第三話

「うぅ……。ね、ねぇ……動画、終わったぁ?」


 涙を浮かべ、上目遣いで尋ねてくる未来。だからそのコンボはヤバイって、マジで思い切り抱きしめてしまいそうになる。


 ディスプレイに視線を向けると、血だらけ男のアップのまま動画は止まっていた。直ったばかりだからフリーズでもしたのだろうか。

 ついでにアキバに視線を向けると、顔面蒼白のまま動きが止まっていた。

 やけに静かだと思ったら失神してたのかお前……。メガネの奥は白目を剥き、だらしなく開いた口からは泡を吹いていた。


「いや、画面はさっきのままだ。まだ見ない方がいいかもな……アキバのことも」


 この状況だから俺は動けないし、アキバはただいま閲覧注意だ。


「じゃ、じゃあクマぁ。終わるまでこうしてていい?」

「……いいぞ」


 あー……一生終わんないでくんねぇかな。


「ありがとね……」


 シャツをぎゅっと握って、未来は顔を余計に埋めてくる。

 動画さえ終わらなければ、この可愛い生物と一生こうしていられるのか。よしアキバ、画面だけそのままでパソコンぶち壊してくれ。もっと堪能していたい。……反応がない。なんだ、ただの屍か。


『ぐぷっ……ぷっぷぅ……』


 無音だったパソコンから、奇妙な声が聞こえてきた。

 だんだんと朧げな輪郭が浮かんできて、ハッキリとその姿を現していく。


「ひっ!」


 未来が喉をひきつらせた。


『ごっぱぁ……がぱっ、ぺぎゃぁぁあああ!』


 パァンと、なにかが弾ける音。


 男が爆散した。


 言葉通り、体内から膨れ上がり爆散したのだ。大量の血と肉片を飛ばし、男は絶命した。


「いやぁあ──────っ!」


 未来が絶叫する。

 耳元で叫ばれたせいで鼓膜が破れるかと思った。耳鳴りのように、キーンとした音が響く。


「うがぁあ──────っ⁉」


 って、俺を思い切り腕で締め付けてきてる! 胸の感触とか言ってる場合じゃない、ただただ痛い!


「やめろ未来! いた、痛い!」

「や、やだやだやだ! 怖い、怖いよクマ! やだぁ……止めて、止めてぇ」

「い、い、今止めると、男の肉片が映ってるけど大丈夫か?」

「大丈夫なわけないじゃん! うぅ、クマのいじわるぅ」


 甲斐甲斐しく言ってるけど、力は強まる一方。

 あ、なんか痛みで意識が遠のいてきた……ちょ、一回待っ──。


「失礼するよ~!」


 ノックもなく部室に入ってきた金髪の男。

 制服に黄色いカーディガンを首から巻き、ハンチングを被っている。

 チャラい人物にも見えるが、センスのかけらも感じさせない全身黄色と金髪という組み合わせ。なんだろう、残念感がハンパない。


「ん〜? なんかゴイス〜な状況になってるね〜」


 男は部室を一瞥したあと、両手の親指と人差し指をカメラに見立てて、俺らを撮るそぶりをした。


「お〜、昼間からお暑いね〜そこのカップル。う〜ん。いい画が撮れそうだぁ〜」

「か、カップル……⁉ 違うよ、わたしたちはまだそんな関係じゃ……いや、まだっていうのは、その、言葉の綾というか……」


 徐々に声音が小さくなっていく未来。

 なんて言ってるのかよく聞き取れないうちに、顔を赤くして、慌てるように俺から離れていった。数分ぶりに俺の背骨が解放されることに。

 たっ、助かった……。脊髄の損傷は免れたようだ。


「あっそうだ、勉クンは?」

「アキバなら、そこで失神してるぞ」

「ん?」

「失神してる」

「ん〜?」


 首をひねる男だったが、俺らの後方で床に尻をつき、窓際の壁にもたれかかるような姿勢で失神していたアキバを見つけた。途中、ブツブツと呟くイトナを見ていたが、すぐに視線を逸らしていた。おぉ、実に賢明な判断だ。


「勉クン? 勉ク〜ン」


 男はアキバの肩を揺らし、声をかける。


「でゅ、でゅふぅ……あれ、武殿でござらんか」

「やっと起きたね勉クン~。も~、何してるの~」

「思ったより怖かったでござる……」

「肝心のパソコンは? 上手くいった?」

「うむ、成功でござるよ。そこに置いてあるでござる」


 男はパソコンを確認してから、「完璧だね~」と満足気に折りたたみ、


「ありがとで〜す! よかったよかった〜。資料用の動画を見てたら急にパソコン反応しなくなっちゃったからさ〜。勉クン、マジリスペクト!」


 あのグロ動画が資料って、何をする気なんだこの金髪は。バイオハザードでも起こすつもりか?


「あ、そうだ。ここに来たついでに、え〜っと、未来チャン? 予言を頼みたいんだけど〜」

「え、よ、予言ですか?」


 眉をひそめて、俺の顔を伺ってくる未来。俺は静かに首を横に振る。

 さっき話したばかりじゃないか、今月は最低限にするって。わざわざ五月に入ってすぐに予言する必要はない。月末にする方が他の予言を断りやすいし、効率がいい。


「えーっと、ちょっといまは……」

「ボク映画研究部なんだけどさ〜、今度映画の大会に出ることになったんだよ〜。その名もずばり『映画WORLDCUP』!」


 やんわり断ろうとする未来を御構い無しに、男は話しだした。あー、人の話を聞かないタイプだな。


「あ、名乗ってなかったね〜。ボクは一年八組の黒澤武。将来この国を代表する映画監督になるんで、サイン貰っとくならいまのうちがチャ〜ンス!」

「おー、言われてみれば映画監督っぽい格好してるねー」


「ふむふむ」と見定めるように、黒澤の周りをくるくると回る未来。


「えへへ、サイン色紙ないから半紙でいい? あとペンもないから筆ペンでいーい?」


 貰うんかい。要らないだろ絶対。こいつが世界進出したら、日本終わったと思われそうだ。

 未来は占い机に半紙と筆ペンを取りに行き、黒澤へと手渡した。

 慣れた手つきでサインを書く黒澤は「転売はダメだかんね〜?」と念を押していた。

 どこの有名人だお前は。つーかサインうま! 筆記体で無駄にかっこいい!


「見て見てー。ふふっ、サイン貰っちゃったー」


「いいでしょー?」と見せびらかしてくる未来。まるで物を自慢してくる子供みたいだ。

 でもごめんな、一ミリも羨ましくないわ。


「なーに阿熊クン。キミもサイン欲しいのか〜い?」

「俺はお前が有名になったら貰うよ」

「も〜、照れ屋なんだから〜」


 残念ながら照れ隠しなどではない。それより、未来は有名だから知っていても不思議ではないが、クラスも違うのにどうして俺の名前を……。


「ボクはさ、キミのことが欲しいんだよね〜」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。


 えーっと、俺のことを知っているのは黒澤が俺のことを欲しいからであって……欲しいとはつまり──


「はあぁ──っ⁉」


 驚きのあまり、柄にもなく大声をあげてしまった。

 未来に抱きつかれた時とは違う意味で思考が停止してしまう。

 え? 俺はど、どうすれば……どうしろと?


「阿熊クン……」


 一歩距離を詰めてくる黒澤。


「ま、待て、落ち着け。自分の格好を見てみろ、な? 全身黄色いし金運ありそうだぞー? 宝くじでも買ってきたらいいんじゃないか?」


 頭が回らなすぎて、意味不明な言葉で牽制する俺。人は追い詰められると、ここまでポンコツになるのか。


「だ、だめぇ──っ!」


 未来が興奮気味に、俺と黒澤の間に両手を広げて割り込んできた。


「だめだめだめっ! クマはあげないよっ! た、たしかにクマは、他の人よりも……その、ずーっと頼もしくて、自分よりも人の心配をする優しい人間だから、ほ、欲しいのはわかるけど……クマは、わ、わた、わたしのモノなんだからっ!」


 狼狽しながら、早口で言い募る未来。

 半分以上何を言っているか聞き取れなかったが、お前のモノになった覚えはないぞ?


「ボクは阿熊クンだけじゃなく、未来チャンも欲しいよ〜」

「うえぇっ⁉」


 はぁ⁉ 見境ないのかこの金髪⁉

 目を見開いて固まる未来。「え、え?」とすごい勢いで目が泳いでいる。


「武殿。その言い方じゃ誤解されるでござるよ」


 失神から完全復活を遂げたアキバは、大きい腹を揺らしながらこちらへと歩いてきた。


「つまり武殿は、今回撮る映画に二人も出演して欲しいって言ってるでござる」

「そうそう。そゆこと〜」

「な、なーんだぁ。そういうことねー」


 胸を撫で下ろし、ホッとする未来。なんだよ、誤解を招くような言い方しやがって。


「ちょっと、ちょっと〜。顔怖いよ〜阿熊クン? 笑顔笑顔〜」


 なんだろう、黒澤は神経を逆撫でする天才なのかな。イトナ相手だったら五体満足で帰れないかもなコイツ。


「ご、ごめんねー。わたし、映画に出るとかはちょっと……」

「大丈夫大丈夫~。未来チャンなら楽勝よ~。ちょっと手伝ってくれるだけでいいから~。そんで、予言で先に結果も教えて欲しいなぁ~って」


 とことん都合のいい事しか言わねえな。よし、断るんだ未来。こんなやつの話なんて断っても、心が痛まないぞ。


「で、でもさ、そういうのってなんか……あんま、よくないかなーって思ったり……」

「あ〜。ボクそういうの気にしないから〜。ちゃっちゃと、やっちゃって下さ〜い」


 未来の言葉は一蹴されてしまった。だが、今日の未来は一味違う。


「ご、ごめんね黒澤君。こういう結果はその、本番まで待ってた方が……」


 なんと食い下がっているのだ。

 話すら聞かずに、協力してしまうこともある未来がだ。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。その成長に、なんだか目頭が熱くなってきた。


「いや〜、やっぱやる気ってあるよね〜? いい予言して貰った方が、気分的にいい作品撮れると思うんだよね〜」

「ほ、ほら、逆に手を抜いちゃう可能性だってあるかもだし、ね?」

「ボクはそんなことしないよ。いつだって全力全開さ~。……でも、未来チャンの意見も一理あるかもね~」


「……え?」


 意外そうな顔で未来は黒澤を見据える。急なことに思考が追いついていないみたいだ。

 俺もまさか、こんな簡単に引いてくれるとは思ってなかった。


「今回は100%……いや、120%の力で臨みたいからね~。手を抜く可能性を視野に入れるなら、予言して貰わない方がいいのかも~」


 黒澤に背を向け、満面の笑みを見せてくる未来。

 嬉しさを体現するように、小さく飛び跳ねている。

 未来のその場しのぎが功を奏すとは……いままでの余分な予言たちも無駄じゃなかったみたいだ。


「先輩の為にも、いい結果を出さないといけないからね~」


 今夜は赤飯にでもするか、と考えていたのも束の間。

 ふと、黒澤のこぼした言葉に未来が反応する。


「先輩のため……?」


 おい、なんだか嫌な予感がするぞ?

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