第三話

「励ましとかじゃなくて、その、うまくいく保障があるというか……」


 ……ん? 俺はこの展開を知っているかもしれない。というより、経験したことが。


 ──未来はかなりのお人好しだ。


 他人が悲しむことは絶対にやらない、それが未来のポリシーともいえる。

 例え、自分が不利になるようなことであっても、他人を優先させる傾向がある。

 月に一度でいい予言でも、浅井先輩のように相談に来る生徒がいたため、未来は相手にとっていい予言をしてしまい、最低限より多い回数実現させなければならなかった。


 そんな未来が浅井先輩の話を聞いたらどういう行動をとるのか、手に取るようにわかってしまう。……ま、待て、早まるな未来。一回落ち着こうじゃないか。な? な?


 アキバは両手でバッテン印を作っている。イトナはクーの頭を横に何度も振り、やめるよう未来に合図を送る。二人も長い付き合いだし、このあとの展開が読めているのだ。


 つまり、未来がやらかすという展開を。


 浅井先輩にバレないようにしながら、必死に考え直すよう未来の説得を試みる。

 俺は目で訴え、アキバとイトナは行動で訴えた。

 しかし、未来は俺たちに見向きもせず「ファイト!」と言わんばかりに、勢いよく胸の前に拳を構えた。



「う、うまくいきますよ告白! 大丈夫。自信持って告白してきて下さい! わたしの予言は100%だから!」



 未来──────────っ!


 口に出さないよう気をつけながら、心の中で思い切り叫ぶ。

 アキバは足から崩れ落ち、イトナはクーとともに静かにうなだれた。未来との温度差がすごすぎる。


「本当ですか百瀬さん……?」


 浅井先輩は信じられないといった表情で聞き返す。


「ほ、本当ですよぉ! 善は急げです。すぐに予言公表の準備をしますねっ」


 深く追及されないよう、手早く次の行動に移る未来。

 昇降口に張られている予言。そこに公表した時から、俺たちの戦いが始まる。


「クマ、準備お願いっ」

「……はいはい」


 本人に予言を告げてしまったのなら、俺たちにはもうどうすることも出来ない。

 諦めて俺は、占い机のサテン生地を捲り、中から半紙と筆ペンを用意した。


「よぅし」


 未来は筆ペンを指で少し潰し、インクを筆に染み込ませ──


「うぁ! あ、あ、クマ! インク、インク垂れた!」


 真っ白な半紙に、大きな黒いシミが広がっていく。

 ……本当に格好つかないな。見ているこっちが不安になってくる。


「あうぅ……黒くなっちゃったよ」


 勢いよくインクが出たせいで、人差し指と中指は真っ黒になっていた。


「クマぁ、拭いて〜」

「自分で拭けるだろ」

「拭いてぇ〜!」


 汚れた手を俺の前に差し出し、子供のように甘えてむずかる。


「俺はお前のお母さんか」

「こんな悪魔みたいなお母さん嫌だぁ〜」

「もう、自分で拭きなさい。お母さん知りませんからね」

「クママぁ〜!」


 混ざって訳わからないものになってる。誰だクママって。ゆるキャラか。


「二人とも。浅井さんもいるんですし、痴話喧嘩は後にしてくださいよ」


「「痴話喧嘩じゃない!」」


 イトナの呆れ声に対し、俺と未来は同時に声を発していた。

 言葉まで同じとは余計に恥ずかしい。

 未来は椅子から立ち上がり、汚れていない左手でスクールバッグを漁ってウエットティッシュを取り出した。汚れた箇所を拭きながらぶつくさと文句を垂れてくる。


「もー、クマのせいだからね」

「いいや、お前のせいだ」


 半目で睨んでくる未来を一蹴し、新しい半紙を一枚取り出す。

 よかった、生地にインクは染みていないようだ。買い替える部費なんて残ってないしな。

 その間に未来とアキバはこっそりと話し、期日を決めていた。


「いつまでなら探せそうかなアキバくん。一週間くらい?」

「笑止。三日、四日あれば楽勝でござる」


 未来は小さく頷き、筆ペンでさらさらと文字を書き始めた。


 決して達筆というわけではないが、下手でもない中途半端な習字作品が出来上がる。

 半紙の上のほうを指で軽くつまみ、見せつけるように前へと突き出した。


『5月3日 浅井優一が探し人と結ばれる』


 我が目を疑うほどの、ド直球な予言が書かれていた。


 この時点で告白しているようなもんだろうが。クラスメートに見られたら登校拒否になる自信あるぞ俺?


「さ、流石に直球すぎるよ百瀬さん! お願いだよ。せめてイニシャルとかさ」


 未来はしぶしぶ新しい紙を取り出すと、『Y』と書いてから一瞬考え込むような仕草を見せ、筆ペンのお尻部分を頬に軽く当てて動きを止めている。


「どうした未来?」

「ううん、何でもない。ちょっとね……」


 未来は何かを誤魔化すように、途中まで書いた半紙をくしゃっと丸めた。

 大きく書きすぎたせいで、スペースが足りなくなるとでも思ったのか、いままで結構書いてきたのだから、あまり半紙を無駄にしないで欲しい。


「じゃあ改めて」


 先ほどとあまり変わらない大きさで、文字を書き始める未来。あまりというか、全然変わっていない。なにを改めるんだ? せめて悔い改めてくれ?

 鼻歌交じりで、流れるように筆を走らせていく。


 文字が書き終わると、そのままの態勢で目だけ動かし、全体図を見定める。

 笑みをこぼしながら、「いい感じ」と息をつき、筆ペンのキャップを閉めた。


「これが今回の予言だよっ!」


 未来の一言で、周囲の視線が半紙へと向けられる。


『5月3日 A・YとM・Mが結ばれる』


 本当だったら人を探すだけで済んでいたはずなのに、どうしてこうも実現しにくい予言にしてしまったんだろう……未来のお人好しにも困ったもんだ。

 唯一の救いは、浅井先輩が相手の人を探しているという点。勝手に告白して玉砕してしまう恐れが無いだけマシか。


「……じゃあ四日後、この部室に来てください。わたしたちと会ったあと、浅井先輩が結ばれる未来が視えたんで、絶対に来て下さいね」


 実際はその時に件の女性の正体を教え、告白まで持っていくつもりなのだろう。咄嗟の嘘だけがどんどん上手くなっていく。


「わ、わかった。今日はどうもありがとう。他の三人も」


 浅井先輩は深く頭を下げて、重い腰を上げる。


「それじゃあ……これで失礼するね」


 踵を返し、そのまま廊下へと歩いて行った。

 ドアの閉まる音。遠ざかっていく足音。

 耳を澄まし、近くに俺たち以外いないことを確認する。そして──


「未来」


 にこっと、笑みを浮かべて話しかけた。

 未来はだらだらと冷や汗をかき、目を泳がせている。


「どうしたんだ? ほら、こっちを向けよ」

「ひゅ〜ひゅ〜」

「そんなんで誤魔化せるか!」


 都合の悪い時に口笛吹くやつ初めて見たわ。


「ま、待って! とりあえず話そ? 話せばわかるから!」


 文句を言いたい気持ちを一旦抑え、もう一度未来に笑顔を向けた。


「く……クマ? 怖いんだけど……」

「俺の笑顔が怖いとは失礼なやつだな」

「ちょ、な、なに⁉ ジリジリと距離を詰めて来ないでよ!」


 未来は壁を背にして後ずさりするが、やがて部室の隅にまで追い詰められる。

 俺は「未来」と微笑み、床の中央辺りを指差し、静かに告げた。


「正座」


 こうして、未来は冷たいPタイルの床に座ることとなった。

 

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