第二話

「それで、ハンカチはどういった経緯で浅井先輩に?」


 予言する会話の中で情報収集するのがデフォルトとなっている。

 流石に表立って聴きまくるわけにもいかないからな。


「球技大会で僕サッカーだったんだけど、三回戦の時に足を怪我しちゃってね」

「誰かにやられたんですか? その相手を呪いたければ私に任せてください。ふふっ」


 笑顔で話すイトナだが、目は笑っていない。お願いしたら本当にやりかねないぞ。


「ううん、自分でこけちゃったんだ。シュートを決めたあと、バランスを崩しちゃってね」

「すごいっ! シュート決めたんですか?」

「一回だけね。最終的には1対7でボロ負けしちゃったし」


 褒められることに耐性が無いのか、照れた様子の浅井先輩。


「怪我と言っても大体はかすり傷だったんだけどね。ただ、血がかなり出て。だから、水道に洗いに行こうとして。その時に、見知らぬ女の子がハンカチを取り出して、汚れるのを気にしないで血を拭いてくれたんだ。洗って返そうと思ったら、もうその人はいなくなってて」

「ほうほう。それで惚れちゃったと」

「うん。それで惚れ……えぇっ⁉」


 未来からの誘導尋問に綺麗に引っかかる浅井先輩。


「やっぱり惚れたんですねっ! わたし二人のこと応援します! うぅー、きゅんきゅんするなぁ。どんな顔でした? 可愛い系、美人系?」


 まくしたてられ、困惑の表情を隠せない浅井先輩。


「え、えっと、顔はよく見えなくて。二年生じゃないことは確かなんだけど……」


 考えるそぶりを見せたあと、浅井先輩はふと言葉を漏らす。


「そうだ……髪飾りをしていたかな」

「髪飾りですか?」


 小首を傾げ、オウム返しする未来。


「うん。髪飾りをしていたんだ。たしか……リンゴの髪飾りを」

「高校生にもなって趣味悪くありませんか? それに、浅井さんもそれだけで惚れるって何なんですか。少し惚れっぽすぎませんか? ねー、クーちゃん」


 イトナはクーの頭をむんずと掴み、無理やり首を縦に振った。

 人間だって言うならせめて、クーの意見も尊重してやって欲しい。


「拙者的にはそういうベタな出来事は大好物でござる。『リンゴの髪飾りの君』でござるね」

「はぁ。だからアキバさんはデブなんですよ」

「たっ体型は関係ないでござろう⁉」

「そういう浮ついた話周りにはないからなぁー。えへへ、恋バナっていいなぁ」


 恋愛の話になり、部室内は盛り上がって収集がつかなくなる。

 俺は「太ももはどんな感じでした?」と聞きたいのを我慢し、場の鎮静を試みる。


「浅井先輩、ハンカチをもう一度よく見せて貰えませんか?」

「う、うん」


 ハンカチを受け取ってふと広げてみると、俺はある一点に目を落とした。


「どうしたのクマ、なんか気になることでもあった

「……これさ、イニシャルじゃないか?」

「え、どれどれ?」


 興味津々な未来は、俺の肩に顔をのせてハンカチを覗き込む。

 甘美な香りがするし、整った顔立ちが息のかかりそうな距離にあるため、否が応にも緊張してしまう。


「ほら、小さくて見えにくいけど、赤い糸で刺繍がしてある」


 ハンカチの左下に、小さく縫われたM・Mの文字。


「ほんとだっ! よくわかったねクマ、無駄に観察眼が鋭いってことはあるねっ」

「おっと褒められてないんだが?」

「ふむ。このお店で買うと、百円の追加料金でイニシャルを刺繍してくれるサービスがあるみたいでござるな」


 アキバは店のホームページを開き、そのサービスについて書かれた箇所を見せてくれた。


「浅井さんは気付かなかったんですか?」

「ご、ごめん。折りたたんだまま洗ったからさ。一度も広げなかったんだよね」


 イトナたちの会話に耳を傾けていると、裾がくいくいと引っ張られた。

 横には、唇に人差し指を当て「しぃー」と小声の未来。

 俺も未来以外に聞こえないような小さな声で、


「どうした?」

「これさ、アキバくんだったら楽勝だよね?」

「そうだな。専売特許みたいなもんだろ」

「じゃあさじゃあさ、相手を見つけられるって予言にしていいよね?」

「あぁ。見つからないと予言して、浅井先輩が不意に見つけてしまう可能性を考えるなら、そっちの方が確実だ」

「うん。わかったっ!」


 俺たちの作戦会議も無事に終わり、未来の見せ場がついに始まる。


「じゃあ改めまして、これから予言を始めたいと思います」

「よ、よろしくお願いします」


 辺りが薄暗さを増していく。とはいっても、ただ電気を消しただけだが。

 厚い布で部屋を区切っているので、電気を消すだけでも雰囲気を出すには事足りる。


「予言して欲しいことは、ハンカチの持ち主を探し出せるかどうかでいいんですね?」

「はい」

「わかりました。では、目を瞑って少しお待ちください」


 どことなく、部室内に流れている空気が変わる。


 未来はガラス玉に手をかざすと、小さく唸り声をあげながら、眉間にしわを寄せた。

 いま未来は、アカシックレコードを視るために精神を集中させる──という〝てい〟で一分くらい適当に唸っているだけ。


 でも未来、いくら浅井先輩が見てないからって、水晶玉を使って枝毛を気にするのはやめような。せめて隠す努力をしよう。


「──視えました」


 静まり返っていた部室に、鈴を転がしたような声が響く。

 未来はゆっくりと瞼を開き、目を瞑る優一の顔を見据えボソッと一言。


「……お肉食べたいなぁ」


 バシィィィィッ!


「痛っ! うぅ、痛いよぉ~。ぶったぁ、クマがぶったぁ‼」

「当たり前だろうが! お肉食べたい予言とかアホか! 何考えてんだよっ」

「だってぇ、だってぇ……お腹減っちゃってぇ~」


 目の端に涙を浮かべ、子供のように駄々をこねる未来。

 綺麗に脳天を平手打ちしたからな。さぞかし痛いのだろう。

 浅井先輩は現状何があったのかわからないため、かなり困惑している様子。


「未来殿、だったら拙者のうちに来るでござる。今日もお安くしとくでござるよ」

「やったぁ! ねー、皆で行こうよ。お肉食べたいっ! 浅井先輩も一緒に行きましょう!」

「ぼ、僕は大丈夫だよ。あと、いつ目開けていいのかな?」

「あ、それはもう少しお待ちください」


 佇まいを直し、未来はもう一度水晶玉を静かに見据える。


「むぅ~」


 その唸り方可愛いな……とか思っているうちに、今度こそ予言は終わりを告げた。


「目を開けてください。予言が出来ました」


 真剣な顔つきで話す未来。いつもこれくらいちゃんとやってくれたら文句ないのにな。静かに瞼を開いた浅井先輩は、心なしか緊張しているようにも見える。

 その緊張をほぐすように、未来は優しく微笑みかけた。


「大丈夫ですよ。探し人は見つかります」

「……本当ですか?」


「はい。わたしの予言は100%なんでっ!」


 溢れんばかりの笑顔を浅井先輩に向ける。

 よし、これで今回の予言は大丈夫だ。

 浅井先輩からの情報もあるし、なにより人探しなんてアキバの得意分野。

 実現出来ない方が難しいくらいだ。


「よかった……ありがとうございます」

「……それで浅井先輩。告白はするんですか?」


 肩の荷が下りたと言わんばかりに、目を輝かせて詰め寄る未来。


「い、いやー。それはちょっと」

「好きなんですよね? なら、思いを伝えるしかありませんよっ」

「無理だよ、僕なんかじゃ」


 自信なさげに愛想笑いを浮かべる。その顔は、やせ我慢しているようにも映る。


「いつもダメなんだよ僕。フラれたらと思うと勇気は出ないし、関係が壊れるのも嫌だし。今回は仮に告白しても、気持ち悪がられるかもしれないと思ちゃって……」


 気持ちは痛いほどわかる。誰だって告白するのなんて怖いに決まっているからな。

 それが例え、ずっと一緒にいる幼なじみであっても、この関係が壊れるんじゃないかと思うと怖くて告白なんて出来たもんじゃない。


「そんなことないですっ!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、未来はまっすぐと紫水晶のような瞳を向ける。


「えっと、わたしは告白とかしたことないですけど。フラれたら怖いって気持ちはわかります。いまの関係が壊れたら嫌だとか。近すぎるから余計に……あわよくば向こうから告白してこないかな、とか。どんだけ鈍感なんだよばーか、とか思ったり。い、いや、べべべ別に好きな人とかいませんけどぉっ⁉」


 いないのか……なんだよ焦らせやがって。

 聞いているこっちがドキドキしてしまったじゃないか。所々、妙に説得力あったし。

 それに、喜べばいいのか悲しめばいいのやら……複雑だ。


「だから、その、上手くは言えないんですけど、浅井先輩は大丈夫ですっ!」

「ありがとう。僕を励ましてくれるんだね」

「ち、ちが、えっと……違うんですっ!」


 ……ん? なんだろう、急に悪寒が。なにか嫌な気配がするぞ?


 イトナとアキバも同じ気配を感じ取ったのだろう。焦りを含んだ表情で互いを見やる。

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