第11話 兵具は格別よの道具たしなまず
急きょはじまった【サイバー剣術】のPV撮影会(内覧会?)は、ネオ・ツキジのハズレにある大倉庫の駐車場にて、ゲリラ的に進行中である。
「ハイみなさ〜ん! ここで一服~ あ、そちらの方も 一緒にどーぞ~」
能天気ともいえるのんびりペースで、いつのまにか合流したヒジリ・ユキトシの上司【永田課長 a.k.a. ナガターシン様】は、コジロウがぶらさげている袋からブレイクタイム御用達の【缶コーヒーの押忍】を配っている。トーチカは、慣れた手つきでキコキコと、折りたたみ椅子を開いてはあちこちに置いていた。
『待てオイ!? よくよく考えてみたら、ペースを加速させているのはトーチカなんじゃないのか?ww いつの間にか俺が用具を拭く係になっているしwwwww ま、正式な契約はなんにもしてないから、色々とやってもらえるだけありがたいんだけど……さ?』
随意契約の骨子を早速にも今夜上申するとしよう。徹夜だ徹夜! こんなことしてる場合じゃないんだよw 渡された消毒剤セットを片付けると、彼女へ返した。
トーチカは意外にも素直にソレを受け取った。
「う〜ん。 それにしても 良い試合でした~ ねぇ~ シブヤさん?」
「いやぁ、門前の小僧、習わぬ剣も振る、とでも言っておきましょうか。はっはっは」
永田課長は「プシっ」とプルタブを開けると、みんなも腰を下ろし自然に休憩、という形になった。さすが絶妙の間の取り方である。
ユキトシは、CAWG現場で加速度がついて収拾つかなくなるのはなぜかずーっと悩んでいたのだ。永田課長のように自然と参加者の間へ入り、時間の調整をうまく促せばいいのだが、頭ではわかっていても、経験の差か、それを自然と実行できるようになるまでの壁は想像以上に高かった。
各々に任せすぎてほうっておくと、人間というものはどうしても周りが見えなくなってしまうものである。
永田課長はこの現場の責任者ではない。ほかのもっとむずかしい仕事も、きっとたくさん抱えているはずだ。今回はたまたま心配して助け舟を出しにきてくれただけで、甘えてはいけない。本来はユキトシがキッチリ仕切らなくてはならないのだ。
さきほどの試合での【仕切り役】の緩急のついた動きを思い出し、全員に向けて次のようにあいさつした。
「あらためまして。みなさん2020sではお世話になりました。私は調整官をやっておりますヒジリ・ユキトシと申します。どうぞよろしくおねがいいたします。そしてこちらの、缶コーヒーの差し入れをして頂いたのは、私の上司である永田でございます。
これから10分少々打ち合わせを行いますので、その間小休止とさせたいただきます。このたびは、お忙しい中参加いただきありがとうございます。引き続きご参加いただけますよう、よろしくお願い申し上げます!」
すると拍手がしぜんに起こった。
『よおぉし!いいぞ!
15分ばかし時間稼ぎをしたしw、このあとの見通しもバッチリだぜ!!』
そう思いながら彼は、自信を取り戻した顔をして上司を見ると、課長は両手に缶コーヒーを持ったまま【ダブル・サムズ・アップ】を繰り返している。(上司永田は意外と手が大きい)
ユキトシは、大きくうなずきながらグッと親指がえしを行い、そして永田課長から【缶コーヒーの押忍】を受け取った。
(【缶コーヒーの押忍】とは……空手着を着た有名アクションスターが月面で「それでも地球は青かった」というセリフを最後に吐く……という、とってもミステリアスなCMが話題の人気コーヒーだ。【黒のビター】と【白のシナモンmix】そして【青の微糖】の3種類がある)
全員ガン首そろえて【打ち合わせ】などする必要はない。トーチカだけを呼び、最小の必要確認指示を与え、そしてひとつひとつ、復唱させてみる。
大事なのはココをあとどのくらいで撤収しなければならないか、次に費用見積もりなど。トーチカはコクコクうなずくと、コジロウや会社の人の間を行き来して会話をしている。あちこちでは再会をよろこぶあいさつなどが聞こえてきていた。
通称【青の押忍】を味わいながら薄目になり、しばし沈思のとき。
ここでリストを出してみた。
1.シブヤ ×2
「スポンサー?」「デザイナー」
2.アオヤマ
3.トヨセ
4.アヤセ
5.エックス
1.の【×2】はふたりという意味だった。
業種のわからないほかの4人に関しては、今トーチカが確認中だ。
しばらくすると彼女が戻ってきて、つぎのような内容を報告をした。
・倉庫を提供した【スポンサー】は別にいて、事前に連絡すればいつでも使える。倉庫の中はカラで取り壊し予定なので使用料金も養生も不要。
・プロモーションビデオの映像素材はさっきのやつで充分間に合う。動画の編集はトーチカが行う。
・トーナメントは【日時と場所、そして賞金】が決まれば開催可能。
・リストのあとの4名は選手候補、うち【エックス】とはプロゲーマー。
・ガソリン代だけもらえば、装甲車とシステムは稼働可能。
プロンプター:黒雀は装甲車の【標準装備】と推定される。黒子としてトーチカの会話をモニターし今日も指示も与えているのだろうか? ガソリン代だけで本当にいいのか? 彼の能力もかなり信頼できる。むしろ黒雀と直に仕事すればいいのでは? とすら思える。
しかしひとを避けるような挙動とオーラがつねにあるのだ。【押忍】の残骸は、トーチカがコジロウに袋をもらって回収していた(今キャンペーン中で、シールを集めると【押忍ジャン】がもらえる)。
『う〜ん。日時は選手集めにどのくらいかかるか未だ読めないなぁ。追って報告にするか。場所は……欲をいえばAOMIがいいのだが、正式調査もまだだしこの倉庫でいっかw無料だしw あとは問題は賞金だよなぁ……』
ユキトシは、ざっとソロバンをハジくとかなり予算が浮くので、調査費用の300万から半分を賞金総額に充てることにした。AOMIは現地調査の人員や工数がそれほどかかるとも思えない。
『しゃあああ! 完璧だっ!! そこで見ていて下さい〜永田課長!』
自信満々で一堂に向かい【ヒジリ・プラン】を発表した。
ところがなのである。なんと反対意見が続出したのだ。
まっさきに反対したのはなんと、まさかの【中学生投資家】(ただし親には内緒)のシブヤ(1)であった。
「IRの呼び水となるeスポーツのゼロ大会が、優勝賞金たったの100万円ポッチですかぁ!? いくらなんでも安すぎますよ! こんなんじゃ目玉になんてなりませんねwwww」
と文句をつけたのだ。僕なら出ませんよ、と。
『エッそんなレベチな予算感だったの?!』
質疑応答や打ち合わせをする予定のなかった【ヒジリ・プラン】のヌシ、キレモノ調整官としては衆視の中の若輩からの指摘にびっくり仰天だ。
すると慌てたようにシブヤ(2)が被せてきた。
「いやね、そこはちょっとオトナの事情があるんだよ、たとえ10万の賞金でも七色のメダルでも何だっていいんだよ、いいから子どもは黙っていなさい」
やったラッキー!助け舟が出た! と、よろこんだのもつかの間。
「そんなことよりもですね、まず、こんな廃墟みたいなところでトーナメントなんて、無理筋じゃないでしょうか? 私は反対です。ちゃんと予定地のAOMIで大々的に開催することに意義があると思いますけど?」
別のポイント、場所や施設についての抗議が出た。
『おとうさんまでクレームを……!
うっ、まさか施設の見当や折衝に着手してないとは言えやしない……!
慢性的マン・パワー不足がここに露呈ッ。ぐぬぬぅ』
そればかりかまさか背後からも撃たれることになろうとは。同僚、身内であるところのコジロウが、続いてPVに関し懸念を表明した。
「ヒジリ調整官! このコスプレのコが撮った動画はちゃんと業者に依頼して編集頼んだ方がいいんじゃないですか?」
『佐々木殿!きわめて、至極まともなご指摘ッ! だが、その予算と入札の手間や如何に?』
まさかの全方向総攻撃を受けたユキトシは、大ダメージのあまり、いつか吐いてみたかったホンネを、すんでのところで口に出そうとした。
『シロウトのオレにはもう、ムリだ。誰か俺ごと【調整】してくれよ〜ぉ』
念じるのが強ければ、ひとは、願望が叶うという。
そんな事を思い出したのか、彼はおもむろに天を仰ぎ、そしてそこからこの大地を、否、この東京を俯瞰してみる。
『む……?!』
本件の中心にあるのは、斬り合いの道具とシステムだ。
『兵具は格別よの道具たしなまず』
八方に広がる光明が見えた。
イチャモンをつけられていない側面が、まだ……あった!!
『み、視えたぞ!』
気がつくと、誰が呼んだか聞きつけたのか丼だおれの店長や仲間や寿司屋の大将までも遠巻きにして見ていた。彼らがハラハラと見守るなか、ユキトシはカラカラの喉を潤すため、余っていた【黒の押忍】を『ムンズ』と掴むや
「このサイバー剣術はVR化もまだで開発途上だそうで、マーケットがありません。いっぽうIRもまた、東京で民意を諮れておりませんので特定の候補の場所は出せません」
一同は、静まり返った。
「このトーチカさんのコスプレはファン・アート、つまり自腹なのです。プロモーションビデオはマニアの彼女が好きなように【料理】をする権利があります。これは人に大きな効果を訴える力が生まれます」
トーチカと丼だおれの店長は笑顔になり、駐車場のすみっこで白い歯を見せながらイェーイ! とグローブ・タッチをした。
「CAWGトウキョウの成功は、ここネオ・ツキジの下支えあってのものでした。この何もないガレージで面白いものは、仮想空間に行っても世界にもって行っても面白いはずです」
寿司屋の大将と永田課長は、小さくうなずいている。黒雀もだ。
「……たしかに」
コジロウが、負けを認めたようにちいさくつぶやいた。
「メジャータイトルとして認められたとき、その時こそ統合リゾートが完成するときです!」
何かを期待していたらしい親子はまだ不服そうだったが、それ以上の抗弁はしなかった。いちおう納得したらしい。
「しょちょ〜どのぉ! リョーカイしたのだ! トーチカはさっそく動画を作るのだ。試合日が決まったら教えるのだああぁ!」
気が付けば装甲車はいつの間にか、すでに幕を収納し、【押忍】の残骸も積み、撤退の準備をしていた。
最後にあらためてユキトシからあいさつをし、解散となった。
トーチカも黒雀やみんなも帰って行く。
「あ、そうだ渡すの忘れていたよ、はいコレ」
コジロウは紙袋を渡し、永田課長と帰っていった。今日もこれからカスミ・ガセキの本庁で深夜まで残業だろう。丼だおれの店長がユキトシを帰りに事務所まで送って、缶ビールを渡してくれた。
その夜。予算割と日程案がサクっと作成され、無事申請。ゼロ大会にむけてプロジェクトが動き出す運びとなった。
『PVの編集か。速くて一週間くらいだろうな。日程の承認もそのくらいかかるだろうし明日はゆっくりできるぞ。明後日ぐらいにAOMIに行っとかなきゃな』
冷蔵庫から寿司折を出し缶ビールも開けた。大将と店長が応援してくれている。満足げにユキトシは長〜い1日を振り返った。
『いやーーーー。俺のなかで最高のヒット作だったな、今日は。ヒラガ先輩にも今日のこと自慢しておこっと』
秒でお礼メッセージを送信した。一週間後をたのしみにしててくださいねと。
『人の動かし方のコツ? 何となくわかってきたぞw』
きょう1日で相当な成長を実感したのだった。いいぞ。この調子だ。
『ん? そういやコジロウもなんか差し入れくれてたな。アイツなかなかシャイなところがあるじゃないか。なんだろ、この重さ……俺の好物のブランデーケーキか?』
ガサゴソと中を覗いてみる。
「ん?」
配送品だ。もどかしく茶色いダンボールを開けると、銀色に光る箱が現れた。
なんとそれは、紀尾井カスミに頼んでおいたVRセットだったのである。
『このタイミングで!?
げっ、VR調査の件動くの忘れてた』
ユキトシは、開けるべきかどうかかなり迷っている。ジェットコースターのようなここ最近の展開に、脳のメモリーが追い付くか不安を隠し切れていない。
『明日もどうなることやら。ここで開けたら絶対また・・・wwww
でもビール飲んじゃったし、ぜーったい【VR酔い】するよね……』
こういうときは、動作確認だけでもしてみると良かったのに、と「声」は警告を発していたのだが。(因みにアルコール影響下ではむしろVR酔いは緩和される)
あーだこーだ理由を付けて、何としてでもVRに手をつけたくないユキトシであった。
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