第二章「二人は結ばれるでしょう!」
第一話
キーンコーン……。
チャイムの音が校内に響き渡る午後六時。部活動終了時刻だ。
生徒はあと一時間以内に下校しなければならないのだが、俺たちは部室の窓側半分──オカルトスペースにいた。
俺とアキバは、部室の隅に重ねてあったイスを取り出して座っている。イトナはクーを抱きながら、学習机の上にちょこんと座り、浮いた足をぶらぶらと揺らしている。
一方未来はというと──
冷たいPタイルの床で正座をしていた。
「……さて、何が言いたいかわかるな未来?」
未来はバツが悪そうに表情を歪ませる。
ゆっくりと明後日の方向に目を背け、目線を合わせようとはしなかった。
「……い」
「聞こえないなぁ」
「……さい」
「聞こえないでござるよ」
「…………なさい」
「聞こえませんね」
未来は「う〜」とうめき声をあげながら、全身をぷるぷると震わせる。
「ごめんなさぃぃぃぃぃぃ!」
部室に謝罪がこだました。
「はぁ。だから無理だって言ったんだ」
時はオカルト研究部への来訪者登場まで遡る──
「いやぁ、今日も見事な予言だったね百瀬君」
白髪交じりの髭を弄りながら、老獪な笑みを浮かべて未来を称賛する来訪者。
──先見高校の校長だ。
「あ、あはは。それほどでも~」
緊張からか、未来も引きつった笑顔で応対している。
「約束を守れているあたり、女子高生予言者の肩書は伊達じゃないねぇ。流石は百瀬君」
この約束こそ、未来が予言を出来なくなったと言えない一番の理由だ。
校長と交わした約束は──
『月に一度以上予言を行い、それを全校生徒の目の付く場所に公表すること。
もしそれを破ったり、予言の内容が外れた場合は特別枠での入学を撤回とする』
どうして、こんな約束を交わしてしまったのか。
先見高校は偏差値が特別高いというわけではないが、県内有数の進学校。今年の倍率もかなりのものだった。小学校からの腐れ縁である俺たち四人は、自宅から近いということもあって、この高校に受験することに決めたのだが……。
──ただ一人、未来だけは受験に落ちてしまったのだ。
正確に言うと補欠合格枠だったのだが、あいにく人数が減ることはなく定員に。
しかし、受験期でメディアへの露出が減っていたとはいえ、未来はかなりの有名人。
学校側も手放すのは惜しいと感じたのだろう。特別枠という措置で未来の合格を図った。
その案に一人異を唱えたのが、目の前にいる校長らしい。
協議の末に条件付きでの合格を認め、併願校まで落ちていた未来は晴れて先見高校への進学を決めた。その条件というのが、校長との約束に他ならなかったのだが──
「それで校長先生、何か用でも……?」
恐る恐る未来が尋ねると、校長は廊下の方に向かって手を招き、
「少し相談事があるという生徒がいてね。ほら、こちらに来なさい」
「し、失礼します」
校長に促されて入ってきたのは、長い前髪の伏し目がちな少年だった。
背は男子にしては低く未来と同じくらい。猫背のせいか、弱弱しい印象を受ける。
目線を落とすと、青色の上履きが目に入った。
上履きや体操着の色は学年ごとに分かれていて、一年生が赤、二年生が青、三年生が緑となっている。青色ということは、相手はどうやら二年生らしい。
「
「そ、そんなにかしこまらなくても。先輩なんですから」
「え? あぁ、そうだよね。君たち一年だもんね。ごめん、人付き合い苦手でさ。あはは」
未来のフォローにも戸惑う様子の浅井先輩。たしかに、あまり人付き合いが得意ではなさそうに見える。
「……ってあれ、君どこかで見たことあるような」
「彼女は有名な予言者なんだよ。テレビや本で見たことあるだろう?」
「あっ。的中率100%っていうあの……」
浅井先輩は値踏みするように、営業スマイルを披露している未来をまじまじと見る。
「百瀬未来です。こっちはオカルト研究部の部員で、わたしをサポートしてくれている……」
未来から手を向けられ、俺たちは「吉田です」「黒井戸です」「葉原でござる」と軽く頭を下げて名乗った。
「あの、校長先生。もしかして予言の依頼ですか?」
「はっはっは。察しがいいねえ」
当たり前だが、俺たちは校長にだけは逆らえない。
今日のおおよそ現実的ではない予言も、元をたどれば「球技大会の天気とか気温とか予言してよ」という校長からの依頼でされたもの。たく、本当ロクなことしねえなこのジジイ。でもイトナ、後ろでボソボソと呪文を唱えるのはやめろ。怖いから。
「実はね、優一くんは私の甥っ子なんだ。悩んでいることがあると相談を受けてね、百瀬君たちならどうにかしてくれると思って。ここへ連れて来たんだ」
何でも屋みたいな感覚で俺らを使わないで欲しい。
予言を使えば大抵のことは解決させられると思っているその根性、叩き直しやりたいわ。
まぁ……未来の予言はそれも可能なくらい高性能だったから、そのせいもあるんだろうけど。
「詳しい話は優一君の方から。百瀬君なら大丈夫だと信じてはいるけど、なにせ前例があるから。偽物じゃないと証明し続けるいい機会だと思って、是非協力して欲しい」
信じているなら約束なんて反故にしろよ、と内心毒づく。
「は、はい。わっかりました!」
「じゃあ百瀬君、あとは任せたよ」
おおらかに笑いながら校長は部室を後にし、俺たちはホッとした息を漏らす。
「えーっと、こほん。それでは、お話を伺いますね浅井先輩」
「う、うん。よろしく……」
予言者モードになった未来は、キリッとした顔つきで水晶玉の前に座り、浅井先輩を対面にある椅子に座るよう促す。
それに合わせるように、俺たちは定位置である未来の斜め後ろへと移動する。
従者のように後ろから立って様子を伺うのだ。理由は至極単純で、それっぽい雰囲気だからとのこと。数々の「ぽい」だけで成り立ってる感あるぞ、予言もこの部活も。
浅井先輩はゆっくりと椅子を引き、顔を伏せたまま腰をかける。
もごもごと口を動かすような仕草をしたあと、重々しく口を開いた。
「……人を探して欲しいんだ。手掛かりはこれしかないんだけど」
そう言って取りだしたのは、白い模様の入った緑色の小洒落たハンカチだった。
「あっ、これって駅中に新しくできた雑貨屋さんのだ!」
「知ってるのか未来?」
「うん。いま女子の間で流行ってるんだ。可愛い商品が多いって。友達がそれの色違い持ってて。いいな~、行ってみたいな~」
ちらっと物言いたげに俺を見てくる未来。
「近いんだし普通に行けばいいだろ?」
「……そういうことじゃないよ。ばーか」
おっと、急に罵倒されたんだが?
アキバは横でノートパソコンを開き、カタカタとキーボードを打っている。
「ここでござるな。駅ビルの五階『regalo』。ハンドメイドの雑貨屋さんで、連日大盛況らしいでござる。SNSでも話題でござるね」
調べ物はアキバの得意分野。気になることがあったら、アキバに頼るとすぐに解決することも多い。情報量でアキバに勝てる人材なんてこの学校にいないだろう。
「えっと、校長先生が『見つけることが出来るか出来ないか』予言して貰えるって言うから来たんだけど……あの、本当に大丈夫なのかな?」
「任せてください。わたしの予言は100%なんでっ」
ドンと胸を叩く未来。こぶしが胸に埋まって、双丘の柔らかさを物語っていた。
校長からの依頼だから肩肘を張っていたが、『浅井先輩の探し人が見つかるでしょう』とでも予言しておけば、ただの人探しだ。
厄介な予言になるかもと危惧していたが、逆に実現しやすそうなものだった。
「わかってるな?」と、念を打つように未来に視線を向ける。
未来は「楽勝」と言わんばかりにドヤ顔を浮かべていた。もはや「ドヤァ……」と小さく声に出している。なんだろう、可愛いけど少しムカつくな。
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