第三話

 未来が予言者だったのは過去の話……。


 現在は、未来が予言したことを俺たちオカルト研究部の面々が力の限りを尽くすことで、的中率100%をキープしている。


 少し前までは、確かにアカシックレコードを視ることにより予言を見事的中させていた。

 しかし、歳をとるにつれて徐々に視えにくくなっていき、高校に入学する頃にはすっかり予言が出来なくなってしまったのだ。


 未来の予言のような不思議な力というのは、小さい時にだけ目覚めることが多く、成長するごとに力が弱まっていく例が多いのだと、オカルトに詳しい部員が話していた。


 正直に予言が出来なくなったと世間に公表しないのには、深い理由があるのだが――


「うぅ~。まだまだあるよクマ~」


 窓に吊るされたてるてる坊主を取りながら、未来が呻くように語りかけてくる。


「俺とアキバで時間の許す限り作ったからな。……まだ半分以上残ってるぞ。うだうだ言わずに手を動かせ」

「むっ、ちゃんと動かしてるよー! ほらー!」


 未来は左手に握った、大量のてるてる坊主を俺に見せつけてきた。

 ぎゅうぎゅうに手の中に詰め込まれたてるてる坊主達は、首部分が締め付けられ可哀想な姿になっている。頑張って晴れにしてくれたっていうのに、あんまりな仕打ちだ。


「未来さん、クマちゃんさん、お疲れ様です」


 丁寧な挨拶とともにドアがゆっくりと開き、小学生と言われても信じてしまうくらいの、小さな女の子が姿を現す。

  明灰色の髪を左側で結んだサイドテールを揺らし、礼儀正しくお辞儀をして部室の中へと入って来る。小さな顔に不釣り合いな、空のように澄み渡る大きな瞳と目が合った。


 オカルト研究部最後の一人、黒井戸くろいど加奈かなかな。あだ名はイトナ。


 黒井戸の井戸でイト、加奈のナを足してイトナ。命名は未来だ。

 俺は黒井戸から、かの有名なミステリー作家アガサ・クリスティの名作『アクロイド殺し』を連想し、アガサかクリスティというあだ名を推したが、誰からの賛同も得られなかったという苦い記憶がある。……悪くないと思ったんだけどなぁ。少なくともアキバの「ロリたん」や「加奈ンゴ」っていう案よりはマシだったろ。


 イトナは真夏日だというのに黒いカーディガンを着て、細い足にはストッキングを履いている。そして、全身真っ黒な衣装に身を包まれたフランス人形を大事そうに、薄い胸の前で抱えていた。

 こんな暑い日に熱を集める黒一色はどうかと思う。黒い紙と虫眼鏡の実験しなかったのか。しかし、格好だけ見れば一番オカルト研究部っぽいのは、間違いなくイトナだろう。


「お疲れさん」

「お疲れ様イトナちゃん」

「後片付けご苦労様です。こちらもかなり大変そうですね」


 俺たちの挨拶に対し、再び丁寧に頭を下げるイトナ。

 礼儀正しくいい子なんだけど……うん、残念な部分というか、怖い部分が。


「ほら、クーちゃんも挨拶しないと。二人に失礼ですよ」


 クーとは、イトナがいつも持ち歩いているフランス人形のこと。

 因みに重さは頭蓋骨一個分らしい。怖ぇよ、普通リンゴ一個分とかだろ。


「クーちゃん? どうしたんですか? 挨拶ですよ挨拶」


 当たり前だが、人形が一人でに挨拶をするわけがない。いや、してきたらビックリなんだけどね。普通にパニックになって逃げるわ。


「いっ、イトナちゃん。挨拶はいいから、それよりも──」


 このあと起きることを案じて未来が止めに入るが、イトナは言葉を遮り、


「ダメですよ。挨拶はちゃんとしないと。ふふ、人としてのマナーなんですから」

「イトナ。クーは人じゃないんだ。だから挨拶なんて……」

「私が昨日、丹精込めて魂を入れてあげたんですよ? もう人形じゃありません。人となんら変わりませんよ。ふふふ」


 イトナは自称黒魔術士を語っている。

 呪いやら召喚、儀式やらを得意としていて、予言実現の非現実的な分野で活躍してくれる。

 現在はてるてる坊主に埋め尽くされていて全容は見えないが、オカルト研究スペースにはそれなりにオカルトグッズが揃っている。よくわかんない動物の頭蓋骨だとか、悪魔らしきものが描かれた絵画だとか、赤文字で描かれた魔法陣も中々の迫力だ。どうやって入手したのかは謎だが、全てイトナの持参品である。


「ほら、クーちゃん? クーちゃん……クーちゃん!」


 イトナは抱いているクーの頭を掴み、何度も上下に振る。

 ぶんぶんと風を切る音が聞こえてきた。綺麗に手入れされている金髪が、無残にもボサボサになっていく。ちょっと振りすぎじゃないですかね?


「挨拶って言ってるでしょ? 私の言うことが聞けないの? ねぇ、ねぇ、ねぇ‼」


 イトナはヒステリックを起こしたように、大声を出してクーを乱暴に揺らす。

 額には汗が滲み、乱れた髪の毛がくっついている。目は血走っていて、鬼の様な形相を浮かべており、先ほどまでの恭しい姿は見る影もない。


「「ひいぃぃぃぃぃ!」」


 俺と未来は同時に声をあげた。

 ちなみに、このトランス状態を俺たちは「闇イトナ」と呼んでいる。


「わかったってイトナ! 挨拶はもうされたようなもんだからさ! そんな乱暴に扱わないでやってくれ!」

「そうそう! クーちゃんは……あーほら、大切な友達でしょ?」

「友……達……?」


 感情のないロボットみたいな言葉をこぼし、ぎこちなくクーに視線を向ける。


「……そう、ですね。友達……はい友達です。ごめんねクーちゃん、乱暴にしちゃって」


 けろっと表情を変え、イトナはクーの髪を優しく撫でた。この急な変わりようも怖い。

 ようやく一難去ったと、俺と未来は安堵の息を漏らす。すると、


「開けて欲しいでござるぅ!」


 切羽詰まったような声が聞こえ、視線を向けた。

 ドアの磨りガラスの向こうで人影が揺れている。イトナがドアを開けると、段ボールを抱えたアキバが手を震わせながら立っていた。よく見ると手だけではなく、膝も震えている。


「限界でござる……!」


 おぼつかない足取りで部室の中へと入ってきて、手からすべり落とすように段ボールを 床に置く。


「ふぅ、今日は運動しすぎでござるよ。痩せに痩せて骨と皮だけになってしまうでごさる」

「お疲れ様アキバくん。ねぇ、そんなに何を運んできたの?」

「昨日、晴れにする儀式を行ったんで、それに使った材料を運んでもらったんですよ。ありがとうございますね。アキバさん」


 イトナからのお礼に対して、疲れのせいだろうか……心ここに在らずのアキバは首を縦に振るだけだった。段ボールからは大量の木片が覗いていて、持たずとも結構な重さがあることは理解できた。


「儀式に木片なんか使うのか?」

「ただひたすら木片を燃やして、神に祈るっていう儀式があるんですよ。世界各地で行われる有名な儀式です。知らないんですか?」

「全然知らん」

「クマちゃんさん、これくらいオカルト研究部なら知っといてくださいよ」

「……何度も言ってるが、ちゃん付けはやめてくれないか? 言いづらいだろうし、未来みたいにクマでいいだろ」

「だって、クマちゃんさんはクマちゃんさんじゃないですか」


 クマというあだ名はそもそも、小学生の頃に未来がつけたもの。

 その頃から既に悪魔と呼ばれていた俺だが、阿熊の阿は中国で「〜ちゃん」という意味らしく、偶々そのことを知っていた未来が「悪魔というよりクマちゃんだね!」と言ったことで、クマちゃんが定着した。流石に呼ぶ方もちゃん付けは恥ずかしいのか、いまとなってはイトナ以外に呼ぶ者はいない。

 まぁ、そんなことは置いといて──


「今回も無事に乗り切ったな」

「うん……みんな、今回もホントにありがとおぉぉぉぉ!」


 未来は瞳を潤ませながらイトナに抱きつく。


「もう、未来さんは泣き虫さんですね」


  子供をあやすように、優しく頭を撫でるイトナ。未来の方が大きいので、あやすというよりは、姉妹で抱き合っているように見えたりもする。


「だって……だってぇ、またみんなに迷惑かけちゃってぇ……うぅ、クマは別にいいけどぉ」

「さらっと言うな。さらっと」


 昨日どれだけ腱鞘炎になりかけたことか。俺のてるてる坊主さばき見せてやろうか?


「冗談だよ冗談。ごめんね?」


 未来は瞳に溜まった涙を指で拭い、紅潮したままあどけない笑顔を浮かべる。


「大丈夫だ。一ミリも気にしてない」


 ……うん、これで許さない男はこの世に存在しないと思う。その笑顔はズルいよ。

 それから未来は「よし」と頷いた後、覚悟を決めたように真剣な眼差しを向けてきた。


「……わたし決めた! もうしばらくの間、難しい予言しないよ!」

「「「…………」」」


 部室に沈黙が流れる。


「……あれ? どうして誰も返事してくれないの?」

「……どうせ無理だからな」

「なっ、なんでさクマ⁉」


 矛先が俺へと向けられる。

 しまった。また口に出ていたみたいだ。


「む、無理じゃないもん! みんなも大変だし、わたしが簡単な予言にすれば済むことだし! もう決めたんだから──っ!」


 がなり立てる未来に、眉をひそめてイトナとアキバがお互いを見やる。

 そしてゆっくりと、視線を俺に注いできて何かを訴えてくる。

 おいおい、俺に宥めろってことかお前ら……。


「じ、じゃあ、ちょっと……少し……ほんの少し……微々たる期待をしとくから、な?」

「段々とグレード下げないでよ! そんなに信用ないの⁉」


「ああ」「はい」「ござる」


「うぇぇーっ⁉」


 即答する俺たちを見て、未来は呆気に取られる。


「……少しはわたしのこと信用してくれてもいいんじゃない?」


 唇を尖らし、ジトッとした目で睨んでくる。あれ、何で俺だけなんですかね?


「だがな未来、毎回同じこと言ってるけど、出来た試しがないじゃないか。今回に限っては神頼みだったんだぞ?」

「うぅ、それは……つ、次は大丈夫だもんっ」

「ほー。それは楽しみだなー」


 意地悪く言う俺に頬を膨らませ、眉をつり上げながら声を張る。


「むっ、なにその言い方! いいもん、だったら賭けようよっ! わたしがまた無茶な予言をしたら、クマの言うこと何でも一つ聞いてあげる!」


 早口でまくし立てたあと、未来はハッと口をつぐみ、顔を赤くした。


「わ、わかってると思うけど……その、節度のある何でも、というか……え、エッチなのとかは無しだからっ!」

「はぁ。俺を一体なんだと思ってるんだお前は」


 クールを装うが、内心めっちゃガッカリしている。いやわかってたけどさ。でも、あんな言葉言われたらそりゃあ……。


「残念でしたねクマちゃんさん」

「無念でござるな」


 二人は同時に、哀れむような顔つきで俺の肩に手を置く。

 イトナは身長差で手が届かないのか、クーの腕を代わりに置いていた。人形の冷たい感触に襲われる。普通に怖いからやめてくれ。


「ただしっ! ちゃんと断れたら、逆にわたしの言うことを聞いて貰うからね!」

「……はいはい、それでいいよ。ちゃんと未来のあだ名も考えてやるからな」

「ちょっと、なに勝手に内容決めてんのさ⁉ たしかにわたしだけあだ名ないから、少し寂しかったけども!」


 喚きたてる未来を横目に、


「無難にいくなら『ももさん』とかですかね」

「でゅふ。『ももンゴ』なんてどうでござろう?」


 まだ勝敗すらついていないというのに、未来のあだ名を考え出す面々。万が一にも俺たちが負けるとは思わないが。


「……そんなにももを推すなら、いっそ『太もも』とかでいいんじゃないか?」

「な、なななに言ってんのさ⁉ く、クマの変態っ!」


 未来が顔を真っ赤にして詰め寄って来る。


「じょ、冗談だよ。本気にするなって」

「最っ低! いくらクマが太ももフェチだからって、そんなのダメに決まってるじゃん!」

「待て、俺がいつ太ももフェチだって言った⁉」


 急な性癖の暴露を食らい、内心かなりテンパる。ど、どうして知ってるんだよ⁉


「前にクマの部屋に行ったとき『むっちり太もも100選~魅惑の絶対領域~』って本隠してあったよ? それも勉強机の、鍵がかかった引き出しの奥の方にね。さぞかし見られたくなかった本なんだよねぇ~?」


 俺を小バカにするように、ニヤニヤと笑顔を浮かべる未来。

 くそ……どうすればいい。咄嗟にいい返しが浮かんでこないぞ。

 ミステリー小説でいうと、探偵に凶器を見られているようなもんだからな。反論しても滑稽にしか映らないだろうし……。


「ん~どうしたのクマ~。ふふっ、ぐうの音も出ない?」

「うりうり~」と未来に肘で小突かれる。万事休すか、と諦めかけたとき。


 コンコン。

 控えめなノック音が部室に響いた。


「ほ、ほら、誰か来たみたいだぞ」

「うぅ、こんなタイミングでぇ」


 恨めしそうな視線をドアに向けている未来。

 その反面、俺は思わぬ助け舟に感謝の念を堪えない。

 未来は「少しお待ちください」と返事して、自分のスクールバッグを開く。

 中から取り出したのは、紫色の大判ストールだった。

 慣れた手つきで軽やかにストールを羽織る姿は何処か幻想的で、羽衣を身につける天女のようにも見えた。


「これでよしっ」


 身を翻した未来は唇の端をあげながら、


「どーお? 予言者っぽいでしょ?」


 無邪気な笑みをこぼす。

 ローブやフェイスベールの方が予言者っぽい気もするが、制服にストールという組み合わせも悪くないものだ。


「まぁ見ててよ。簡単な予言にするからさ」


 未来は俺の横を通りすぎ、得意満面にドアを開けた。

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