第2話 洞窟と祈る少女

 ハッとして目を覚ますと、茜色に染まった天井はそこにはなく、階段も、そして、俺を突き落とした桃原ミコトの姿もなかった。

 それどころか、光さえない。

 ひんやりと冷たい風が顔を撫でていき、ぞくりと背筋を悪寒のようなものが走った。

 慌てて体を起こせば、暗がりの中、ぼうっと灯る蝋燭の火がまるで俺を囲むようにぐるりと並べられていた。目の前には――祠、と言えばいいのだろうか――赤ん坊なら入るかどうかの小さな石造りの家が置かれている。しかし、人工物といえばそれだけで、周りは岩に囲まれ、上を振り仰いでも、見えるのは蝋燭の火に揺らめく岩の凸凹の陰影のみ。ここは、洞窟……だろうか。

 いったい、どこだ? 頭を打って、変な夢でも見ているのか? まさか、死んだ、なんてことないよな――と、後ろを振り返り、


「え……」


 思わず、そんな惚けた声が溢れていた。

 そこにいたのは、祈るように跪き、両手を合わせて瞼を閉じる少女だった。

 俺と同い年……いや、少し下だろうか。ミニ着物――いや、くノ一のコスプレのような黒装束を身に纏い、露わになった太ももには黒革のベルトのようなもので巻きつけた短剣、三つ編みに結った長い黒髪は腰まであって……マニアックと言うか。なんとも珍しい出で立ちの少女だ。 

 それだけでも十分、インパクトがあるというのに。

 暗がりでも輝くように映える白い肌に、濃い陰影の落ちる彫りの深い顔立ち。紅でも塗られているのか、赤々とした唇にはうっすらと笑みが浮かんでいて……。ロウソクの火がぼんやりと照らし出す彼女の表情はあまりに穏やかで、まるで神聖な彫刻でも前にしているかのような気分になった。

 階段から落ちて、目が覚めたら知らない洞窟にいて……そんな場合じゃないってのに。その妙な格好をした女の子に――その祈る姿に、俺は見入ってしまった。

 この感覚はなんなんだろう。圧倒されるような……。オーラ……とでも言えばいいんだろうか。確かに伝わってくるは、あまりに貴く感じられて……決して、触れてはいけないような、そんな近寄りがたい畏怖のようなものすら覚えた。


 この気持ちを信仰……と呼ぶなら、俺は初めてその気持ちを理解できた気がする。


 どれほど、俺はそうして彼女を見つめていたのだろうか。――ふいに、ゆっくりとその瞼が開き、ロウソクの光を受けて琥珀色に輝く瞳が俺を捉えた。

 ぎょっとする俺をよそに、彼女はいたって冷静に俺を見据えて、それからにこりと微笑んだ。安堵したような、嬉しそうな……そんな笑顔だった。まるで、俺がここに現れるのを知っていて、ずっと待っていたかのような。


「よく来てくれた」


 すうっと心地よい風が通り過ぎていく――そんな澄み渡った流麗な声が洞窟の中に響き渡り、


「今日から、私がお前のあるじだ」


 彼女はそう言うと、すっと立ち上がり、俺に手を差し出した。


「私の名はテコナという。お前の名はなんだ、我が鬼よ」

「は……?」


 鬼……? 今、鬼って……言った?

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