第16話 いづれの道にも別れを悲しまず

 【元俳優アオヤマ】は、これまでになく仰々しく刀を頭上で振りまわしてから、戦隊ヒーローのような低い決めポーズを取ると、間合いの外から【元警官トヨセ】の左大腿部に剣先を向けてピタリと刺し向けた。


「おい、あれは【予告斬撃】じゃないか!?」


 それまで沈黙していたユキトシが思わず大声で叫んだほど、アオヤマの全身から闘気がみなぎっていた。トヨセは手詰まりを自覚していた上に挑発され、思わず立腹してしまった。アオヤマは刀を持たぬ左手の平を上に向けて首をすくめるようにし、【さあ、どこでも打ち込んできたらどうなんだ?】とばかりにダメ押しのジェスチャーを決めた。隙だらけがシロウト目にもわかるような動きをしたのだ。そればかりか、シールド越しにヘラヘラとして見せ、憎たらしいほどの悪役ヒールぶりはさながらダークヒーローといったところだった。

 憤りのあまり大上段に構えるのももどかしく、突っ込んできたトヨセを受け流してみせると、アオヤマは予告通りの部位をいともたやすく斬り撫で、優雅に左反転した。


≪ ズガーーーーン ≫


 この時点でまだ残り時間は4分もあった。


 度を失ったトヨセは、なんとか残心を取りながら後退した。

『このままでは死ぬ、いや、もう真剣ならば何度も殺されている!』


 本能的におおきく息を吸い込むと胸が痛くなった、その刹那、確かに耳元で懐かしい声が聞こえた。トヨセに技を教えてくれた亡くなった祖父の声だ。


―すべての息を! 一秒以内にすべての生氣(イキ)を 吐き切るのじゃ……!―


 口も鼻も動かさず相手に知られないようにふうーーーーーっと息を吐いた。

 ジリジリと移動を始めながらトヨセは祖父の言葉を思い出していた。


―もう死んでしまいたい、そういうことが人間誰しもある。そんな時はまず息を吐いてしまえ。死んだつもりでな。あとはやればわかるさ―


 アオヤマとトヨセの攻防のリズムが一気に変わった。

 つまり互角の実力どうしの戦いになったのだ。もちろんこうなることを期待しての挑発だった。それにトヨセといえばアオヤマの高校時代にはかなり有名だった。【眠れる獅子】として揶揄されようとも、偶然目にした予選の時の映像は、当時のアオヤマの目を釘付けするには充分だった。俳優志望である彼にとって、怪我は絶対避けなければいけなかったため、今まで試合に出る事など夢のまた夢であったのだ(もちろん模擬戦は数多くこなしていたが)。

『眠れる獅子、ついに起きるか!』

 アオヤマは、トヨセのまことの太刀を受けるたびにうなずき、満足の声を小さくもらした。トヨセは元警察官だけあって何度も現実の死地とは直面している。あの時の無力感を薙ぎ払うがごとく、力強く、早く、的確に戦った。しかし二点差を埋めるべくもなく、残念なことに制限時間が来てしまった。そして、敗退。

 一同は、残念そうにためいきを漏らし、そして大きく拍手が巻き起こった。


 装備を外し終わるとすぐに、トヨセは来た時と同じく無言のまま立ち去ろうとした。記者もマイクを向けるようなヤボはしなかった。


 見送るアオヤマ選手は、

「トヨセ! キミはやっぱり僕が期待していた通りだったよ。またやろうな!!」

 そう後ろから声をかけた。

 するとトヨセは振り返りもせず右手を軽く上げるだけだったが、口元は満足げに口角を上げていた。

『感謝をするのは俺のほうさ。アオヤマ・ミチカゲ! お前の名前を忘れることはできそうにないよ。ありがとう!』


 こうして準々決勝2試合が終了し、準決勝前の準備に入った。


 準々決勝に敗退したシンバシ選手とトヨセ選手は、会場に残らず即座に裏口から帰るように指示してあった。裏口を警護する役の寿司屋の大将が「いづれの道も、別れを悲しまずってナ。また会うときまで達者でな!」と励ましつつ寿司折など渡して見送っていく。


 第1試合の勝者【ネオ体操】ヨヨギ・サクラコ選手は、控室の倉庫から先ほどのアオヤマの挙動を思い返し、余裕の笑みを浮かべていた。アピールタイムの動きからは空手の修行者かと思えたのだが、いざ試合がはじまるや、明らかに交陣刀こうじんとうを持った時の構えと体の用法に剣術の技、それも【ヨヨギ自身の流派】と似たもの……たとえるなら、オモテとウラ、という関係性を敏感に感じ取っていた。古流修行者どうしだけに通じる秘術の世界である。

 ヨヨギ・サクラコは訳あって本当のことは秘匿しているが、【鬼神一眼流剣術】と呼ばれる剣術をおさめていた。当然公表しているネオ体操は【表向き】のバックボーンである。そのヨヨギ選手には、なんと元アクション俳優アオヤマの【真の流派】の見当がついていたのだ!


 そしてもうひとり勘づいている者がいた。他ならぬ我らがトーチカ(トウノ・チカ)である。彼女は準決勝に勝ち上がったネオ体操、元俳優の両名に【トーチカみずからが母から伝えられたモノと同じようなナニカ】を感じていた。彼女は思った。試したい。二人の隠している所属、いずれが【ドッチ】で【アッチ】なのか?

『たしか失業、じゃなかった失伝したハズだったのだ。たたた……戦ってみたいのだ!』

 ウズウズしてだんだんカメラがブレブレになってきた。コジロウやLIVEを観ているユーザーは、その奇妙な揺れ、中継の画面の変化に気づき始めている。遠隔での視聴にガマンがならなくなったネット民の一部は【専門板】に向けて【中継地点の推定】を依頼した。


 いっぽうユキトシはさっきから、イヤな予感がしていた。

 なぜか? それはこれまでの二試合が【あまりにもご都合主義でうまく行き過ぎているから】だ。だいたいにおいて、そろそろ【イチの破綻】が起きる。わかっている。映画やアニメもそうだし、CAWGでもそうだった。だがそんなときの問題推定方法はこれまでの短い準備の間に経験的に割り出していた。【不在、非連続を発見しろ!】だった。俯瞰や最終地点はもうできている。


 トーチカを呼び、丼だおれの店長にここへ来るよう伝えた。いつもはあんなに手回しのいい店長なのに【彼の動きがなさすぎる】。存在感がない。

 店長の返答は【いま手が離せないので後で報告に行きます】とのことだった。心配だが次に進行しよう。念のためもし何か起きた時にすぐ対処できるよう、ユキトシはいったんBGMの停止を装甲車の会長に指示した。


【第3試合 準決勝(1) 

ヨヨギ(ネオ体操) VS アオヤマ(元俳優)】


 トーチカが二名の選手を呼び込むと定位置へと掃けた。

 ヨヨギ自身が看破し、また古流兵法をひそかに修めるトーチカが見立てるところの【源流を一にするであろう流派同士】の戦いとなったこの準決勝は、無音の中で始まっている。黒雀の仕切りの声、そして斬撃の爆雷音だけが会場に響く。

 剣術の玄妙なる技を持つ者どうしの様子見の攻防が続いていた。まだ互いに一太刀ずつしか決まってはいない。


『アオヤマさんはきっと【鬼一八神流】から一刀を特化するために分派した、われらが【鬼神一眼流の改良技】を知るすべなんてないはずよ! まずはそれをわざと隠して【鬼一八神流】の技だけを使い、相手を幻惑して差し上げようかしらね』


『ヨヨギ…… か。こいつ以前じっちゃんが言っていた、アレか!? フフフ面白いじゃないか!! わざとやってるな? ヨヨギ・サクラコォオオオ!』


 そうした裏事情はいざ知らず、めくるめく斬撃と【いなし】の応酬に、会場には息詰まるヒリヒリとした空気が形成され、現場関係者全員が引き込まれた、まさにその時である。


≪ シャン・シャン・シャーーーーーーーン ≫

≪ シャン シャシャ コンコン シャンシャシャ・シャーーーーン! ≫


『や! な、なんだなんだまたナンカの音が響いてきたぞぉおおおお!』

 と同時にユキトシのスマートフォンから呼び出し音がけたたましく鳴った。試合中だというのに責任者である彼が、マナーモードにするのを忘れていた!! マズいイヤな予感だ。不吉すぎる。慌ててカメラ横から離れ、けたたましく鳴るスマートフォンを消音し、応答ボタンを押した。

 呼び出した相手は、先ほど連絡が取れなかった丼だおれの店長からだった。

「すいません! ヒジリさんっ! 出場者の弟子と名乗る人たちが……

 ダメだって説明しても【関係者だからどうしても通せ】【責任者を出せ】ってどうしても聞かないん デスよ……」

『ええええええ~! 誰の弟子? アオヤマ選手? う~ん』

 まるで見当がつかない。できるだけ慌てないように店長に言った。

「見学者は入場不可だと選手には伝えて全員了承しています。ともかく私も責任者であることを隠してそちらへ参りましょう」

 せっかく見ごたえの良い試合の真っただ中だというのに【シャン・シャン・シャーーーーーーーン】の音はますます大きく響いてくる。


 ツキジ衆を取り囲むようにして【白装束の三名】が太い棒のようなものをドン・ドンと地面に落とすと、上の先端についているたくさんの鈴がシャンシャンと鳴っているのだった。

「あなた方は、どなたの関係者ですか? 担当の佐々木です」

 なかば半ギレになりながら、ユキトシはコジロウを【いけにえ】にして問うた。

「ご担当者どの。遅れました上に騒ぎを起こしてしまいもうしわけない。我々アヤセ先生の門弟でございます。なにとぞお通しを」

「どうしてですか? 本日は見学も観客も入場不可となってますよ?」

「当然理解しております。我々は、アヤセ先生の【セコンド団】つまり関係者でございます!」

『なんと! 武芸者アヤセの門弟だったのか……』

 ユキトシは【セコンド】が何かを知らなかった。試合関係のツキビト的なナニカであろうと推察し、ここでこれ以上騒がれても進行上影響があるために条件付きで入場を許可した。

「ただし、ひとつ条件があります。音を鳴らすのはかまいませんが【選手への指示は禁止】とさせていただきますよ?」

 次に控える準決勝出場の【武芸者アヤセのセコンド団】なる面々は、たじろいだ様子だったが、しぶしぶ了承した。


 すったもんだが終わって試合場へ戻ったときには、第三試合ヨヨギ(ネオ体操)VSアオヤマ(元俳優)の準決勝(1)はアオヤマ選手の勝利ですっかり決まった後であった。

 ヨヨギ・サクラコ選手は頬を上気させながら、敗者とは思えないほど満足げに記者のインタビューへと答えているところだった。アオヤマは決勝進出を決め、控室に戻り、次の第4試合が終わった後に決勝戦が開催されるAOMIへと下見に向かう準備をしていた。


 ユキトシに向かってピョンピョン跳ねながらトーチカは、

「あぁ~! すう~~~っごい戦いだったのだぁああ! いったいどこへ行ってたのか!?」

 と、真顔で問い詰めた。だが、さきほどのセコンド団とやらの動きが気になってそれどころではないユキトシは、正直試合の内容を振り返る余裕はなかった。

『くそ! 俺ちゃんも観たかったに決まっているじゃないか!!楽しそうにしやがってwwww』

「ああ……。えっとね……大人の事情ってやつ?w」

 もうマトモに答える優しさはほぼほぼ薄れかけていたユキトシであった。


 いっぽうその頃。

 会場の映像を解析していたネット民のひとりが、なんと試合会場を割り出すことに成功し、その座標を【ザ・フューナラル・アラート】ネットワークに流した。


―よし、やれー

 その情報を確認した【誰か】は【GOサイン】を出したのだった。


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