第七話
期日を次の日に迎えた放課後。
俺たちは重い空気をまといながら、占い机に腰掛けている。
静謐な部室で聞こえてくるのは、アキバの焦ったようなタイピング音だけ。
「……誰か進展はあったか?」
無言で首を横に振る未来とイトナ。二人とも表情は暗いままだ。
「あれから丸一日。まさか、なんの情報も得られないとはな」
分担してハンカチの持ち主を調べると決めた昨日の夕方。
あれから俺たちは担当となった人に直接話を聞いたり、人づてに教えて貰ったりしたのだが、特筆すべき情報を得ることは出来なかった。
俺らが自ら表立って動くと、疑問に思われる可能性があるのがネックだな。あまりしつこく調べると、校長の耳に入ってときにメンドクサイことになるし。
唯一ちゃんと話を聞けたのは、未来が担当した同じクラスの深山だけ。
深山は浅井先輩がハンカチを貸してもらった三回戦の時刻だけじゃなく、最初から終わりまで、ずっとバレーコートの近くにいたという。グラウンドでサッカーをしていた浅井先輩とは距離があるし、ハンカチを誰かに貸してもないという。
しかし、本当の問題はここからだ。
残りの三人については、まったくと言っていいほど有益な情報がない。
どうにか全員分の写真データだけは手に入ったのだが……。
「この中にハンカチを貸してくれた人がいるんだよね……?」
スマホに映された写真を覗き込み、眉をひそめる未来。
「でもさ、リンゴの髪飾り以前に、赤い髪飾りなんて誰もつけてないよ?」
そう。浅井先輩の情報と合致する人物が一人もいないのだ。
三人はたしかに髪飾りをつけている。それこそ、全員リンゴのような丸みを帯びた形状のものを。だが肝心の色が違う。浅井先輩は目の前で見ているんだ、見間違えるはずはないが。
「真鍋さんは黄色、松尾先輩は青、向井先輩が緑。うぅ……全員違うよぉ」
ストールをせわしなく弄りながら、未来は頭を捻る。
「この数日の間に、髪飾りを変えたってことはないんですか?」
「いや、それはないでござるな」
イトナからの質問に即答するアキバ。タンタン、とキーボードを叩き、俺たちの方にパソコンを向けてくる。
画面には『ミキ☆彡』というユーザー名のSNSアカウントが表示されていた。
「アキバくん。これって真鍋さんの?」
「ご名答。他の二人のアカウントも既に見つけ出したでござる」
「す、すごいよアキバくんっ」
「敵に回したら一番怖いタイプのオタクですね」
「でゅふ、拙者が本気を出せばこんなもんでござるよ」
アキバは吹き出た汗を拭きながら、タッチパッドでカーソルを動かし、真鍋が投稿した一枚の写真を拡大した。
写真には、体操着姿で友人とはしゃぐ真鍋の姿。投稿日は4月29日。時刻は球技大会の真っ最中だ。
「球技大会から髪飾りは変わってないのか」
アキバの言う通り、髪飾り自体を変えたという可能性はないみたいだ。
「他の二人もでござるよ」
ディスプレイには分割された二画面が表示された。
映し出されたのは、『松尾明依』と『向井真梨奈』というユーザー名のアカウント。二人は本名のままSNSを使っているのか。
「まずは松尾殿。球技大会当日の写真はなかったでござるが、一週間前に出かけた時の投稿があったでござる」
『regaloからのカフェ』というつぶやきと一緒に、連れの人が撮ったのだろうか、パンケーキを前に笑顔を浮かべて、ピースをする松尾先輩の写真。
その前髪には、きらりと光る青い髪飾りが。
「ざっとつぶやきや交友関係を洗ってみた結果、部活には入っておらず、図書委員長をしているそうでござる。小さい頃から本を読むのが好きで、将来は小説家になりたいそうでござるよ」
「……よくそこまで調べられるな」
本当にアキバが敵でなくてよかったと心から思う。
アキバの恨みを買ったら、どんな個人情報を晒されるかわかったもんじゃない。
「向井殿は写真投稿こそしていなかったでござるが、髪飾りを買った時のつぶやきが残っていたでござる」
『駅中のregaloで綺麗な緑の髪飾りを発見! 私にピッタリって言われたから迷わず購入しちゃった。明日から学校に着けて行こっと』
「この時に買った物をつけ続けていたらさ、向井先輩もハンカチの持ち主じゃないよね? あー……もう誰なのかわかんないよぉ!」
地団駄を踏む未来の横で、冷静に口を開くイトナ。
「全員違うのなら、もしかして、もっと別の人かもしれませんね」
「しかし、M・Mの女性はこれで全員でござるよ」
「実は私、一つ考えていたことがあるんですよ」
クーを抱く力を強めながら、もじもじとするイトナ。
普段見せることのない乙女のような表情で、頬を赤らめている。
イトナは一度大きな深呼吸をして、声を張った。
「浅井先輩の相手が、女性とは限らないって!」
場に流れる沈黙。
……どんな反応すればいいんだろう。苦笑いを浮かべることが精一杯だぞ俺。
「よ、よしイトナ。お前の推理を聞かせてくれ」
待て待て待て。考えも聞かずに、言ったそばから否定なんてものはよくない。
イトナにはイトナなりの考えがあって、この答えに辿り着いたのだから。
「そんなの簡単です。私がそっちの方が断然萌えるからですっ!」
「お前の趣味は知らん‼」
真剣に聞こうとした俺がバカみたいじゃないか。
イトナはただ痛い子かと思いきや、腐女子という属性まで完備していることをすっかり忘れていた。一緒にいると気にならなくなってくるが、結構キャラ濃いなぁ。
「女の子はみんな、こっちの結末の方が喜びますよ。普通に浅井先輩が結ばれるよりも数倍」
「そ、そうなのか未来?」
「わたしにふらないでよっ! わたしは普通だもんっ!」
慌てた様子で否定する未来。
イトナはそばに寄り、諭すような優しい瞳を向けた。
「いいえ未来さん。女の子は誰もが心の中に腐女子の種を持っているんですよ。この際だから開花しちゃいましょうよ♪」
「やめろ! 未来を腐らせるな!」
二人の間に割り込み、会話を制す。未来には純粋のままでいて欲しい。
「邪魔しないで下さいよ。私は男の子同士の良さを伝えるという義務があるんです! そういうクマちゃんさんだって、女の人同士がイチャイチャする本持っているじゃないですか! 未来さんから聞きましたよ! 他にも──」
「わ、わかった! 未来を腐らせることを認める!」
「クマに売られたっ‼」
愕然とする未来だが、先に俺の情報を売ったのはお前だぞ。イトナと存分に語らってこい。
「ただし、それは浅井先輩の件が終わってからにしてくれ。未来の退学がかかっているんだ」
「……そうですね。脱線してすいませんでした。でも、男性だと考えているのは本当です」
丁寧に頭を下げたあと、イトナは再び口を開いた。
「四人まで絞りこみましたが、浅井さんがおっしゃっていたような人は見当たりませんでした。だったら、この中にはいないと考えるのが妥当です。女性は全員チェックしましたので、残るのは男性ということです」
「言われてみれば、浅井殿は顔がしっかり見えなかったと申していたでござる。体操着は男女同じでござるから、女性とは言い切れないでござるな」
アキバはパソコンを自分の方に向け直し、大勢の名前が羅列されたページを開く。
小気味のいいキーボードを叩く音が響く。
イトナの推理に矛盾点はなかった。逆もまた然りだが、女性のような見た目の男性も存在することは確かだ。しかし男性同士となると、予言を叶える難易度が格段に跳ね上がる。
それに、頭の中でずっと引っかかっていることもいくつか……。
「調べたでござるよ」
動きを止め、静かにメガネを押し上げるアキバ。
「どうでしたアキバさん?」
前のめりで回答を急くイトナ。しかし、アキバの口は重々しく、
「いなかったでござる」
「……どういうことですか?」
「この学校にM・Mの男子はいないでござる。二年生を含めた全校生徒を調べてみても、最初の五人だけでござる」
「そんな。じゃあ……一体誰なんですか」
イトナはか細い声を出し、クーを頬に抱き寄せた。明灰色のサイドテールが寂しげに揺れている。一度は光明が差したように思えたんだ、部室には余計に重い空気が充満していく。
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