明後日に巡る。

若槻梓沙

before daylight

1日目 何も知らない彼女のことを

ーードンッ


大…な衝撃音が……で鳴……く。

…は反射…に振り……てしま…た。

そ…には、

彼女…ーー若……の死……転が……いた。



【12月7日】

「……んあ?」

枕替わりの腕が痛い。

どうやら俺は、授業中にうたた寝していたらしい。

幸いにも教師にはバレていないようだ。

(なんか変な夢見た気がする……)

そんなことはさておき、このヒョロっとした半目開きの男(俺)の名前は清庭奏斗きよにわかなと

クラスメートである若槻さんのことが気になっている純粋無垢なDK男子高校生だ。

若槻さんとは別に話したことなんてないし、相手も俺のことを認知しているかすら怪しい。

のほほんとしていて、いつも気だるげな若槻さん。

授業は真面目に受けている(ように見えて寝ていた)し、休み時間も本を読んでいる(ように見えて寝ている)から、基本静かだ。

まぁそんなところが可愛いなー……なんて。

しかし教室の端っこ系ド陰キャの俺が絡める訳などない。

だから、いつもいつも斜め前の席にいる彼女を眺めているだけだった。

ふわふわとカーブした明るいセミロングが可愛い。長いまつ毛、整ったパーツ。萌えてる袖とか、ちょっと……ところとか。

あとはーー


「……おい清庭!」

「ひゃい!?」


突然大声で名前を呼ばれたせいで思わず変な声を上げてしまった。

そのせいで所々からくすくすと笑い声が起きる。

若槻さんもビクッと肩を跳ねさせて、 「何突然起こしてくれてんだこの野郎」と言わんばかりの顔でこちらを凝視している。

そんな顔も嫌いじゃない。


「当てられてるのに気づかないってお前……」

「えっ、すいません」


俺当てられてたんだ。

めっちゃ恥ずいやん。



キーンコーンカーンコーン……

放課後を告げるチャイムが鳴り響き、俺は後ろの扉からそそくさと教室をでた。

「やっと放課後だ……」

帰宅部のエースである俺は、誰よりも早く自宅へ帰るために足早で校門へと向かう。

いや、例え俺が帰宅部のエースでなくとも、今日は急いで学校をでなければならない。

なぜなら今日は、「進○の巨人」の最新刊発売日だからだ。

教師の制止を振り切り廊下を疾走し、普段から常備している折りたたみ傘を取り出した。

左手に傘、右手に財布を握りしめ、俺は足早に校門へ向かう。

……そんな時だった。



ーードンッ



大きな衝撃音が背後で鳴り響く。


俺は反射的に振り返ってしまった。


そこには、


彼女のーー若槻梓わかつきあずさの死体が転がっていた。



「え」




【12月7日】

(あぁ……寒い……死ぬ……)

体育の時間なんて滅べばいいと何回願ったことか。

中学生になった頃から日頃ずっと願い続けているのに今まで叶っていないし叶う気配もない。

(やっぱ神様とかいないわ。うん。)

特にマラソンは滅べばいいと思うよ。

昔から運動だけは本当に苦手だった。

割となんでも器用にこなせる側の人だと自分に期待した分、あまりに酷い出来に自らに対し絶望した。

小学校の頃までは、優しいクラスメートと親切な先生のおかげで、俺は自分が運動音痴であることを自覚していなかった。

しかし!中学最初のスポーツテストで俺は自らが極度の運動音痴であることを自覚したのだった……。

時はすぎ俺は高校1年生。

成長すれば良くなるという一縷の望みも絶たれた俺は、サンタさんに体育の概念を無くしてくれとお願いするつもりだ。

そしてそんなことはどうでもいい。

今は持久走、俗にいうマラソン大会が行われている。

せめて晴れていればまだ暖かかったものを、今日は厚い雨雲におおわれているせいで余計寒い。

なぜ学校は冬にマラソンをさせるのが好きなんだろうか。

いやそもそも、マラソンという競技を作った人を呪うべきだろうか。

他の奴らは全員ゴール、残るは俺だけだ。

とうとう雨が降り始め、クラスメートは続々とピロティーに避難していく。

「奏斗あと1周ー死ぬなよーw」

数少ない俺の友達である朝川日向あさかわひなたの声が聞こえる。

「はぁ……はぁ……ふざけんなよ日向ァ……!○す!」

「なんでだよ」

今の俺はまさに極限状態、全てを恨むレベルだ。

数少ない友人に向かって○すなどと言ってしまうほどには。

「おれだってぇ……頑張っt」

(あれ?)

とうとう視界が暗転し、体がぐらりとバランスを崩した。

だが周りの声だけは聞こえてくる。

「…生ー!清庭…倒…れ…したー!」

「誰……検室つれ……てやれ」

あー……これは早退コースですわ。

なんて情けないんだ。

こんなの若槻さんに知られたらもっと距離が遠くなってしまうじゃないか……。

このまま眠ってしまおうとしたその時だった。


ーードンッ

自分のすぐ横に、何かが落ちる音がした。


「うわぁああああ!!」

クラスメートの悲鳴が俺の頭上で響く。

(なんだよ……寝かせてくれよ……)

そうは思いつつも好奇心には勝てず、薄く目を開く。

そこには、若槻梓の死体があった。




「……え?」

全身が汗ばんで、パジャマが肌にへばりついていた。

(俺の部屋だ……)

枕元のスマホに手を伸ばし、ロック画面を開く。

【12月5日6時00分】

「俺は……これって、まさか」

ーーこの世界はタイムリープしている。


《若槻梓が死ぬまであと2日と10時間と10分》

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明後日に巡る。 若槻梓沙 @wakatsuki_azu

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