第12話 自他共に恨みかこつ心なし
想定外のPV撮影会が終わり、そろそろ都会のカラスどもが餌を探して飛び回る夜明け前であった。
東京に震度4の地震が起き、ユキトシは、バウンドするような縦揺れに跳ね起きた。夏のCAWG期間中には数度同様の地震が起き、電車がストップしたこともあったが、ここしばらくこのようにダイナミックな揺れはなかったためだ。
ちなみにユキトシは乗り物【酔い】に弱いくせに、なぜか地震の【揺れ】には平気だ。そしてアルコールの【酔い】もぜんぜん問題ない。VRの場合、どっちの側なのか? つまり身体の高速移動を伴わないウェアラブルデバイスの場合、いったいどうなってしまうのだろうか? 彼には皆目予測がつかなかった。
『マズいな……とりあえず本庁に顔出して、永田課長に差し入れのお礼言ってから今後の進捗を一緒に確認して、その勢いでコジロウとかにVRのやりかたを教えてもらおうと(こっちのがメイン、あわよくば代わりにやってもらおうかとw)思ってたんだがな……』
彼は一体なにを心配しているかというと、実はある一定以上の役職公務員は、震度4以上になると、地震に備えた特別招集がかかる決まりになっているためだ。もはや雑談がてら教えてもらいに行く、なんていう空気は期待できそうにない。
『カスミちゃんは昨夜の報告をもとに、各所への連絡業務に入るだろうし? わざわざネオ・ツキジ支所にVRの配送を(コジロウを使ってだけどw)届けてくれたのに、今日の今日持って見せるのもヘンだ。ガジェット・クレーマーかよw』
彼はいまや、国家の威信をかけて導入された超高性能スーパーコンピュータのようにフル回転で該当者をサーチし続けている。
そう、まさしくここに、例の懸念されるところの【エネルギーの不伝達】が起きているのだ。
『だれか、ほかにおしえてくれそうな人……そうだ!
こんなときの頼りのヒラガ・クザブロウ先輩!……もダメかぁ……。
先輩は危機対応および防災対策分野の委員会の委員だった……。
それに昨夜【一週間後をたのしみにしてて下さい】ってメッセージ出したんだから、別件をすぐお願いするなんてのはできないヤツっぽいしね……
チっ! 困ったなぁ』
「やっぱこんなんじゃダメだよな!! 人に頼ってばかりじゃあダメなんだよ! それに寝る前に飲んだビールの酔いはとりあえず醒めているし、これからひとりでやってみるしかないんだ!そう! そういう運命なのだよヒジリクン!!」
彼は声を出して自分自身に同じような内容の言葉を繰り返しブツブツと言い聞かせる。よっぽど嫌なのだろう。だが確かに、このままではまだみぬ敵を恐れ、そしてその事実を覆い隠すかのように不平不満をばら撒き、その上一向に行動すらしない時代遅れのチキン野郎そのものになってしまう。いったい彼にはどのような因縁があると言うのか!? ユキトシは、おのれの子どもじみた体質を恨みに思っていた。
『あー 怖い怖い〜酔う酔うゥ〜! なんで現実と仮想世界の前人未到の調整なんてやんなきゃいけないんだよぉぉおー
誰だよサイバーなメタ政策方針をガチの実施方向に振り向けたヤツ! 出てこいやぁ〜!!』
繰り返し言い聞かせてはいるもののなかなか踏ん切りはつかないようだ。
ーいや、率先したのはお前だろ。他でもないヒジリ・ユキトシくんwー
『フッ……。これも魔界より賜りしバールゼバブ様のお力を我が身に賜わりしモノの定め。もし我が胃袋に受けし呪いが抑えきれぬようであれば、午前中は瞑目式封印術のため半休とせねばなるまい……』
とうとう観念したユキトシは半ば現実逃避をしつつ、意味不明にブツブツと唱えながらもVR開封の儀をとり行い、そののちセッティングのために初心者用の【日本語】解説を動画サイトでノロノロと検索していた……。すると!?
【ザ・フューナラル・アラート 超初級設定編】
【ザ・フューナラル・アラートでつながりたい!】
【フューアラ オールヘビロテ大集合!! すでに5回も死んだっぽい⭐︎】
【フューアラ イケブ・クローン ナビゲータきぼ~♪】
【葬式警報 バエ・ガヤ 参列おk(日本語でw)】
そこには、ウェブ検索サイトに出てこなかったようなディープな動画のタイトルが、ずらりと並んでいた。集合だの参列だの、まさしく仮想×現実の社会の動きや報酬の授受までもが連想でき、ちょっとついていけない閉鎖的な雰囲気すら感じ取れた。
さらに検索してみると、たしかにCAWGの応援ボランティア活動からの流れでの音楽イベントや、あたらしく生まれたVRスポーツ競技の試合まであった。
そこは、底なし沼のような、まるで闇が新たな生贄を引き摺り込もうと手招きをしているみたいだ。これでは政府に憂慮されるはずだ。
セッティングについての解説動画はすぐにみつかった。
『まてよ、すきっ腹じゃマズい気がする』
バスに乗る前にはかならずウドンを食べるのが小さい頃からの習慣である。医学的に言うと、乗り物酔いの場合はむしろ、胃に負担を掛けないためにも麺類は禁忌なのだが、そんなことはつゆ知らずである。きっと彼にとって、何らかの自己暗示的効果が働いているのだろう。こうして目の前に差し迫った危機から一時脱出するため、24時間営業のチェーン店のウドン屋に行くことにした。
先程の地震はたいしたものではなかったのか、ネオ・ツキジの街はとくに異常はなかった。安定の肉ウドンを味わうと、すっかり落ち着きを取り戻した。さて、いよいよだ。
「ハードボイルドな夜明けの東京!ワイルドな任務に悪酔寸前!腹に入れたるエナジーは染み渡りマイルド!オレは孤独なガバメント・メン。気分も高まってきた俺ちゃんに安易に近づくなよ!? ヤケドするぜお嬢ちゃんw」
人通りがないのを良い事に、謎のポエムを口ずさみながら、ユキトシはいつもの穴倉に戻った。
解説動画はものの10分程度で終わり、特に複雑な準備も必要はなかった。フューナラル・アラートのアプリをダウンロードし、すんなりアクセスすることができた。
VRの装置は思ったよりもゴツくてズレそうになる。そして、トーチカがつけているような指なし手袋(というよりも指輪が合体したような装置)を両手に付ける。
これで、ヨシ!
ログイン画面は最初真っ暗だった。するとジンワリと目の前にカーソルパネルが現れ、音声入力のテストが始まる。ログイン名を音声入力でつけることになっている。
『えーと、まさか【ロンリー・Gメン】ってわけにはいかないぜメーン!』
とっさにトーチカが言っていた【2020sのヒカリのリーダー】から採り、
【ヒカリ2020】にした。
『どうだ! 今からこのユキトシエル様が、あまねく天と地をヤミの光で照らし出してやるぜぃ』
どうやらいきなりネットワーク上に放りだされるのではなく、自分の問いに対してAIが答えていく、ときには反対にAIのクイズに答える、みたいな単純なやりとりからだんだんとゲーム世界に慣れていくようにプログラムされている。
『ん!? こ……たのしいw』
ユキトシは幼稚園に入る前からお受験をし、一貫校へ入学したあとも塾で問題を解きまくっていたので、このなぞなぞやクイズは正直呼吸レベルだ。ただし、音声や文字だけでなく、たとえば地理の問題だったら立体の地図が目前に現れる、という設計だったため、その臨場感がとても新鮮で楽しかったようだ。
『こ、これが東京都の俯瞰か……』
このゲーム、実はシティ・ボランティアへのチュートリアル用に行政側が用意したデータを不正に流用しているとの噂があった。シティ・ボランティア用のVRアプリはそもそも国内外の関係者への案内所や、選手との仮想交流場としても機能させる意図があったため、精度が高く大量なのはむしろ当然なのだ。
そこへ突然弦楽器の音が流れてきた。
ーギュイーン キュー……ジャーーン!-
画面の上から【警告音が色となって降ってきた】
パタンパタンとインパネがじぶんから折りたたんでいくような挙動をし、次の画面で止まった。
【アラート!! 健康警報!
初心者は健康のためログアウトして体調を確認してください!】
チューターのキャラクターが出てきて丁寧に外し方を教えてくれている。
そうか、そういうことか。たのしさのあまり没頭してしまったが、気が付くと1時間以上経っていた。
VRセットを机に置いて体調を確認する。
「コレは、すげぇ!」
ユキトシは思わず声に出して感嘆した。
VRの中にたくさんの情報があふれかえっているという印象はなく、むしろ冷静に蓄積されていく感じ。応答は機械的ではなく、まるで故郷に戻ったかのように温かくて親切だ。
そして何よりもすごいとおもったのは、懸念していた【酔い】【気持ち悪さ】などの身体の変調はいっさい自覚できなったことだ。むしろ爽快だ。
『どんな質問でも返ってくるのかな? 【ナビゲーターきぼ~⭐︎】とかいう動画のアレは、VR上での観光案内でもやるよっていうことかも』
酔いを克服しVRデビューを無事完了したユキトシは、それから数日かけてログインを繰り返し、VR社会の中でできうる限りの情報を集めた。なんとAOMIに行かずして施設のサービスやイベント情報も入手できたし、逆に先日下見に行ったときに撮りまくった現地の写真をアップロードすることもできた。リアルタイムで反映されるのではなく、いったんどこかがチェックしているのか数時間公開は非表示となる。非公開に指定して自分だけのアルバムにすることもできるようだ。公開の写真には閲覧者のビューの数やコメントもつくようになっている。
『ほかのSNSとは連携していないんだな。データに日付もない。まるで図書館の百科事典みたいだ』
毎日本庁へ永田課長宛て報告を上げていたが、彼はすっかり「ザ・フューナラル・アラート」にドップリとハマってしまった。心配して丼だおれの店長が様子を見にきて食料をおいてってくれるときもあった。
まだリアルタイムでのイントラへいけるレベルには達していない。このゲーム世界において、ユキトシのレベルは幼稚園児程度の存在だ。園児がずうっと園庭のお砂場で無心に砂山を築いたり崩したりしているような……だから時間を忘れて、ひたすらやりこんだ。もちろん一定時間が経てばアラート音が鳴るのだが、その間隔はだんだんと長くなってしまっていた。
いつもいきなり邪魔してくるトーチカには、会社にネオ・ツキジ駐車場管理費用として適切な金額を振り込んであるためか、ぱったりと姿を見せなくなった。動画の編集に没頭しているのだろう。一か月後と申請していた第ゼロ回トーナメントの日程が承認されたとのことなので、その件をトーチカにメールしたぐらいだ。先方からの返事も短いものだった。どうやら今夜にはPVができあがるらしい。
「いかんいかん、しばらくちゃんと食べてなかった」
今日は魚介類イタリアンの日だ。新鮮な明太子をふんだんに使った生パスタにイクラが載っている。
「イクラさんおつかれっス! 今日もキラキラ美人だね。まぶしすぎるぜ」
パスタは飲み物、ぐらいの勢いで一気に流し込むと昼の天むすオニギリを5個も買い、夜にも出なくていいように玉子焼きも追加して爆速で帰ってきた。
カレンダーを見ると今日は撮影会から5日後だ。ユキトシこと【ヒカリ2020】は、とうとうVRフューナラル・アラート・ネットワーク上に存在を認識された。つまり短いメッセージを【掲示板】に出せるようになったのだ。
前後の掲示をみると、SNSで検索されるための独特のキーワードが書かれている。つまり、リンクは禁止となっているのだ。といってもユキトシ自身SNSや動画サイトのアカウントは持っていない。
完成した予告動画はトーチカのフォロワー経由で拡散してもらうのと同時に、もちろん神リストの残りの4人にも送るようにアドレスを聞いてある。
それに何よりも、トーチカ以外のスタッフも必要だ。シブヤ(2)デザイナーにはまだ頼める仕事もない。息子の方は賞金の件で不満とのことで応募してくるかどうかはわからないし、正直なところ頼みごと自体する気になれなかった。つまりあの上からモノをいう態度がどうにも受け入れがたいのである。
【スポンサー】とやらの意向が入るとものごとの本質がブレていく。
少ない予算ではあるが、どうせならほんとうにおもしろいと純粋に感じてくれる人たちを、VRゲーム世界からも選手やスタッフ、遠隔観客として募りたかった。そしてまたネオ・ツキジの人々に頼ろう。
そうこうしているうちにトーチカから約1分半の宣伝動画が届いた。
それは全編トーチカの趣味が炸裂する動画だった。いつ撮影したのかコジロウや丼だおれ店長がサクラとなり、あたかも何度もリアルでトーナメントがあったかのような妄想ファン・インタビューを受けているw
トーチカ自身も例の刀のパフォーマンスを交えながら、かなり戦闘的な口調で【出てきなさい!】という要求を身振り手振りで画面に大きくぶつけているのだった。
なるほど煽りVというのは、こうして闘いを【煽る】という意味だったのかもしれない。あの撮影の時の試合動画は短いショットが挟まっていたが、激しい戦闘シーンではなく安全性を表現してあった。オリジナル音楽の編曲もクールだし、いい感じに装甲車も未来感を醸し出して、最後の、
【号外! 第ゼロ大会 サイバー剣術優勝賞金100万円!】
とキャッチがドンと出た時にはおお〜っと声が漏れた。
明らかにトーチカの編集ではなく、黒雀の仕事だろう。これならきっと面白いヤツらが応募してくるに違いない。この動画制作費用は見積金額どおりで大丈夫だったのだろうか?
そして予定通り告知が始まり、その結果として無事にVRゲーム経由の応募も来た。ユキトシ苦悩の書類選考を経て、2週間後次の面々がゼロ・トーナメント出場者として決定した!
アオヤマ 元俳優 神リスト
アヤセ 武芸者 同
エックス プロゲーマー 同
シンバシ 照月流和太鼓継承者 VR掲示板
トヨセ 元警察官 神リスト
ヨヨギ ネオ体操 VR掲示板
※アイウエオ順 シブヤ親子は応募なし
「しょちょーどのぉ〜! こっ……これがサイバー剣術の選手プロフィールなのか!? さすがのトーチカもこれには驚いたのだ! と~~っても面白そ〜なのだ!!」
結果を送るとトーチカはキンキン声で歓喜をあらわしながら電話をしてきた。
『んー、今思うとあのトーチカのPVの素っ頓狂さに引きずられてしまった感があるな。俺も含め選手たちもwwww』
トーナメント表はいったいどんな組み合わせになるのだろうか?
関係者はマッチメイクを予想し早くも色めき立ちはじめた。
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