第13話 私宅におゐて望む心なし

「ヒジリさん! ……ってもしかしてココに住んでいるんですか?!」


 サイバー・エインシェント・ワールド・ゲームス(CAWG)付非公式メディア担当だったイシガミ記者が、久しぶりに訪ねてきて支所の中を見て驚いている。


「あっるぅえ? 久しぶりじゃないですか~イシガミさん。その節はいろいろありがとうございました! おかげで無事閉会式まで完走できましたよ」

「いえいえ、モノゴトをスルドク読み取り、善も悪もエグって切り取るのが僕らマスコミの醍醐味っつうか」


 前代未聞の放送事故などの、ユキトシの失敗のあれこれをあげつらわず、その場でアドバイスをくれて、どうとでもとれるウヤムヤなヘイセイ時代風の無責任なキャプションをつけ、リアルタイムで報じてくれた恩人のひとりだった。横で爆笑していたアメリカ人の記者も強引なノリで、即座にわざと機械翻訳風の英語でメタ化して、ネットニュースにVJ風の動画データつきで掲載、……と実質彼らのノリのおかげで各国からの問い合わせが爆増したようなものだ。更には仕上げに日本最高の映像と【編集技術】の妙も手伝っていたのは言うまでもない。


「どうしました? これから追加取材ですか?」

「いや、2020sの窓口が撤去されたって聞いて」

『な。なななな、なんだってー!』


「うぇ!? 何ですそれ……w 私それ聞いてないですけど? どこ情報なんですか?」

『はあああ??? このネオ・ツキジの【俺の支所】がなくなってしまう?! 

なん……だと? マッタクキ・イ・テ・ヌ・ワァ・イ! 【神】は死んだか!?』 


 いつもは知らないそぶりでごまかすユキトシだったが、なぜだかこの記者には本音を吐いてしまった。

 怪訝そうにイシガミ記者は答えた。

「え。知らないってどういう……? 

 僕、フューアラで巡回してて【ネオ・ツキジ支所】発信のコマンダーをたまたまみつけたんで、所轄署の知り合いの刑事に聞いてみたら【支所機能はなし・今月末にもプレハブ撤去予定】だっていうんでオカシイな、と。まさかまだヒジリさんがいらっしゃるとはね〜」


『たしかに……取材の残務が済んだらここは撤収しないといけないんだった……』


 さすがにメディアはここ最近訪ねてきていない。

 ならばここは閉じて近くの官舎用ワンルームに引っ越すべきなのだ。自分の居宅はもう三か月以上、シャワーを使うためだけの機能しか果たしていないのだが。


「ぷっw 【ヒカリ2020】だっていうからすぐヒジリさんってわかりましたよ。役人みずから【コマンダー】になるなんて、何か起きたんだなって。でもまさかここに住んでまで……」

 記者は事務所の中を見回して言った。

『ウッ……!? バレてるw』


 徹夜つづきの生活感は常時国会期間中無意味に拘束される官僚の激務を思わせ、オタク感まるだしのガジェット類がちらばり、ネオ・ツキジの店の人々からの差し入れやメッセージにうずもれている。その中のメッセージのひとつに目を止めながら記者は言った。

「ああ、宮本武蔵、独行道の【私宅におゐて望む心なし】を地でいってるわけですね。だけどさすがの武蔵だって、もっとマシなところに住んでいたんじゃないでしょうか?」

 【独行道】はヒラガ・クザブロウ議員から原文を書いた板を送られてきたので、いつも見えるところに飾ってある。裏にはデカデカとヒラガ議員のサイン付きだ。


「ちょっと逆質問いいですか? あの~【コマンダー】ってなんですか?」

「……は? そもそもCAWGにもいたじゃないですか【コマンダー】」


『よし。観念してホントのことを明かすか……。さすがの俺も精神がもちそうにない。いつまでも嘘をついていたら、ウソが変質してマコトがおかしくなっちまう。きちんと報道してもらったほうが、のちのちのためにも……』


「実はボク…… VR酔いがひどいっていう思い込み、というか食わず嫌いがあったもんで、期間中は2D画面にずーっとかじりついていて、ホントはVR世界の中を体験したのは閉会したあと、ついこないだだったんです……」


 記者は、取材機能を1分弱、全停止した。


「ファッ!? いやいやいや冗談……ですよね?

 ホントだったらまさかのオチ! ぎゃっはははは~!

 いや~ これは国家の最高機密じゃないですか。でもまさかのマサカ! 

 カンベンしてください、ボクにはこの真実ばっかりは書けないな~! 誰得かとwwww」

 記者は体を折りたたんでヒーヒー言いながら笑い転げまわってる。

 つまり取材崩壊モードだ。


「……っと失礼。ヒジリさん。どうせドタバタ連続の緊急警報が2020から全世界で鳴りっぱなしなんです。いまさら人気記事の謝罪訂正は夢が壊れますけど?」

 ずれたマスクを直すと居住まいをただして記者はこう言った。

「あの当時、ヒジリさんが危ない橋渡ってるなんて微塵も感じさせませんでしたよ! あっ!……そうかぁ。

 だったら【白のリーダー】がヒジリさんってわけですね」


『出た〜!

 リーダーがふたりいるような設定をにおわすショウゲ〜ン!』

「それって【黒のリーダー】がいるっていうことですよね……」

 記者は、ちょっと考えて次のように回答した。


「それを僕なんかが口にするわけにはいきませんよ。

 なぜなら……【黒】の存在をヒジリさんが他者経由で認識した瞬間、いわば【光と闇の対立構図】ができてしまいますからね」

「たしかに。【それ】を見出すとしたら、しかるべき場で、私自身が行うべきでした」

「二元論というのは書きやすいんです。もっと僕らをたのしませて下さいよぉぉぉぉ!」


 トーチカが置いて行った刀を勝手にクルックル回しながら記者は続けた。

 やはり彼女の【煽りVの動き】は印象的なのだろう。けっこう再現している。


「僕は、歴史にちょっかい出して、ひっかきまわすような悪魔ではなく、

 壮大なる歴史の正統なる、真実の証人として、

 【仄暗い穴の底から】ほくそえんでいたい側の、悪魔なんです!」


『なんぞそれwwwww』

 動きを止めると、不敵な笑みで重要なる【つぎの局面】を示唆したのだった。


「第三者を雇わずにトーナメントやるっていうことは、【ルールとカネ】との関係を否定しなきゃあね。八百長! ぜ〜ったいに排除して下さいよ!?」


 そのあと記者は、いつでもこの場所を撤収しやすいようにと近くの商店から段ボールを借りて来るとわざわざ支所の事務所を片付けしてくれ、VR世界でまた会いましょうと言い残すと帰っていってしまった。

 ユキトシは【自分1人で成し遂げられることなんて何もない】と実感した。

『そうか、悪ぶってはいたけど良い人だよねw  あの記者さんもきっと2020sの一員となって助けてくれていたんだなぁ……』

 そう思い、少し瞳を湿らせた。


 その夜【ヒカリ2020】はこっそり【Glitter2X】と名前を変え、トーナメントのマッチング方針を発表した旨の【高札】をVRワールド内で掲示した。トーチカや、連携している関係者のSNSをつうじて、それは政治家ヒラガ・クザブロウにもユキトシが知らせる前に届き、議員控室でそれを見た瞬間ユキトシに確認のため電話をかけてきた。


「トーナメント表は当日【クジ】で決めるって?! 

 というか、IRの調査が趣旨なのになんでいきなり試合のプロデューサーやっているんだよ」

「そうなんですよね。調査費用は300万で、って、それは本来アンケート人件費とか広報の費用に充てるそうなんですけど」

「興行をおこすなんて前代未聞だなおい(笑)。協賛は?」

「ナシです。八百長の排除が至上命題だと仲のいい記者さんが教えてくれたんです」

「おお~ 御用記者までもういるんだな、さすがだ。

 よし、ずばり当ててやろうか。ヒジリくんは日本型IRで明治期の撃剣興行を復活させようとしてるだろ!」

「よくわかりましたね。そうです。もうこうなればeスポーツによるスポーツベッティングしかありませんよ。他に何があるって言うんですか?」

「他にいま、困っていることはないか?」

「この支所、そろそろ出なくちゃいけないみたいで……でも本庁に戻ったらやっぱり不便なんですよね……」

「わかった。ところでひとつオレにも楽しい仕事をさせてもらえないかい?」

「ぜひお願いしますっ!」

「まずトーナメント決勝戦は【後日】と設定してくれ。どうせなら観客を入れてやりたいだろ?」

「はい、……でも感染リスクありますよ?」

「サイバー・エインシェント・ワールド・ゲームスから少しでも進化させないとな。場所の件、俺に預けてくれよ! 広さがわかったら連絡するからさ!!」

「先輩!! いつもいつも本当にありがとうございます!」


 試合は刻々と迫っている。

【ザ・フューナラル・アラート】内でも早速反響が起きつつあり、試合会場がどこで行われるかの予想も出ているようだ。

 日時は予告してあるが収録会場はもちろん極秘にしてある。

 

選手のラインナップは次の通り。あらめてここに記す。

アオヤマ 元俳優        神リスト

アヤセ  武芸者         同

エックス プロゲーマー      同

シンバシ 照月流和太鼓継承者  VR掲示板 

トヨセ  元警察官       神リスト

ヨヨギ  ネオ体操       VR掲示板 

※アイウエオ順 


1)準々決勝2試合、その勝者2名が準決勝へ進み勝者が決勝へ

2)シード枠の2人が準決勝で戦い、そして決勝へ


 つまり、全5試合である。

 ユキトシは【Glitter2X】となって【ザ・フューナラル・アラート】世界に没入し、おそらく【非公式】であるかつて自分が手掛けたCAWGトウキョウの【全試合記録】へアクセスすると、それらをもとに(パクってw)完璧なトーナメントの運用を構築し、それからトーチカとコジロウを使い、仮想空間におけるリハーサルを丹念に繰り返しつつ、更には試合前日の準備も現地に行って、彼の人生史上かつてない程入念に計画を練り上げたのだった。


 気のせいか、なんとなくユキトシに【呼びかけている存在】を感じていた。


『闇の存在……!? いや、まさかなwww』


 もしや……【黒のリーダー】は選手リストに含まれているとでもいうのだろうか? ちょっぴりだけ、一抹の不安があった。





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