中編
『もっとも、私の場合は人から頼まれて何でもやるわけじゃないんですのよ。全部自分のため、お金になると思えば手段を選ばないわ。それこそ口八丁、手八丁ってところね』
彼女は煙草の煙を輪にして吐き出しながらしゃべり続けた。
『何でも?』
『そう、時には危ない橋も渡るのよ・・・・だからって血を見るのは嫌いだから、斬った張ったはなし。』
俺はもう一度彼女を見る。
髪型に捉われてよく観察していなかったが、目尻には小皺が目立つし、手は若い女のそれではない。
窓を覆っていたカーテンの陰から見える外の微かな明かりに、彼女の手が見える。
右手の甲・・・・そこには尻尾を立てた黒猫がうずくまっているタトゥーがはっきり確認できた。
『ねえ、如何?とってもいい儲け話があるの。一口乗りません?』
彼女は自分の計画した”儲け話”とやらについて静かに、それでいて一方的に話し始めた。
早い話が”詐欺”と、”窃盗”をミックスさせたようなもので、それに相手はあくどく稼いでいる先物取引会社の経営者で、さほど良心も傷つかないから大丈夫だ。と、彼女は自信たっぷりの口調でいった。
『つまりは私に泥棒の手助けをしろと、こういうわけですか?』
カーテンの外の月明かりが、彼女の顔を斜めに照らす。
一瞬、彼女が眉をしかめたように見えた。
『泥棒?随分率直におっしゃるのね?悪い奴から金を巻き上げるのが泥棒かしら?』
『相手が何者であれ、黙って頂戴するのは犯罪でしょう?』
『私は貴方と道徳論を交わすつもりはないわ。これはビジネスなのよ。いい悪いなんて無関係よ』
『渇しても・・・・』
『えっ?』
『”渇しても盗泉の水は飲まず”私もやくざな生き方をしてますがね。その位の気概は持ってるつもりです』
俺の言葉に、彼女は鼻で
『やっぱり道徳家じゃない。ちょっとがっかりね。自由人さん・・・・でも貴方らしくていいかもね』
『男は心意気だけは売らないもんですよ』
それだけ言って、あとは何も答えず、俺はシナモンスティックを咥えた。
時刻は何時の間にか午前五時を回っている。
バスのアナウンスが、あと1時間で八重洲のバスターミナルに着く旨を伝えた。
あちこちで乗客がごそごそと起きはじめたり、通路を行き来したりする物音が聞こえ始めた。
途中で交通渋滞にひっかかり、40分ほど遅れはしたものの、バスは無事、何の問題もなく八重洲南口のバスターミナルに着いた。
降車し、荷物を降ろすと、俺はバッグをアスファルトの上に置き、大きく伸びをした。
『やっと着いたな。じゃ、さよなら・・・・と行きたいところだが、折角逢ったのも何かの縁だ。朝飯でも一緒にどうかね?』
彼女は片手だけに絹の手袋を嵌め、再び煙草を咥え、煙を吐いた。
『貴方のおごり?聖人さん』
『割り勘だといったら?』
煙草を手に持ち、唇の端で笑い、
『正直ね。いいわ、付き合いましょ』
と答えた。
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