけ俺の袖を引っ張りながら、未来が問いかけてくる。
「ねー、受けってなーに?」
「拙者はBLより、断然GL派でござるなぁ」
「聞き捨てなりせんねアキバさん。百合より薔薇でしょ普通」
「いやいや、だから腐女子は嫌でござるよ。GLの良さがわからないなんて。百合や薔薇って表現するのも腐女子特有の変な文化でござるな。片腹痛し!」
「ねーねー、攻めってなーに?」
「薔薇の良さが分からないからデブなんですよアキバさんは!」
「デブは関係ないでござろう⁉ こ、このロリっ娘!」
「クマー。教えてよー」
「うぐぐぐ……」と声をあげながら睨み合うイトナとアキバ。なんて不毛な争いだ。
「悪い黒澤。あの二人のことは気にせず続けてくれ」
「りょうか〜い」
白い歯をこぼしながら、親指を立てる黒澤。
「五月に入った頃かな〜。受験もあるし、先輩は完全に引退することになったんだ。他の三年はとっくに引退していたし、二年は全員幽霊部員。入部した一年はボクだけだから、実質映研はボク一人みたいな感じになっちゃってさ〜。このままだと、来年には廃部って顧問に言われてて。結果を残せれば、学校側もすぐに廃部にはしないだろうし、新入部員も集まりやすいんだけどね~」
口ぶりはお気楽そうだが、その眼は真剣そのもので。
「先輩が過ごしてきた青春の場だし、やっぱ無くなるのは寂しいからね。それに、ボクにとっては大切な場所なんだ。守りたいと言ったら大袈裟だけど、残しておきたい。先輩と過ごしたあの場所を」
「い、いい話だねぇ。う、うぅ……」
未来はダバダバと涙を流し続けている。
泣きすぎて、目の周りは真っ赤になっていた。
涙を拭いたストールは濡れすぎたせいで、向こう側が透けて見えそうだ。
「だからまず、創部以来一度も通過していない『映画WOLRDCUP』の一次選考を通過したいんだよね~」
「わた、わたし、応援するよぉ。頑張っへねぇ……」
未来は鼻をすすりながら、黒澤を鼓舞するように声援を送った。
「黒澤君なら大丈夫っ。一次選考なんて余裕で通るからっ! わたしが言うんだから、間違いないよっ!」
…………ん?
「……あれぇ?」
自分の発言を振り返る未来。サーっと、血の気が引いていってる。
そうだよな、うん。聞き様によってはいまの言葉──
予言をしたようにも聞こえるよな⁉
水晶玉を使って予言すると知らなかったら、いまのが予言だと勘違いしてもおかしくはない。
恐る恐る黒澤に目を向ける俺と未来。
「な〜んだ未来チャン! なんだかんだ言っても予言してくれたんだ〜。サンキュ〜で〜す!」
未来──────っ! なんでだ、今回は大丈夫だったじゃないか! なんでいまになって……ちょっ、おま、未来──っ!
「あ、あわ、あわわっ! ち、ちが、ちが……っ! いまのは……」
椅子から立ち上がって右往左往する未来。黒澤はそんな未来には目もくれず、
「未来チャンが予言してくれたから安心だ〜! ありがとちゃ〜ん! じゃ、ボクはこれで! ふぅ~」
テンション爆上げで、部室から出て行こうとする黒澤。
「ま、待て待て待て!」
「どしたの阿熊クン?」
やばい。引き止める理由を考えていなかった。
「いや、その、どんな映画撮るのかなーって」
「も〜、気になるの〜? さてはボクのファンになっちゃったね〜?」
アンチにはなりそうだが、ファンになることはないんじゃないだろうか。
「今年のテーマは『オカルト』と『地方』なんだ。だから、それに沿った作品だよ~」
「オカルトか……なるほど。だから俺らに出演して欲しかったのか」
「そゆこと〜。ボクは監督だし、役者やってくれる知り合いなんていないから、君たちなら協力してくれるかな〜って」
黒澤からの協力要請があるなら、表立って行動することもなんらおかしくない。
予言実現のために、俺たちは全力を注ぐだけだ。
「話は聞かせてもらいましたよ!」
クーを天に掲げ、イトナが声を張った。横ではうな垂れるように、アキバが息を荒くしている。二人の性癖勝負は、イトナの方に軍配が上がったみたいだ。
「オカルトといえば私とクーちゃんの出番です! 必ずや、いいオカルト映画にしてみますよっ!」
これだけ上機嫌なイトナなんて見たことがないかもしれない。
オカルトという、イトナのテリトリーに踏み込んでくる人間なんてそうはいないからな。オカルト仲間が増えるかもしれないし、嬉しいのだろう。
「お〜! 心強いね〜!」
イトナを鼓舞する黒澤の横を、千鳥足でアキバが歩いて来る。
「クマ殿、拙者は新たな扉を開いたでござるよ……」
「無理やりこじ開けられたの間違いじゃないのか?」
「……クマ殿は攻めに見せかけた受けっぽいでござるな」
「やめろ! 俺をそんな目で見るな!」
イトナめ。アキバになんてことを……まだ二次元オンリーの方がよかったぞ。
「え、えっと黒澤くんっ! 一緒にいい映画にしようねっ! あ、あはは」
胸の前で握りこぶしをつくり、未来は引きつった笑顔を浮かべた。
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