第15話  末々代物なる古き道具を所持せず

 ユキトシにつぎつぎに降りかかるピンチ。しかし困難はまだまだ始まったばかりだった。まだあるの?と思った読者には先に言っておこう。

【いままでのはほんの序の口である】と。


 各人、会場内の所定の場所への配置が済んだのだが、主催者ユキトシ自身はどこにいたらいいのかわからず、とりあえずメインカメラの横に立っていた。


 いよいよ選手入場だ。なぜだか皇室番組のような雅楽が流れている。装甲車の中にはDJブースがあり、キョウユウ会長自ら【適切な音楽】を選曲するのだろう。

 選手は黒雀に促され、中央奥の白のメイン画面の横に設営された【グリーン・バック】の前へ案内された。どうやら選手紹介時に事前に提出してあった希望の合成画像もしくは動画を背景にパフォーマンスを披露して配信する算段のようだ(モニタ画面を見ないと合成後の映像全体は会場ではわからない)。


【準々決勝(1) 

 シンバシ・ユズリハ(和太鼓)VS ヨヨギ・サクラコ(ネオ体操)】


 くじびきで決定した第一試合は開幕にふさわしく華やかになんと【女性選手対決】と相成った。

 太鼓を抱えて叩きながら登場したシンバシ選手は、電脳具足の下に神官の装束を着ている。なのに太鼓の音色はどちらかというと【祭り太鼓】のような軽快な調子である。ユキトシは『なんか思っていたのと違うw』と違和感を感じた。


 白いメインスクリーンの前にトーチカが現れ、例の刀の舞のようなパフォーマンスに続き【バッ】と力強く飛沫防止代わりの鉄扇を開いたかとおもうと、口元へ優雅なしぐさで当てて【ヨビコミ】を始めた。


≪ ツキノカミをたてまつりて~ 千年ものぉ~歴史を 伝えしぃ

 照月流しょうげつりゅう

 太鼓ぉ~ 師範代ぃ〜

 【和太鼓ファイターV】女流名人~っ! 

 赤具足ッ! 

 【シンバシ~・ユズリハ】のぉ~ にゅう~じょお~! ≫ 


 独特の歌うような調子で選手紹介をした。 

(といっても格闘技の試合ではごくありきたりな例のヤツであるが)

 闘技場に入場し、太鼓を下ろしたシンバシ選手が試合開始の位置まで来るや否や、打って変わって音楽はパガニーニの激しいコンチェルトに変わった。


≪ 続いてはー 

 コンテンポラリー体操協会ィ推薦っ!

 バーチャルアスリート~ 先駆者ぁあああ~

 ネオォ〜体操ぉお~! 

 黒具足ッ!

 【ヨヨ~ギ~・サクラ~コ】ぉ~!≫


 【ヨヨギ】選手はキラキラと輝きを放つ細長い帯の付いたバトンをくるくるさせながらグリーン・バックに躍り出ると、バク転などのトリッキーな新体操の技で【アピール】をした。

 もちろんこれは単なる事前パフォーマンスで、サイバー剣術の試合においては、かような不自然かつ危険な動きはもちろん禁止事項に入っている(競技の開発会社が定めたのであるがw)。


 本日の仕切り役は前回に引き続き黒雀。

 トーチカはするすると引っ込むと例のごとく会場のあちこちからSNS用の撮影を開始した。リアルタイムでその情報はモニター役のコジロウへと送られる。


≪ 両者備えて~ 始めい!! ≫


 双方のテーマ音楽がLとRのスピーカーから小さく流れている。太鼓名人シンバシ選手は入場とは曲を変え【和太鼓ファイターV】の中でもっとも難易度の高い曲を選び、その太鼓のリズムに合わせて足踏みをし、小刻みに刀の先を揺らし数拍。


≪ ズガーーーン!≫


 遠間からのゆっくりとした幻惑的動きからネオ体操ヨヨギ選手が『ザクリ』と眉間へ一太刀を浴びせた。

 いきなりのクリティカルヒット! 真剣での戦いなら、この一撃で呆気なく敵の人生を冥界へと送ったことだろう。だがこれはあくまでも真剣風の競技。つまり目前の相手はカタキではなく競技者同志だ。やられたシンバシ選手の兜表示部の赤・緑・黄色いLEDゲージが全て灯った。

「おお~~」と警備のツキジ衆からも歓声が上がる。

 対する太鼓名人のシンバシ選手も負けてはいない。ヨヨギ選手が大きく後退し、刀をちょっとだけ下ろした瞬間を狙い、音楽の拍子に合わせて

【ド・ドン! ドン!】(左目・右小手・右目)と連打、複数個所のセンサーをとらえた。結果、小ダメージを蓄積させ一点を取り返すことができた。


 ユキトシは、剣術試合が初挑戦という【ふたりのプロ】の動きに目を奪われた。これまで積み重ねてきたであろう、数々の練習の成果が見て取れる。

『太鼓のバチ、体操のバトンが剣に替わったからといって、長年の【技】というのは失われないものなんだな……』


 二名の女性選手の動きは、しなやかでそれでいて斬りこむ際の躊躇はなかった。ただ、試合が進むにつれ【和太鼓ファイターV】女流名人シンバシ選手の方が徐々に引き離されてゆく。いつもなら二本のバチを操っているからか、両手で一本の刀を操る際、だんだんと手元があやうくなっていくように見えた。また、一つ一つの斬りこみ角度のわずかな不完全さをカバーするためか、その分手数てかずが多く疲労が見えた。勿論太鼓のバチの扱いにも正確さが求められるのはいうまでもないが、いつもの道具とは勝手が違うため、そう簡単にはいかなかったようだ。一方ヨヨギ選手はというと、試合が進むにつれて、あたかも常に神剣と生きてきた神官の如く刀と体の動きが一体化しており、その振る舞いは神々しくすらあった。言うなれば洞窟へ隠れてしまった太陽の神様を誘き寄せるために、シンバシ選手に太鼓を叩かせ、そしてその調子を引っ張るようにヨヨギ選手が舞を舞っているかのようだった。

 点数を重ねるヨヨギ選手側のBGM=ヴァイオリン・コンチェルトの音量がだんだん大きくなり、【カデンツァ】が始まる沈黙直前、突然高く刀をかざしたかと思うと誰もが見惚れるような大きなスピンの後、迷いのない太刀筋で、喉元に設定されたセンサーに刀の切っ先を『トンッ!』と触れ、和太鼓女流名人を下した!


≪ ズガーーーン!≫


≪ それまでぃ! 

 勝者! 黒具足ッ!! ≫


 めくるめく女王の舞と太鼓のリズムは終わった。第一試合では【和太鼓ファイターV】女流名人の敗退となった。


 勝者の【ヨヨギ・サクラコ】選手は控室に入り、休息をとる。

 次の試合までは10分の準備時間を設けていた。全員が相互に確認を取り合ってOKが出たら次に進むようにしている。しかし、前方スクリーンには融合後の試合映像が音楽とともに流れているので、決して観賞用として間延びしたようすはない。


 イシガミ記者が駆け寄ると、負けた方の照月流和太鼓師範代【シンバシ・ユズリハ】選手にインタビューを求めた。

「私、実はプロ太鼓ゲーマーとして、正確にセンサーを狙い撃つ自信があったのですが、ヨヨギ選手の自在なリズム変化にどうしても幻惑されてしまいました。太鼓の修業に関しても、思えば私はこれまで師をただコピーすることだけに甘んじてしまい【温故知新】を怠っておりました。完敗です」

「シンバシ選手。機会があれば、またヨヨギ選手と相まみえたいですか?」

 すると彼女は満面の笑みで応じた。

「もちろんです! 師匠にもう一度基本を……いや、何度でも叩き込んでもらい、そしてその成果を試させていただきます!」


 VR中継では、どこかの企業SNS公式アカウントが急きょ【スタジアム】領域を確保して背景動画を3D再構成し、緊急の【パブリック・ビュー会場】が立ち上げられた。コジロウが緊急メッセージを飛ばしてきた。


>【緊急】大変だ。各国メディアから取材申し込みが殺到している。

>それはまあ良いとして、各大使館から【撮影地】の場所を聞かれてるが、どうする? 

>お世話になった手前、外交上の立場もあるし、ここはむげに断れないぞ!


 ユキトシはさっきの記者の動きを見ながら思うことがあった。

 餅は餅屋、外交は政治家にまかせればよい。現場では開き直れ。

 今からいきなり視野を大きくすることなんて難しいのだ。


>その件すべて、永田課長とヒラガ・クザブロウ議員に連絡をとってご指示を仰いで下さい。


>了解です!


 反響が起きている。どういう枠を誰が定めようと、デジタル世界の拡散は制限することは不可能だ。まずはちいさくとも現実の【波紋】を熾すことに専念する。


 さて、次の試合の時間になった。


【第2試合 準々決勝(2)

 アオヤマ・ミチカゲ(元俳優)VS トヨセ・アカツキ(元警官)】


 この二人が選手に選ばれたのには共通する志望動機があった。それは、前職の失業の理由である。非公表の応募プロフィールは次のようなものであった。


【アオヤマ(元俳優):幼少よりアクション俳優を目指し、某名門アカデミーで数々の修業を積んでいましたが、いざ俳優デビューをしてみると、実用的な武術の技と、監督からの要求とのはざまで思い悩んだ末、恥ずかしながら10年で引退しました。今はバイトをして糊口をしのいでいます。

志望理由:修業の場を見つけに世界に出たかった。この競技を世界的なものにしたい】


【トヨセ(元警官):武道家・家伝の武術を活かして警察官になりました。しかし現代武道と古武道との実用性のはざまでゆれたこともあり、退職しました。

志望理由:武を究めることで転職先を見つけ、国民の役に立ちたい】


 ユキトシは電話面接で、なぜ前の職業をあえて明かすのかを聞いたところ、二人がふたりとも『仲間にも仕事を作りたい』と申し合わせたように答えたのだった。

 つまり、準々決勝第二試合は同様のバックボーンをもつ武術家同士の、運命を賭したガチンコ対決となったのである。くじびきという運の采配は面白いものだ。


 元俳優のアオヤマ選手は勇壮な戦隊ヒーローモノのようなテーマを選択して登場した。そしてグリーンバックでは空手の型のようなポーズを決め、見栄を切るように停止するとカメラに向けてアンダーウエアに付けたいくつかのスポンサー・ロゴを強調した。


 元警官のトヨセ選手のいで立ちは、真っ黒な、目出し帽の上に電脳具足を付け、まるでSWATのようである。トーチカのハンディカメラをまったく意識せずにゆっくりとした足取りで登場し、グリーン・バック合成には【桜吹雪】が舞い散っている。桜田門への【想い】の表れか。


 二人の対決で流れるのはサイバー剣術オリジナルのDUBSTEPミュージックである。会場内ではライブ用の大きなものではなく、選手のみに限定して聴こえるような【指向性スピーカー】を設置、VR空間内と各種SNS用LIVEでは音楽をミキシングして中継している。つまり、会場の入り口付近ではそれほど反響しない音も、選手が戦う闘技場においてはかなりデカい音楽が鳴っているように聞こえるわけである。

 二人の選手は静かに刀を構えて向き合い、合図を待った。


 ≪ダダダ ダダダ ダダダダンツ 

 ダダダ ダダダ ダダダダ ン バ

 ドドド ドドド ドド ドドンド≫


 会場にちらばったツキジ衆は持ち場にいながらして、メタルロックとクラブミュージックを混ぜたような音楽に合わせ、足をロッキング&ヘッド・バンキングを始めていた。さすが元俳優らしくアオヤマ選手は小さく手元をこねるようにノリ始めた。


≪ 始めいっ!≫


 軽快な様子のアオヤマとは対照的に、元警官のトヨセ選手の動きは始まってみると誰の目から見てもぎこちなかった。つまりガチガチに緊張していた。ソレはなぜか!?

 実はトヨセの家庭はとても厳格な父によって支配されており、幼少から世間では話題になっているエンタテインメント・コンテンツをほとんど楽しませてもらえなかったのである。これはある意味ユキトシにも境遇がかぶるが、ユキトシは幸い大学に入学すると同時に一人暮らしを始めたためある意味救われた。だが一方のトヨセは、警察官を退職してようやく親元から独り立ちを始めたばかりであった。

 エンタテインメントの免疫不足によりほぼ【遊び】のないトヨセは、何に付けても昔から観衆の大勢いる本番に弱かった。例えば高校時代は剣道で有名な名門【大和日やまとび第一高校】にスポーツテストで主席合格し、当然ながらインターハイ優勝を期待されていた。だが、予選会では負けなしの彼もいざ本戦が始まると歓声や緊張のためか、決まって初戦敗退の涙をのみ、校内では影で【眠れる獅子のトヨセ】と揶揄されていたのだった……!


 いっぽうアオヤマはというと、こういった現場に幼少から場慣れをしているためか、まったく焦りの色は観えなかった。


≪ シュパッ!!≫


 それは一瞬のことだった。アオヤマはまるで呼吸をするついでであるかのように、トヨセの正中へとやすやす一太刀を入れ、みごとに致命打の判定を出し、LEDを全灯させた。


≪ 待て! 備えて!≫


 すかさず黒雀が割って入り両者を仕切る。

 余りにも自然で鮮やかな動きだったため、一同は黒雀が仕切るまで事態が呑み込めずにいた。……現場ではただひとりトーチカを除いて! 一般の人からはどう観てもアオヤマの左小手を上から斬り落としてきたトヨセに対し、アオヤマがそれを一般に右八相とよばれる構えから右足を歩み出してただ正中で受け止めただけだった。

「おぉおおお!! しゅ……しゅごいのだ! 今のは右八相から喉元に入ったのだ!!」

 撮影しつつトーチカは思わず感想を述べ、そしてその声が聞こえたのかアオヤマは顔がほころんだ。


 だが実はこの戦いのやりとりを理解している人物がもう1人だけいた。それは第一試合勝者【代々木 櫻子】だった。ヨヨギの家は代々【鬼神一眼流 刀術】を継承する隠密稼業を生業なりわいとしていた里の一族で、その源流はキョウノヤマに生まれた【鬼一八神流】という兵法だった。一族秘伝というのと隠密稼業ということもあって、表には絶対口外してはならない里のオキテがあった。

『なっ!? あれは【鬼神八相一刀・瀧流たきながれ】』

 ヨヨギは内心驚きを隠せなかったと同時に、もし仮説が正しければ次の戦いに勝つ自信があった。


≪ 始めい!!≫


 続いて今度は中段より片手下段に持ち替えてから、まるで地を滑らすかのように刃を返して両手持ちとなり、すれ違いざまにトヨセの左小手へ下から差し込み、そして再び右片手持ちとなって優雅に斬り上げた。判定はクリティカルをあらわした。


≪ ザクッ!!≫


 しかし当のアオヤマはというとあまりいい表情をしていなかった。

『だめだ!!こんな一方的な展開じゃあ観ている人はちっともおもしろくない。何とか相手のペースを作ってやらないと最低のグルーヴだ……!』


 一方控え室では、仮説が確証となりヨヨギはとても気分が良かった。次戦の勝機を見出したのはもちろんだが、源流の流派へと思いもよらぬ出会いがあったことへ対し、かつてないほどにワクワクしていた。

『早く対戦したい!!そして色々試したい!!』


≪待て! 備えて。≫


 様々な思いが交錯する中、衝撃の第2戦が続く!!




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