第18話 つねに兵法の道をはなれず 

 ここはリハーサルの地、AOMI。紀尾井カスミが報告した。

「首都高に今乗りました、あと10分で青と黒は来るそうです」

 ヒラガ・クザブロウ議員は答える。

「あとは決勝の二名を乗せた私の車と機材の車が来れば【リハーサル】が始まるのだな」

 上司永田は上空を見ていた。あたりはすっかり闇につつまれている。

『いや、ヒジリ君は、きょう、やる(決行する)つもりだ』


 先に到着したのは【カチドキ・バシ】で拾った二名の選手だった。こっそりと騒ぎのさなかに会場裏口から寿司屋の大将らのターレに乗り、ヒラガ議員の差し向けた車に乗り換えたのだ。大将も車に同乗してきた。


 いっぽう装甲車に飛び乗った【青い具足】を会場の門でみつけた追跡者たちは【アレは先に決勝進出を決めたアオヤマ選手】だと見当をつけ狙いを定めた。仕切り役の黒具足が運転する装甲車は、ネオ・ツキジからギンザ方面へ直進し視界から消えたあたり、ウネメ橋交差点を左折すると【首都高副都心臨海線】へと入った。

 見失った追跡者たちは、近辺の【コマンダー】に宛てて装甲車の写真をアップし、情報を求めようと掲示を出すが、フューナラル・アラート上の写真のアップは時間のズレがあるため、SNS経由で都心での目撃情報を募りながら更新を待つしかない。


 試合中メイン・カメラの横の定位置にいた主催者であるユキトシこと【Glitter2X a.k.a. The Shadow Commander】は(最初は身の置き所がなくてそこにいただけなのだがw)自分が他のカメラからも映り込まない位置にいることに途中気づいた。もし部外者の誰かが試合会場を見つけた場合は、自分自身が【電脳具足を着た出場者】に化けて装甲車で【移動】し、残るコジロウと総員に向けての指示書を一斉に発動するように伝えておいたのだった。


 コジロウは会場に【ユキトシが予告していた通りの人物】が現れたのでびっくりしたが、素知らぬフリで声をかけた。

「お、シブヤさんじゃないですか。息子さんもご一緒で」

「えっ! あ、ど、どうもこの間はどうもお世話になりました。今日も何かここでやっているんですか?」

「ゼロ大会には応募されませんでしたね。うちの紀尾井という担当からご連絡が行ったかと思うのですが」

「あー、ゼロ大会ですか〜、すいませんね急に【仕事】が入りまして都合が……」

「息子さんも【仕事】だったはずでしたよね? だのに今日はまたなぜこんな所へ?」


【訪ねてくる人物の話の途中でトーチカとイシガミ記者が連れ立って現場を抜けるように】とユキトシの指示書にある。

 横で待機していた記者はコジロウこと佐々木調整官から打ち合わせていた【目線の合図】をもらうと、ソソクサと小走りでトーチカを連れて抜け出した。

 すると、横目で見ながら親子が急にうろたえるのがわかった。


「……ええ、ギ、ギンザの仕事終わりにこの辺でおいしい店とかないかな~と。またネオ・ツキジ行ってみたいって言うのでプラプラしていたら偶然花火の音がして……」

「そうだったのですね、実は今日、ゼロ大会の試合をやったんですよ。ちょっと騒ぎが起きたもので、残りの試合は3日後に延期になりましたけど。これって内緒ですよ」

「そうなんですか~! さっきの花火の打ち上げやら何やらにぎやかでしたね」

「ええ、そうです。よかったら見に来て下さい。でも他言無用にお願いしますね?」


 そのやりとりを横で聞いていたシブヤ(1)である息子は「3日後にネオ・ツキジ」情報はガセだと見当をつけ、ネットワークに流した。なぜならさっき装甲車が【選手】を乗せて走り去ったあと、【インタビュー役と撮影役もここを去った】からである。あやしい! 急いで跡を追わなくては。

「お父さん、じゃあもう僕たち帰ろうよ~」

「あ、そうだな、わかったわかった。じゃあお忙しいところお邪魔しました」


 離れると二人は小声で、

「どう思う? ぜったい嘘だよなパパ」

「だと思う。別のどこかで今からやるに違いないよ。んーあくまでカンだけど、もしやAOMIのどこかではないかな?」

 親子は慌てたようすで地下鉄の駅へと走っていった。


 その親子の姿が消えるのをコジロウが確認すると、丼だおれのワンボックスカーが静かに横付けされた。残る全員で機材や幕、協賛品などの撤去と積込が始まった。ここをまっさらにして閉門するようにとの指示である。一同はAOMIに向け発車した。なお、先に出ていたイシガミ記者とトーチカは駅には向かわず、こっそり路地で待たせてあったタクシーに乗って先発している。


 AOMI決勝の舞台は【船の博物館駐車場】である。スクリーンの代用として、真っ白い船の形を模した建物の壁面を使用することになっており、到着したユキトシは、キョウユウ会長と装甲車に備え付けのノートパソコンとプロジェクターで投影テストを行っていた。また先着していた二人の選手との動作・通信テスト、およびモーション・キャプチャー用のカメラとの同期も行い、あとは後発隊の持ってくる【賞金の目録】が届き、トーチカ(のカメラ)とコジロウが現れれば決勝戦は実施、配信までできる。

 上司永田の予測どおり『このまま、リハーサルではなくて【決勝戦を強行】します』との指令がヒジリ・ユキトシから全員に伝えられた。


 その【船の博物館駐車場】に、事前申請のあった車両が続々と入ってきた。すべてが【黒塗り】だ。運転手付きの高級車やハイヤー、そして外国大使館のナンバーのものもある。間隔をおいて指定の場所に駐車された。

 ヒラガ議員は感服したかのようにつぶやいた。

「おお、車のままで観戦ができるとは! 大使館や各省の問い合わせに【ゲネプロでよければお車でどうぞ】と案内を出したのはこういう理由なのか。さすがだ。やられたな」


 まわりのクレーンから強力なライトが照射され、闘技場が現れた。いくつものドローンも現れ、撮影のスタンバイが整ったのだ!


【第5試合 決勝 青山 倫景 VS 嘉比 颯】


 アオヤマとカイによるこの試合は、これまでの試合内容を振り返ると、まさに両雄相まみえるという言葉がふさわしいものだった。

 アオヤマは先祖の血が影響してか、普段は探偵事務所スタッフと要人警護員を掛け持ちしてアルバイトをしている。つまり常在戦場が生活の糧であった。

 探偵事務所スタッフとは、ターゲットの張り込みや調査で、要人警護員とは警護対象をあらゆる危険から守る生きた盾となる仕事だ。元々の俳優業はというと、様々な配役になり切って演じる仕事であり、それは観るものを幻惑させる。そう!青山家もかつては代々隠密稼業の一族だったのだ。


 一方でカイはというと、子供の頃両親に先立たれた孤児で、物心ついた時から彼にとっては、孤児院でお世話をしてくれていたオジさんとオバさんが本当の親だった。彼は幸い幼少から器用で何でもこなせるいわば天才だったため、10歳になる頃には沖縄に住む富豪の家に引き取られ、嘉比かいという姓を受けた。

 勿論彼には、引き取ってくれた今の両親にはとても感謝しきれないほどの愛情を注がれ、とても幸せな毎日を送っていたが、孤児院で別れた他の子供たちや、オジさんオバさんは今も、彼の本当の家族であり続けた。

『かつて共に過ごした兄弟たちに元気を分けてやりたい』そういう動機から、彼は契約上会うことが許されていないかつての仲間たちに向けた活動として、eスポーツ競技の世界へと足を踏み入れていたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時は戻ってAOMIへと向かう車の中。

『カイが勝ったか…… 俺の予想通りだったな。まぁでもあんな紛い物に負けるような俺でもないけどな。そもそも鬼一法眼の子孫であるならナカハラかフジワラ以外にはなく、それに京八流の諸派はそれを口外するわけがない。馬鹿な奴だぜ』

 そう思いつつアオヤマは笑みを浮かべていた。紛い物とは当然【自称武芸者アヤセ】のことだ。


「アオヤマさん! 僕実は大ファンだったんですよ。毎週観てましたよ!?【シャドーセイバーズ】……あ。えっと僕はカイと言います。カイ・ハヤトです!」

 と自己紹介をした。

「特に最終回カッコよかったなぁ……。ヒーローものにありがちなモサッとした奴じゃなくて、すっごい現実的な残酷アクションでしたけど、でもそれが良くて!」

「あっ!!本当かい? なんだか参っちゃうなぁ。これから斬り合う相手だというのに調子狂っちゃったよw これも策略なのか? アッハッハッハ〜!」

「劇中でセイバーREDがやってた笑い方って素だったんですねw  でもなんで引退しちゃたんですか? 僕、家族のみんなと一緒に毎週セイバーRED応援してたんです……」

「まぁ俺も色々あってさ。まぁイロイロあるんだよ。大人の世界にはさ。人生何があるかわからない。だったらせめて楽しまくっちゃな!!」

 そんな会話を交わし、これから斬り合いに臨む2人とは想像できないほどの和やかなムードを保ったまま会場へと到着したのだった。互いに最高のコンディションだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


≪ 備えて!≫


 刀を構え、船の闘技場で相見える2人の全身から純粋なる闘気がみなぎっていた。優しく、そして力強く、光と闇、一切の価値さえも寄せ付けない聖域を誰もがはっきりと感じていた。【剣聖 宮本武蔵】が言うところの真空しんのくうである。


≪ 始めい!!≫


 最初に仕掛けたのはカイだ。彼は中段諸手構えより剣先をチョンチョンと揺らしたかと思うと、アオヤマの刀を上から叩き、次いで眉間へと斬りかかった。

 アオヤマは平晴眼ひらせいがんに構えた刀を叩かれる寸前のところでカイの刀にクルッと刃を合わせ、次いで眉間に向けて打って来た斬撃をハラリと我が左の方へ流した。

 流されたカイは反撃を予測し、すかさず左へ回転しつつ刀を中段へ構えた。カイの予想通り反撃に出たアオヤマの攻撃は見事に防がれた。狙った場所はカイの右目だ。そして双方、間が詰まると自覚するや、すかさず一足一刀の間合いの外へと退避した。開幕早々繰り広げられた攻防はまさに若者らしく勢いのあるごうの剣と、熟練された達者が操るじゅうの剣の攻防であった。


≪おおおおおおおお〜ぉ!!≫


 会場にいる誰もが場に圧倒され、そして歓声をあげていた。


 カイは中段から左足を大きく踏み出して右へ刀を霞にとり、左半身へとアオヤマの斬撃を誘った。あえて乗ったかはいざ知らず、すかさずカイの左上腕を突き撃つようにして斬りかかるアオヤマ。常人なら捉えきれぬほどの神速! そこにいる誰もが攻撃をしたことを見抜けず、ただコマ送りのように間を抜いて前進したかのように観えた。さながら短い瞬間移動だ。しかし格闘ゲーム界で鍛えた彼の動体視力は、空間の変化を見逃さなかった。狙い通り乗って来た斬撃を今度は左足を大きく後方へひき、斬撃を左後方へいなしたかと思うと流れるようにアオヤマの顔面を斬りつけた。誰もが決まったかと思ったその時、突然アオヤマの左手が離れたかと思うと、顔面へ飛んできた斬撃を、右片手持ちの刀でまるで扇をはためかせるように左後方へ崩し返し、そのままの勢いを利用してカイの左目へと斬撃を決めた!!


≪ ズガーーーーン!!≫


『そうそう!! これだよ。戦場なら俺の勝ちだ!! さぁ次はどうする?』


『アオヤマさんやりますねw ずっと観て思ってたけどこの人絶対ただの元俳優じゃないでしょwwww じゃあ次は……』


 驚くことに、カイはこれまで全く剣術も剣道もやった事はなかった。彼の繰り出す動きは、その驚異的動体視力と、あとは【キング・オブ・ヴァンパイア Ⅸ】唯一のヴァンパイア退治設定キャラ【アーロン】が繰り出す技、そしてそれをVRアクションゲーム【安土桃山忍風録 2】を融合させて実用性のあるものに練り上げたものだった。つまり現実の人間相手に使うのは、アオヤマがアヤセに次いで2人目。たった2人目なのである! この効用は今後の仮想現実世界(VR)運用においては非常に大きな光明になるのは明白だった。

 ユキトシは今後の影響を考えるだけでも最高に興奮していた。いや……調整官ヒジリ・ユキトシだけではない。ギャラリー含めそこにいる誰もが、今行われている全てに驚愕し、そして明るい未来を感じていた。


『じゃぁ次はアレだな! アーロンの【武器破壊究極奥義:天剣破邪粛清斬てんけんはじゃしゅくせいざん】だ!』

 つまりアヤセとの戦いの最後に決めたアレだ。

 カイは左前の八相より刀の切先を後方へ向けつつ腰の位置まで落とし、そこから一気にピンポイントでアオヤマの左内小手を斬りつける。次いで下から斬り上げトドメとばかりに右より袈裟へ斬撃を放った。

【武器破壊究極奥義:天剣破邪粛清斬】は左小手を斬って落とし、次の斬り上げで今度は相手の右小手を斬り上げて武器を吹っ飛ばし、最後にとどめの袈裟斬りを行う三連殺だ。


 だがアオヤマは初めの小手斬りに対し、左手を離して左右の手と足を開き、わざと空間を開けるような格好で悠々とかわし、二撃目もやり過ごした。最後の袈裟斬りは青眼の構えへ戻した際、左へ凌いだかに見えたが、わずかに左の下腕へと斬撃を受けてしまった!


≪ ズガーーーーン!!≫


『……これで決めようと思ったけどそうはうまくいかないか……。でも狙いとは違ったけど何とか1ポイント取り返したぜ!!』


 その後も幾度となく攻防が続いたがお互い一進一退の残り1分。まだ得点は5vs5でまさに互角の戦いだ。

 しばし沈黙の後、カイは中段よりアオヤマの眉間へと思いきって刀を振り下ろした。右片手下段に構えていたアオヤマは、その刀の先の辺りを、待ってましたとばかりに刀の柄元つかもとで受け、クルリと闘牛士のように身を翻しつつ頭の上で刀を廻し、そしてカイの首元のセンサーを『トンッ!!』と軽く突いた。ヨヨギ・サクラコがシンバシ・ユズリハを下した時のアレだ。


≪ ズガーーーーン!!≫


≪ 待て! 其れ迄ッ!!≫


一瞬、アオヤマとキョウユウスタッフ以外誰もがその事態に理解出来なかった。


≪ 刀破損によりカイ選手の失格ッ!!≫


 良く観ればカイ選手の刀が半分のところで『ポッキリ』折れていた。これが生身の人間相手に戦う経験者と仮想の空間での戦いしか経験したことのない人間の経験の差であった。

『【柔よく剛を制す】モノノフはモノの扱いに長けた者故にモノノフ。真の戦いを制すにはモノの扱いが長けていなければならないのである。如何なるモノもどんなに鍛えようと、扱いを誤れば壊れてしまう。武術の究極はそこであり、そしてそれこそが【剣禅一如】へと繋がるまことの武の道である』と青山家では家訓として教えられていたのだった。



 


 









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