第八話

「ここまでわかったことを、一旦まとめてみるか」


 俺の言葉に頷き、アキバはパソコンのメモ帳を準備する。


「まず、浅井先輩から提供された情報を端的に言うと、

 ①二年生ではない女性。

 ②リンゴの髪飾りをしている。

 ③ケガをした時にハンカチを貸してくれた。

 それにはM・Mという刺繍。ってところか。次はM・Mの四人についてだが……」


「舞ちゃんは本人が否定してたし、省いていいんじゃないかな?」

「しかし、何か理由があって、嘘をついている可能性も視野に入れた方がいいでござらんか」

「そうだな。正直、俺が省いていいと思っているのは真鍋だけだな」

「え、どうして?」


 目を白黒させながら、未来が問いかけてくる。


「アキバには色々調べて貰って悪いんだが、以前に買ったものを球技大会の日にもつけているとは限らないんだ。偶々違うものをつけたり、外していた可能性だってある。いまのところ持ち主じゃないと断言出来るのは、当日に黄色い髪飾りをしていた真鍋だけだ」


 だからこそ、残された三人の中に探している人物がいるはず。

 これは明日、多少無理をしてでも本人たちに話を聞くしかないか。

 デメリットも多いが、一番確実な方法であることに変わりない。こちらも、嘘をつかれたらどうしようもないのは変わらないが。


「……もしやクマ殿。貸してくれた女性のイニシャルがM・Mではないのかも」

「というと?」

「球技大会の日、間違って家族の誰か──イニシャルがM・Mという人のハンカチを持ってきたんでござる。それを浅井殿に貸したんでござるよ!」


 顎の肉を揺らしながら、声を大にするアキバ。

 メガネが反射してその表情は伺えないが、かなりの自信を感じる。だが、


「普通、家族の物を見ず知らずの人に貸しはしないと思うな。向こうからの接触がないということは、もしかしたら貸したんじゃなく、あげたつもりなのかもしれないし」

「でゅふう、考えが浅はかだったでござるか」


 M・Mがイニシャルという前提から視野を広げたころは悪くなかった。

 狭い視野のまま闇雲に考えても、求めている応えに辿りつけないなんてよくあることだ。


 しかし、M・Mは本人のイニシャルでまず間違いないだろう。

 なのに見つからないとなると──


「浅井先輩の証言がそもそも違うって場合か……」

「やっぱり、リンゴの髪飾りが間違いだったってこと?」

「それだけだったらいいけどな」

「……どういう意味?」


 俺の含みのある言い方で、不穏さを察知する未来。


「浅井先輩は校長の甥だ。例えば、校長から頼みごとをされたら断れないんじゃないか?」

「……まさか、組んでるってことでござるか?」


 一瞬で凍り付く部室内の空気。

 突拍子もない推論だが、誰も大いに批判することが出来ない。内心「もしかしたら」と思う部分もあるのだろう。


「浅井先輩に嘘の証言をさせれば、本当に予言でも出来ない限り見つけることは不可能だ。いや、本当に予言が出来たとしても見つけることはまた別。校長からしたら、一発で未来が本物か偽物かを見分けられる方法だ。浅井先輩の話も本当は作り話で──」

「そ、それは違うと思うっ!」


 勢いよく立ち上がり、声を上ずらせながら訴える未来。

 スカートの裾を掴んでいるその腕は、小刻みに震えていた。

 涙を目の端に滲ませながら、ゆっくりと俺たちを順番に見やる。


「……否定材料はあるのか?」


 俺からの鋭い視線に一瞬言い淀むも、


「そ、そんなのはないよ。でもさ、浅井先輩は本気でハンカチを貸してくれた人のことが好きなんだと思うっ! 根拠もないし、うまくいえないけどさ……わ、わたしにはわかるもん……ううん、信じてるもんっ‼」


「……本当にお人よしだな未来は」

「うぅ、うぐぅ……だってぇ」


 人を疑わなすぎるのもどうかとは思うが、未来はこのままでいい。

 こんな未来だからこそ、俺たちは学校からいなくなって欲しくないし、未来の為ならと、大変な予言させ実現してやっているんだ。


 ぽろぽろと未来の頬を伝う涙を指で拭ってやり、


「まぁ、そんなことは最初からわかってる」

「……うぇっ?」


 未来は目を丸くして固まった。

 流れていた涙はいつも間にかなくなっている。


「俺が校長だったら、そんなまどろっこしいことしないしな。入学式前に『明日、日本で起きる一番大きなニュースは?』とでも予言して貰うさ。それが的中しなければ、入学すらさせなければいいだけ」


 それをしなかった理由は、校長は深く未来のことを疑っているわけではないからだと推測している。だからこそ、甥っ子が悩んでいる時にあてにしてきたのだろう。本当に疑っているのなら、頼み事なんてしてこないはずだ。


「だっ騙したのクマ⁉ ひどいよっ!」

「人聞きの悪い。俺は可能性があるものを提示しただけだろ? 『全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』シャーロックホームズの言葉だ。平たく言えば消去法だが、俺は一ミステリーファンとして同じことを──」

「このミステリーオタクがあっ‼」

「うぐっ!」


 未来の渾身の右ストレートが俺の腹部に直撃し、痛みに悶絶する。


「うぅ~っ! ばかばかっ、ミステリーばかぁ! 太ももフェチぃ! あぐまぁ!」

「落ち着いてください未来さん。阿熊は悪口ではありませんよ」

「どーどーでござるよ」


 宥めるイトナとアキバだが、未来はまだ拳をわなわなと震わせている。とんだ暴れ馬だ。

 ズキズキと痛む腹をさすりながら、会話を再開させる。


「結局辿り着くのは、三人の中の誰かってことなんだよな」

「……あっ! わたし、わかったかもっ!」


 名案を思いついたと言わんばかりに、瞳を輝かせる未来。

「聞いて聞いてっ」と子供みたいに飛び跳ねる。可愛いけど、怒っていたのはどこへやら。


「あのね、浅井先輩はお腹減ってて、美味しいリンゴが食べたかったんだよっ! だから、えっと、丸い髪飾りがリンゴに見えちゃったとか……あ、あはは」


 しかし口から発せられたのは、我が耳を疑う程のなかなかクソみたいな推理で……。

 本人も後半になるにつれ、段々と自信が無くなっていった様子。


「数ある中からリンゴは選ばないと思うでござるが」

「それじゃあ浅井さん、ただの腹ペコさんですよ」

「むぅ~ダメかぁ」


 唇を尖らして、残念そうに眉を下げる。


「逆にどこをいいと思ったんだ。そんなの──」


 刹那、脳内にたちこんでいた靄が、一気に晴れていくような感覚に襲われた。


「……そうか、そういうことだったのか」


 違和感の正体はこれだったんだ。


「どうしたのクマ? クマもお腹減ったの?」

「よくやった未来!」


 ガバッと、勢いで未来に抱きついてしまった。

 いい匂いと柔らかい感触に包まれて、天国にいるような錯覚すら覚える。


「ふ、ふえぇぇぇぇぇえ⁉」


 未来は口をパクパクとさせ、顔を真っ赤にしながら、声を上ずらせた。


「ちょ、クマ。ど、どどどどうしたの急にっ⁉ こ、ここ、こういうのはキチンと付き合ってからじゃないとっ」

「あっ、すまん。つい!」


 慌てて未来から体を離し、冷静さを取り戻すことに努める。

 無意識とはいえ未来と抱き合ってしまった。静まれ俺の心臓。でも……すごくよかった。


「……いや、別に離れなくても……嫌ってわけじゃなかったし」


 何か言っていたみたいだが、蚊の鳴くような声のため、聞き取る事が出来なかった。


「クマちゃんさん、いくら何でも私たちの前では盛らないで下さいよ」

「そうでござるよ。二次元好きの拙者でも三次元のイチャイチャを見せつけられるのは苦痛でござるよ」

「……なんの話してんだお前ら」


 俺と未来はそういうのじゃないって何度言ったらわかるんだコイツらは。

 仮にそうだったら、どれだけ幸せなことか。クソっ!


 いや、今はそんなことよりも──


「クマ……もしかして」


 期待と不安が入り混じった表情を浮かべている未来を見据え、俺は口元を緩める。



「わかったぞ、ハンカチの持ち主が」

 

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