黒猫と朝食を
冷門 風之助
前編
『良かったらどうぞ』
隣の席で声がする。
俺は寝ぼけ
時刻は午前0時を少し回ったところ。
ここは東京へ向かう高速バスの中だ。
俺の名前は
年齢・・・・パス・・・いや、50代の初めとしておこう。
顔立ち。面長、人からは時々”割とハンサムだ”とか”松田優作に似ている”なんて言われる。
(俺はあれほどいい男だと思っちゃいないがね)
身長は176ちょっと。
体重は63辺りをうろうろしている。
職業は一本独鈷の私立探偵。
勿論独身(俺如きの稼ぎで嫁さんなんか食わして行けるとは思っちゃいない)
煙草は喫わない。というより、ある理由で止めたんだ。
酒は割に吞む方だ。もっぱらバーボン。しかし他の酒だって場合によっては口にする。
性格。へそ曲がりで意地っ張り。
だから俺みたいな職業が務まると思っている
何を言わすんだ。全く。
身の上話なんか趣味じゃない。
眠気覚ましに話して聞かせただけさ。
『あの、どうかされました?』
隣の声が耳に囁いた。
『あ、ああ、失礼』
俺は頭を左側に向けた。
そこには、不思議そうに俺を見る、女性の目があった。
暗くてよく分からないが、若い女のように思えた。
今時珍しく、黒っぽい髪を真ん中で分け、肩の辺りまで垂らし、三つ編みにして結い上げている。(昨今はツインテールなんて呼ぶそうだが、俺は好かない。)
ぱっちりした目に、漆黒の瞳。
着ているのは、シックなブラウンのワンピース。
『いや、どうもしません。それより、何です?』
『これ』そう言って彼女が差し出したのは、銀色に光るスキットルだ。
『ウィスキーなんです。呑みません?』
『いや、お構いなく。仕事中は呑まないんです』
『お仕事?』
俺の答えに、彼女は不思議そうな顔をした。
『いえ、何ね。”ある荷物”を東京まで運ばなきゃならないんです。
『そう、大変ですのね。じゃ、こっちはどう?』
次に彼女が取り出したのは細いフランス煙草だ。
このバスは客席が幾つか区切ってあって、つまりは『喫煙席』『禁煙席』に分かれている。
切符を買う時、窓口で、
”どちらになさいますか?”
と訊ねられたから、
”どっちでも構わない。煙草は喫わないが、煙はさほど気にならないんでね”と答えたので、この席になったという訳だ。
『折角だがそれも遠慮しておきます』
『煙草臭いのも駄目?随分厳しいお客さんですのね?』
『いや、そうじゃありません。自分の意志で止めてるだけです』
『じゃ、私が喫うのもいけないかしら?』
『どうぞ、ご遠慮なく。人の煙を喫ったって、即死なんかするわけはありませんから』
彼女はにこやかに微笑むと、細身のライターで煙草に火を点けた。
蛍火のような赤い光と、続けて細い煙が、天井にある大型の通気口に吸い込まれてゆく。
もうこれでかれこれ四時間バスに揺られている。出張先は九州だ。
依頼人は・・・・いや、それは言えない。
俺達みたいな稼業にだって、”職業上の秘密”ってやつはあるんだからな。
”何でバスなんだ?他にもっと便利な乗り物があったろう”
詳しい事情は・・・・そのうち分かるさ。
それに、考えてみろよ。
まず飛行機。
確かに一足飛びに羽田に着ける。
しかし今回の仕事には業務用拳銃・・・・つまりは相棒のM1917を連れて来てる。
こいつをぶら下げたままでは流石に飛行機には乗れない。
自分で車を運転?
一応運転免許はもっているが、世辞にも車の運転が上手くない。
いやむしろ下手だといってもいいくらいだ。
しかも九州くんだりまでハンドルを握るなんざ、そんな器用な芸当、俺にはとても出来そうにない。
次は新幹線、これはあり得た選択肢だが・・・・しかしこんな時節だってのに、何故かキップがとれなかった。
(理由は知らん)
となれば後はこれしかないという事で、高速バスに落ち着いたのさ。
『ところで、どんなお仕事?』
煙草を座席の前についている灰皿にねじ込み、蓋を閉めながら彼女が聞いた。
『なあに、何てことはありません。フリーランスの便利屋みたいなものでね。金になると思えば何でも引き受けます』
『そう、じゃ、私と似たようなものね』
彼女はスキットルの蓋を開け、ウイスキーを口にしながら小さく笑った。
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