第六話

 次の日の放課後。俺たちオカルト研究部の面々は、占い机を囲むように座っていた。


 机にあったガラス玉は一旦どかされ、代わりにアキバのノートパソコンが置かれている。

 待機中のディスプレイには、制服をはだけさせた女の子が赤面している絵が映っていた。


 まったく、これだからアキバは……お、結構いい太ももしてるなこの絵。

 柔らかそうなむっちりとした太ももに、絶対領域を際立たせる黒ニーハイとはポイントが高い。この絵師さんはわかってらっしゃる。


「クマの変態」


 未来から軽蔑のまなざしを受け、冷や汗が吹き出てくる。


「な、なんで俺が変態なんだよ」

「いま鼻伸ばしながら、ずーっと、この女の子の太もも見てたじゃん! 変態変態変態! 太もも悪魔!」

「誰が太もも悪魔だ! 男なら普通だ! なぁ⁉」


 アキバに同意を求めるも、


「正直、二次元だったらなんでもいいでござる」

「……お前に聞いた俺が間違いだった」


「ふんっ! 太もものむっちりさで判断するのはクマだけだと思うけどっ!」

「太ももだけで判断するか! 太ももは所詮プラスαにすぎない。好きな子の太ももだからこそ良いのであって、単体ではなんの意味もない‼」

「……本当? 太もも単体は意味ないの?」


 物言いたげな未来の視線から目を背ける。


「意味なかったら絵の太ももなんか見ないよね? 本当は単体でも好きなんでしょ?」


 見事な伏線回収を食らってしまった。ミステリーに関しては俺の十八番なのに。


「…………若干」

「ほらぁ! 意味あるじゃん! もう知らないっ! 太もも悪魔のクマは、むっちり太ももの子でも探せばいいよ!」

「な、なんで太もも談義になってるんだよ。今日集まったのはこんな話をするためじゃないだろ」


「……ふん。じゃあ、作戦会議をはじめまーす」


 会議を始めた議長は明らかに不機嫌だった。


 むすっと頬を膨らませ、身体半分を机とは逆方向に向けている。なのに逐一俺を睨んでくるので、視線の置き場に困る。

 流石に太ももに視線を置いたらガチギレされそうだから、天井を見つめておいた。

 今日は浅井先輩の件の途中報告会。出来る限りハンカチの持ち主について情報を集めておいて、四人で相談するという予定。


「因みに恥ずかしながら、わたしは特に収穫ありませんでした。言い出しっぺなのにごめんなさい……えへへ」


 申し訳なさそうな言葉とともに舌を少し出す。あざと可愛い。

 ったく、いつの間にそんな可愛い仕草覚えたんだ。よし、俺が許す。


「太ももはなんか収穫あった?」

「……せめて名前の要素くらい残してくれよ」


 いたたまれない気持ちになりながら、俺はポケットからクラスの名簿を取り出し、赤い印の付いた箇所を指さす。


「人探しならアキバに任せておいた方が早いと思ったが、一応クラスメイトは調べておいた。イニシャルM・Mはクラスに二人。まぁ一人は未来なんだが……未来を除くと俺らのクラスからは一人だけ。深山みやままいという女子だ」


 物言う俺に対し、未来は慌てた様子で、


「あ~舞ちゃんかぁ! 出席番号わたしの一つ前で……そういえば、イニシャルおんなじだ! うんうん。よく見つけたね~クマ。偉い偉いっ」

「別クラスなのはイトナだけだし、未来が見つけていても不思議ではないんだがな。まさか未来、調べてすらないってことは……」

「え、えっと。昨日はほら、お腹いっぱいで帰ったからすぐ寝ちゃってね。今日もさ、授業中ぽかぽか暖かくて……」


「寝たと?」

「てへぺろ」


 俺は未来の頭をガッシリと掴み、勢いよく左右へ揺らす。


「うにゃあぁぁぁぁぁあ! や、やめてクマっ! ごめんにゃはぁぁぁぁあいっ!」


「じゃあ、次は私が報告しますね」


 俺らのやり取りを気にも留めず、クーの髪を撫でながらイトナは話を進める。


「私のクラスにM・Mは一人でした。真鍋まなべ美紀みきという女子です。彼女はソフトボール部に所属していて、明るい性格から友達も多く、カースト上位に君臨しています。絵に描いたような青春勝者ですよ。呪っていいですか?」

「報告ありがとうなイトナ。でも呪うのはやめてやれ」


 すぐ呪いたがらなければいい子なんだけどな。あと、腕に力を入れているせいでクーが潰れかけている。友達はもう少し大事に扱ってやってくれ。


「私からは以上になります」


 イトナは椅子にもたれかかり、「ふぅ」と小さく息をつく。


「次は拙者でござるよ」


 手慣れたパソコン操作で、大量の名前が羅列されたページを画面に映し出した。


「アキバくん、これは?」


 乱れた髪を手櫛で直しながら、未来は小動物のように小首を傾げる。


「先見高校の現生徒、総勢957人のデータでござるよ」

「うえぇ⁉ ど、どうやってそんなの調べたの⁉」

「拙者にかかれば造作もないことでござる。まとめるのに一日かかってしまったでござるが、明後日の期日までには簡単に見つけられるでござるよ」

「ほへ~。さっすがアキバくん!」


 呆然としながら、軽い拍手を送る未来。


「ただ問題は、告白が成功するかどうかでござるなぁ」

「そ、そのことなんだけどさ……もしも、もしもだよ? 浅井先輩が失敗したときは、わたしに任せてくれないかな? ひ、ひとつ方法があるのっ」


 未来は気恥ずかしそうに顔を伏せ、指先をもじもじとさせる。


「べつに構わないが……一体どんな方法なんだ?」


 全力で土下座でもして、二、三日だけでいいから二人に付き合ってもらうくらいしか考えつかないが……。


「そ、それは秘密というか……だ、ダメっ! クマには言わないもんっ!」


 頬を赤く染め、未来はプイっと顔を背ける。

 まだ怒ってるのか? そろそろ機嫌を直してくれてもいいだろうに。


「なら、拙者たちはハンカチの持ち主を探すのみでござるな」


 アキバはメガネを指で押し上げ、


「クラスは各学年8クラスずつの合計24クラス。女子の人数は520人でござる。そのうち二年生を抜いた人数は340人。更にM・Mのイニシャルの人だけに絞ると、たったの5人でござる」


 軽やかにキーボードを叩いていき、名前で埋め尽くされていたページは綺麗に5人のクラスと名前だけが表示されていた。ディスプレイには、


『1年4組深山舞。百瀬未来。1年5組真鍋美紀。3年1組松尾まつお明依めい。3年7組向井むかい真梨奈まりな


 と映されている。


「未来を抜くと実質四人か」

「案外少ないもんですね。これならすぐ見つけられそうですね」

「やっぱり頼りになるねアキバくんっ」


 飛び跳ねるように、喜びをあらわにする未来。たゆんと揺れる胸が眩しい。


「でゅふふ。拙者にかかれば企業の機密データからペンタゴンペーパーの入手まで容易でござるよ」


 どっちも犯罪なんだけどな。でも、アキバにかかれば前者くらい普通にできそうで怖い。焼肉屋を継がなくてもハッカーという就職先がありそうだ。


「これなら、四人で分かれて一人ずつ調べればすぐでござるね」

「そうだねっ。じゃあ、わたしが舞ちゃん。イトナちゃん……とクーちゃんは真鍋さん。クマが松尾先輩で、アキバくんが向井先輩って感じでどうかな?」


 しっかりとクーを頭数に入れていて素直に感心する。俺だったら普通に省いて闇イトナを降臨させていた自信があるからな。


「承知でござる」

「いいんじゃないか」

「異議なしです」

「よしっ、みんなで頑張るぞ! お──っ!」


 握りこぶしを掲げて士気を高める未来。

 それに続くように、俺たちもこぶしを天に向かって掲げた。

 太い腕を上げながら、アキバは空いている方の手でメガネの位置を正す。


「期日まで二日もあるでござるが、明日には拙者たちの役目も終わりでござろう」


 それは、明日までにハンカチの持ち主が見つかるという自信の表れか。

 アキバは口角を上げ、意気揚々と言葉を漏らす。



「今回は拙者の出番でござる」

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