第四話
「痛いよぉ……痛いよぉ」
いまもなお、絶賛正座中の未来。
「ね~、足びりびりしてるぅ。痺れてるからぁ! そろそろ許してよぉ~」
足をもじもじとさせながら懇願してくるが、俺たちは誰も助けようとはしない。何も言わずにただ未来を見続けるだけ。無言の重圧だ。
「うぅ……だって、だってぇ……あんな話されたらさぁ」
しゅん、と捨てられた子犬のような瞳で訴えてくる。
「そもそも、校長から頼まれたのは浅井先輩の悩みを解決すること。つまり、ハンカチの持ち主を見つけられるか否かだけ。告白がどうとかは関係なかったんだぞ」
「持ち主探しだけだったら至極簡単ゆえ、なんの文句もなかったでござるが……告白を成功させるとなると難しいでござる」
「そうですよ。見ていた限り、少し優しくされるとその人を好きになっちゃうような、典型的なモテない男子な感じでしたよ。ね、クーちゃん?」
イトナはクーの頭をむんずと掴み、首を何度も縦に振らせる。
だからクーの意思は尊重してやらないのか?
「でもぉ、上手くいって欲しいと思っちゃったんだもん。あのままだったら、浅井先輩いつまで経っても告白とか出来なさそうだし……どっかの誰かさんみたいに」
言われてるぞ、どっかの誰かさん。ったく、とんだ意気地なしだな。
「……未来のお人好しは長所だと思うが、場合を考えろ。失敗したら退学なんだぞ……それに、お前を助けたいと思っている俺たちの気持ちはどうなる?」
「ごめん……悪いとは思ってるよ。でもさ、浅井先輩にはうまくいって欲しいのわたし」
「だったら、わざわざ予言にしなくてもよかったんじゃないのか。個人的に手伝うとかでも十分だったはずだ」
「それはダメだよっ。浅井先輩に足りないのは自信とか勇気とかなの。成功するっていう確信が大事なんだよっ。わたしの予言で勇気をあげたいの! わたしたちで成功させてあげたいのっ!」
熱弁のせいで体温が上がっているのか、顔がほんのりと赤い。その表情に上目遣いというのは、蠱惑的なまなざしに他ならなかった。
見つめられると、微かに潤んだ瞳の中に吸いこまれてしまいそうになる。
「未来、お前の気持ちはよくわかった」
「クマ……」
しかし、ここで折れてしまってはいつもと同じ。
今後の未来のため――ひいては俺たちの為にもならない。
「じゃ、あとは頑張れ。帰ろうぜ二人とも」
「……うえっ⁉」
未来は喉から絞り出したような声をあげた。
予想外だったのだろう、目に見えるほど動揺している。
「あっ今日はクマ殿の好きなカブリも入荷しているでござるよ」
「マジか。それは行くしかないな」
「私とクーちゃんもお腹減っちゃいました。じゃあお疲れ様です未来さん」
「待って待って! いまのはさ、わたしの話を聞いて心打たれたクマたちが絆される展開でしょうっ⁉ それがお約束ってもんでしょっ⁉」
ドアの前に陣取り、手を広げて進路妨害を図ってくる未来。
肩で息をしているため、呼吸するたびにたゆんと胸が揺れている。
絶景だ。いつまでも見ていたい。
「どれだけ幼なじみやってると思ってるんだ。浅はかな魂胆が丸見えだよ。じゃあな未来、今回はお前の責任だ。一人で頑張──」
部室から出ようとする俺の足に、ダムが決壊したかのごとくダバダバと涙を流す未来がすがりついてきた。
「ごめんなさいぃぃ! ひぐっ、わた、わたひが悪かったからぁ……見捨てないでぇ……捨てないでよぉ……クマぁぁぁぁ!」
この状況をはたから見ると、俺が未来をフったようにしか見えないだろう。
……おかしいな、罪悪感が湧いてきたぞ。捨てるよりお持ち帰りしたいのが本心なのに。
あと、そろそろ離れような? 涙でズボンにシミができてるからさ。
「う、うぅ……ひっく……ちーん」
「おっ、おい! 鼻をかむな!」
一歩後退し、ズボンの状況を確認する。
よかった、思ったより大惨事にはなってはいなくて。いや、べつによくはないか。
「つい……あははー、ごめんねクマ」
目の端に涙をうっすらと浮かべ、乾笑いをする未来を目視すると、泣かせてしまったという罪悪感が胸中に去来する。
しかし、ここですぐ助けては……でも……!
「……はぁ~あ」
つくづく未来に対しての甘さが嫌になる。俺は長々と溜息をついて、肩をすくめた。
「まぁ、手伝ってやらないこともないけど」
「クマ……!」
花咲くような笑顔に、目を奪われる。
思わず顔がほころんでしまい、とっさに表情を引き締めたものの……。
「ありがとーっ! クマ大好きーっ!」
愛らしい笑顔を向けられ、一瞬で破顔してしまった。やっぱ可愛すぎるなコイツ。
胸の内が可愛い未来に侵食されたため、つい本音が口からこぼれてしまう
。
「あぁ。俺も大好きだ」
「……へ?」
「……おぅ?」
素っ頓狂な声に、俺も随分とマヌケな声を上げてしまった。
なんだこれ、デジャヴか?
「なっ……なっななななな!」
未来は呆気にとられて、顔一面を赤くさせながら全身を震わせ……って、しまったぁ────っ!
明らかに未来の好きは恋愛の好きじゃないだろ! やばいやばい。やっちまった、恥ずかしい……いや、それよりも早く否定しないと!
「み、未来! いまのは違くてだな、その……」
「きゅう……」
「未来─────っ⁉」
目をぐるぐるとさせた未来は、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。
ゴン、と鈍い音が部室内に響く。慌てて駆け寄ると、未来の顔は紅潮し火照ってしまっている。すがりついていた状態から倒れたので、怪我はないと思ったのだが、
「好き、好きって……え、えへへ、そうだよね。うん、だってわたしの……」
よくわからんことを口走りながら、嬉しそうに口角を上げる未来。
ダメだ、頭を打ったみたいだ。早く病院に連れて行った方がいいのかもしれない。
「だ、大丈夫か未来? すぐに救急車を──」
ぎゅっと、未来がシャツの裾を掴んできたため、言葉を止めた。
「大丈夫大丈夫。……えへへ、ねぇクマ。あのさ、いま言ったことって……その……」
後頭部をさすりながら、気恥ずかしそうに上目遣いで質問してくる。
大きな瞳はまっすぐ俺を見据えている。
未来の小さな手に握られて、逃げることは出来ない。
それどころか、どんどん握る力が強くなっていってるんだけど。え? ちょっ、取れないんだけど⁉ 痛ててててて! 食い込んでる、爪が食い込んできてる!
応援を頼もうとアキバに顔を向けるも、グッと親指を立てウインクをしてきた。
口パクで「チャンスでござる」と言って再びウインク。なんのチャンスだよ。後でメガネかち割ってやろうか。
そのままイトナに顔を向けると、「ふふふ、また魂入れてあげますからねぇ」と笑いながらクーの首をこねていた。あれ、いつの間にか闇イトナになっている。
アキバが闇イトナ時に、下手に喋りかけたことで牙を向けられ、黒魔術を使われる寸前までいったことがあるので、暫く放置しておくのが最適解だ。うん、俺は何も見ていない。
一方、俺に爪を立てている張本人は「えへへ、クマぁ」とにやけ顔で言葉を繰り返していて、心ここにあらず。
寝ているみたいで可愛いんだが、いまは痛くてそれどころじゃない。
結果、完全下校のチャイムが鳴るまで誰にも助けてはもらえず、腕には痛々しい爪の跡だけが残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます