第17話 一生の間欲心思わず

 門弟から構成される【セコンド団】が大騒動で遅参した当の武芸者アヤセは、他の試合を見るでもなく門弟を迎え入れるでもなく、入場以来ずっと倉庫の控室奥に向かってVRヘッドセットを装着している。糸を巻き取るような、巻物をたぐりよせるような独特な手元の動きである。門弟は倉庫の外だ。手違いが起き慌てた様子を毛ほどもみせないアヤセを控室入り口から垣間見ると、調査官ユキトシは【セコンドの遅刻は作為であった】と結論付けていた。


『何か、あるな……』

 モニターにかじりついて情報収集をするコジロウのところへ行き、先回りの指示をいくつか与えた。うなずいたコジロウは【胴元と予想屋がフューナラルアラート内にいる】と手短に伝えると、ユキトシは座標を記録し泳がせるように指示を出した(後日警視庁法務省経産省総務省等関係各省庁および東京都と協議をする)。


 ユキトシは別のもうひとつの不在に気が付いている。そいつの動機はズバリ、欲、カネだ。

『そろそろ現れる。目的は反響を煽り賞金を釣り上げる以外にない』

 しかしそいつは残念ながら【闇のリーダー】ではないことも確信していた。


 いっぽうおなじく準決勝から登場のプロゲーマーは、真の名を伏せ【一勝したら名前を明かす条件】となっていた。なんでも【スポンサーの意向】だという。

 幸いプロテクターの兜の下に手ぬぐいやマスクをしたり、あるいは控室からそのまま被って登場もでき、内側には眼鏡も付けられるので、サングラスをかければいっさい素顔を隠しての参戦も可能なのだ。

【覆面ゲーマーのエックス】がいったい誰なのか、ネット上でもeスポーツ界隈でも激論をきわめていた。


 また、2020sの民間企業からはコジロウこと佐々木調整官に向けて次々に協力の申し出が押し寄せ、良くも悪くも大きな波が押し寄せつつあった。そんな時は、さらにデカい風を中心で熾せばいい。ユキトシには事後承諾させる方向で、コジロウはIT企業から【ドローン部隊】を、そして近隣に現場があるゼネコンからは【クレーン車】を手配依頼し、AOMIのリハーサル会場を依頼先に明かすと、向こうで待っている紀尾井カスミ宛て指示書送達し、永田課長からは即座に了承の返信があった。


【第4試合 準決勝(2) 

アヤセ(武芸者) VS プロゲーマーX】


 本日最後の【ヨビコミ】がはじまった。勝ったほうが3日後のAOMI決勝に進出し、元俳優アオヤマ選手と戦うことになる。

 武芸者アヤセは、天狗のような白装束に一本歯の高下駄を履き、門弟に前後をはさまれて控室から登場。高下駄を地下足袋に履き替えてもその巨体はひときわ大きく、まるで【武蔵坊弁慶】のようである。BGM音源はホラ貝に三味線、笛の音といったあんばいで、海外のヴィデオゲームマニア勢は【リアライズド・アーケードゲーム】と称して狂喜乱舞しているようだ。

 対するプロゲーマー・エックスは90年代の人気アーケードゲーム風のピコピコした音源で登場した。白塗りの顔の中央には巨大な【X】のような文字が青でペイントされている。サウザンド・キラーの名にふさわしく、胸を張ってお決まりの【若手有名ラーメン店主の腕組みポーズ】を決めた!


 トーチカの【ヨビコミ】は高々と、

≪ 伝説の流派京八流の始祖鬼一法眼の子孫 武芸者アヤセ選手 ≫

 VS 

≪ 対戦格闘ゲーム【キング・オブ・ヴァンパイア Ⅸ】を主戦場とし、VRバトルアクションゲーム【安土桃山忍風録にんぷうろく 2】では千人斬りの称号を持つエックス選手 ≫

 との【異種剣術格闘戦】であると煽りにあおっていた。


≪ 始めい!≫


 アヤセは両肘を張り眼前に交陣刀を立てて構えると前傾姿勢でいきなりエックスに向けて突進してきた。それに対して霞の構えですれ違うエックス。画面映えのする絵である。


 エックスは左前の霞の状態で相手の右へと擦り抜け、すれ違い様に胴へと撃ち込む戦法だ。【安土桃山忍風録 2】ではいつもこのやり方で相手を葬ってきたいわゆる【オハコ】というやつだ。

 さて、武芸者アヤセはというと……どうやら初めから反則狙いだったようである。あらゆる汚い手を使ってでもゴリ押しで勝つ戦法だ。弟子にはいつも「いいか? 武術とは生き残りをかけた殺し合いだ。それが例えどのような汚い方法であったとしても生き残れ! そして勝たなければ死んだと思えよ?」と説いていた。(偽武術家にありがちな話である。何かの聞きかじりだろうか?)

 さぁ、一体どのような汚い方法を使うのかとくと拝見することにしよう。まず弟子達は錫杖しゃくじょうと呼ばれる、棒の上に槍と輪っかが付いた道具で地面を突き始めた。すると輪っかが槍に当たってシャンシャン音が鳴る仕組みだ。ただ、一見音を鳴らしているかのように思えた行動には実は裏があった。どうやらピカピカに磨いてある槍が光を反射するのを利用して、その反射光をプロゲーマー・エックスの目の部分へと照射させている(しかもこれは反則規定にはなかったため反則を取れない!!)のだ。

 これぞ【アヤセ流魔叩きまばたき】!!

 エックスはというと、すれ違う瞬間照射され、たまらずマバタキをしてしまった。その瞬間アヤセはエックスの刀を上から斬り落とし、すかさず胴・面と2連撃を入れた。


≪ ズガーーーーン ≫


 続いても同じ要領で、今度は左の霞より胴へ撃とうとしたエックスに対し妨害をし、目を眩ますタイミングで左脚を軽く引き、そしてアヤセの刃は彼の顔面を捉えた。


≪ ズガーーーーン ≫


 一見サンドバック状態だったが、実は策にハマったのはアヤセの方だった。それはなぜか? 実はエックスは事前調査に余念がなかった。プロゲーマーの世界もプロスポーツの世界同様、情報戦の時点で勝負が始まるのだ。アヤセの過去の試合情報や周辺調査の結果、ありとあらゆる反則規定外のキタナイ方法を用いて勝ちにくることはわかっていたのだ。それに実は事前にアヤセの【スポンサー】だと名乗るモノから脅しを受けていた。『今回の試合に負けないとお前の仕事は減るかも知れないぞ』と。悩んでいた彼は、すがる思いでトヨセへと今朝相談をもちかけていた。元警察官だったトヨセは、かつてお世話になった仲間へとリークし、大会を成功させるためにも試合開始前までにコトを収めるよう手配していた。もちろん大事にならぬように秘密作戦だ。作戦完了の合図として、近くの工事現場から花火の音で知らせる算段である。それまでエックスはサンドバック役を演じる必要があった。わざと眩んで隙を作り、あたかもアヤセの策にハマってしまったかのように見せつづけた。しかし目には正体を隠す意味もあり【赤色の紫外線対策用コンタクトレンズ】を仕込んでおり、今か今かと逆襲の合図を伺っていた。


『とりあえずはワザとやられてみたけど、コイツ普通に戦っても相当強いな……』

 エックスは焦っていた。相手が強い上に【八百長】を強いられ、そして策にハマったように騙さなければいけない。得点は3ポイント以上取られたら取り返せる余裕はどうやらなさそうだ。いかに百戦錬磨……いや、幾万もの敵をヴィデオゲーム内で葬って来た彼の動体視力を持ってしても、現役の格闘技経験者の技には高い壁を感じていた。真剣を用いた殺し合いなら、アヤセにとって彼は虫けらのようなものなのだろう。

 苦慮の末、何とか防戦で凌ぐ方法を選択したが、思った以上にキツい。アヤセはスキを作らぬとばかりに体力に任せ、そしてジャンジャン斬り込んで来るし相変わらず弟子は錫杖の先端を反射させた光で妨害。そういった状況が続き、とうとう点差は10点にもなっていた。エックスはそろそろ心も体も限外に近づいているのを感じていた。

『俺はこんなヤツに! こんなところで負けてしまうのか!? 勝負とはこんなものじゃないんだ!! 子供達に夢と希望を見せる一心で俺はこの道を選んだんじゃなかったのか? こんなところで……こんなヤツに俺は!』


「クソッ!!!!」(負けるわけにはいかないんだ!!!!!)


 気が付けばエックスは、思わず口から悪態の息を漏らした……まさにその時!?


≪ ヒューーーー! バァアアアアアン!! ≫


 近くの工事現場で真の戦いを告げる合図が鳴り響いた!!

『よし、反撃だ! 全力でる!!』

 先述の通り、今まで目眩しに苛まれていたフリをしていただけで、彼の武器である視覚はまだ死んでいない。防戦中にはただやられていただけではなく、ゲームで鍛えた動体視力でアヤセの攻撃パターンを読み切っていたのだ! エックスは、アヤセの背後と自分の背後に錫杖を持つ弟子どもが来た時にだけ真の攻撃が繰り出させれるのに気づいていた。

 そこで、時間は残り1分しかないが、2D横スクロールのXY軸ではあり得ないZ角を意識した動きで翻弄を始めた。刀を小刻みに振り、届きそうで届かないフェイントを繰り返すと打ち太刀への受け方のバリエーションを変え始めた。交陣刀独自のバウンドと角度をデータ化するのが目的だ。


『反則技上等だと?! お望み通りにお見舞いしてやろうか!』

 アヤセは10点リードに早くも勝利を確信した慢心か、はたまた体力が尽きたのか攻撃は弱まり、残り10秒で防戦体制に入ろうと構えを変えたその瞬間!


≪ ビシッ!≫


 油断して握りが甘くなり開いた指の間をコンマ0.1秒で看破し、エックスはするどく【風車】のように力強く刀を巻き上げた。すると巨大なブーメランのようにアヤセの刀は回転し、あっけなく場外へと落下していった。


≪ 落刀ゥッ! アヤセ選手、失格ッ!≫


 終了マークがモニターに表示されていた。アヤセは武芸者にあるまじき武器を喪うという恥辱の反則により敗退し、門弟とともに逃げ去るように帰っていった。

 その結果、制限時間ギリギリまで粘ったプロゲーマー・エックスは、ついにその名を明かすことで決勝進出エントリーとなった!

 偶然にも防戦一方からの逆転劇は、2019年度に行われた【キング・オブ・ヴァンパイア Ⅸ 世界統一大会】の決勝シーンをそっくり再現していた。世界中でこの光景を視聴していたファンは、この時彼の名を明かされるまでもなく確信したのだ。

 そう! 彼こそはあの【2019年度 キング・オブ・ヴァンパイア Ⅸ 世界統一大会@ロサンゼルス】優勝者で、デヴィル・スレイヤーの異名を持つ男【カイ・ハヤト】だったのだ。


『ああ……【χ】ってエックスじゃなくて【カイ】だったのね!? ほぉぉ』

 いまさらながら合点がいったユキトシであった。


 その結果を待っていたかのようにトーチカが駆け寄って来た。カメラはどうしたんだろう?

「たいへんだぁああ! 急いでいそいで〜ココが見つかったみたいなのだぁ、誰かが来るぅ〜!」


 数名のネット民がこの後の決勝を一目観ようとして解析し、この現場を突き止めたのだった! このままだとウィルス騒ぎになりかねない。そうなったら全てが水の泡である。


 コジロウが叫んだ。

「はやく、こっちへ!」

『こうなったらすし詰めになる前になんとかしないと!』

【機材をそのままにして】黒尽くめの運転手黒雀と、青の装備のユキトシが【窓を開けたまま】の装甲車に飛び乗ると、正門から滑るように出て行く。

 その様子を見て何人かが後を追って走って行った。


 そして……事前にユキトシが指示していた通り、二人の決勝進出者を乗せた【ターレ】は【裏口】から超低速で音を立てぬよう、寿司屋の大将の手引きで【カチドキ・バシ】へと向かっていく。ヒラガ議員が差し向ける車と合流する手筈だ。


【闇のリーダー】が放つ手先も、ネットの知らせを元に装甲車を追おうとするが、なんと首都高に入っていったため、自転車組も追うことができなかった。仕方なく会場へと戻る。その会場に残るのは【主催者佐々木】とトーチカ、そして店長や大将と言ったネオ・ツキジの面々。

 

 いったい決勝はどうなってしまうのだろうか? そしてカイ選手を脅した組織の顛末やいかに!

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