第10話 身を捨ても名利は捨てず

 ユキトシは、酔いやすい体質だ。しかしそんなことも忘れさせるほどに、ハデハデ装甲車はスムーズに走っていた。まさに【プロ】の仕事。運転手はゴッついフェイスシールドに黒づくめのミリタリー系の装備だ。


『ん? ……待てよ? このドライバー、おかしくないか……!?』


 アドベンチャーゲームにありがちなパターンとして、じつはこんなキャラクターが全て(の構想)を知っていたりする。

『まさかホログラムAIやロボットじゃないだろうけど……。この運転手……不自然なほどにこれまでの存在感がなさすぎる。 

 におう! におうぞ? プンっぷんさせやがる!!』

 ライフハックやショートカット志向の彼は、そのあたりの【カン】がわりかしよく当たるほうだ。


 運転する人が、いわゆる本職としての【運転手】であるとは限らないのだ。

 人はしばしば車の中で重要な会話をする。いくらウイルス防止のアクリルで防護されたむこうとはいえ、誰がなにを話しているかなんて聴く人が聞けば【ダダもれ】なのだ。


『この運転テクニックはタダモノではないぞ! プロだろw そしてなんらかのフラグに噛んでいるだろ!? そうなんだろ? そうなんだよなぁ!?!?』

 ユキトシ調整官は、乗るまでのゴタゴタを打ち消すため……というわけではないが、装甲車の運転手は実は重要人物だとの【アタリ】をつけた。

 運転手やドアマンは、自己紹介など訊かれるまでしないものだ。だがたとえば? 大株主みずからがビルのゲートを行き来する要注意人物を監視するため、まるで忍者がごとく完璧な変装をし、ガードマンまたは清掃員などなどになりすます、なぁ〜んてことも映画じゃよくあるはなしだ(実話にもある)。


 ユキトシは突然意を決し、豊穣なる混沌よろしくトーチカに言ってみることにした。それにもし、仮に大ハズレを食らったとしても、ダメージなんて全くありはしない。

「トーチカさんに指示を与えている【プロンプター】さんてっ、実は運転手さんだったりして〜w」

 その瞬間、アクセルとエンジンブレーキに微細な異常が生じたのを見逃さなかった。

(つまり、ちょっと酔ったw)

「すごぉおおい! なんでわかったのだ!? さっすがぁヒジリどのぉ! 2020sのヒカリのリーダーはダテじゃないのだあああ!!」

『ヒカリのリーダーw?って!

 まるで闇のリーダーも2020sにいるみたいじゃないか!wwww超イヤな予感!』


「へぇぇぇ。やっぱり永田さんが見込んだだけの事はありますね〜」

 【シブヤ】まで感心しているが、なぜか少し上から目線なのが気になった。


 すると観念してか、フェイスシールド越しに、運転手は再生音声のような声を発した。

≪拙者、キョウユウ会長の秘書、黒雀くろすずめと申すモノにゴザソウロウ。ヒジリ調整官殿! 以後ナニトゾよろしく御頼み申し上げまする≫


 よく観ると【秘書:黒雀】は、外気に接することができない【ウイルス・キャリア】が日常業務に復帰するときのような装備をしている。だいたいは白いのだが黒い装備だったため、何かヒミツのお役目でもあるのかと、ユキトシはますます怪しさを感じざるをえなかった。

 

 ……と同時に彼は【プロンプター】というあたらしい職業に、大いなる可能性を感じていた。

 しかし、いったい誰が(あるいはどこが)この抗ウイルス仕様の装甲車を開発したのであろうか?

『やっぱりアレか? 自動運転が認められた特区なら、キャリアの人でも装備をしたうえで社会復帰ができるというわけか?』

 ……と勝手に勘違いをしている。


 トーチカが言うにはこれから【駐車場】に向かうらしい。

 ユキトシは、IR候補地のAOMIにはやたら駐車場が多かったことを思い出した。ひょっとするとAOMIに行くのかも知れないという予想は当たらず、意外にも装甲車はネオ・ツキジはずれの大倉庫……のような場所へと入っていく。こんなに近いのなら、わざわざゴツイ装甲車で向かわなくても良いはずだが……。

 そうして現場に近づくにつれ緑色のテントが見えてきた。どうやら二人の人物が作業をしながら待っているようだ。

「これから2020sのデザイナーとトーチカさんの会社の人を紹介しますね? デザイナーの方は僕の父です」

「ああ、お父様がもう1人のシブヤさんだったんですね!? で、息子さんのえーっと投資……じゃなくて【バイト】の件は伏せておくんでしたっけ?」

「はい、2020sの活動資金の一部を出してたのが僕ってことも父に内緒でおねがいします。僕はまだ未成年なので投資は母方の祖父のアカウントで……っていうか祖父が会社とかいろいろ持っているんですよ。実は父の会社去年つぶれちゃって……僕の学校って基本リモートなので、それで並列して父の【レポート】をいろいろと手伝っていたんです」

『へぇええ〜!? インターネットの経済取引は今ここまで来ているのか! 中学生でここまでうまくできてしまったら、あとのことを考えるとむしろ心配になるなぁ……。上の学校に進学する意義とか、家庭内でのパワーバランスとかさ? っていうか既に悪影響ありそうだよね……』

 【レポート】とはどうやら【2020s・レポート】のことらしい。

 ユキトシは以前、ボランティアや2020sが自発的に出してくる【レポート】の話を、永田課長から聞いた覚えがあった。


 倉庫の駐車場は、奥に巨大な扉があり雨の日でも荷物を出し入れしやすいように高い屋根がついていた。そこへ装甲車はまるでネコ科動物のように静かに入り、そして静かに停止するとタイミング良くハッチが開いた。


「おはようございます! 2020sでAR外装を担当しました、シブヤと申します。その節はどうも。ご挨拶は初めましてですよね?」

 装甲車から降車するのを見計らって、父親の方のシブヤ(2)氏があいさつをしてきた。なぜか名刺データの受け渡しはなかった。

「AWGでは海外のメダリストとのローカルデータ比較が必要でした。しかし、IRで展開予定のあたらしいeスポーツゲームスには、わざわざメダリストを登場させる必要はないのですよね?」

 あいさつも程々に、さっそく本題の的確な質問が刺さってきた。もうすでに主導権は奪われてしまったようだ。

「はい、実在のスポーツや既存のeスポーツ競技である必要はありません。ただし、日本独自かつゼロベースでの大会競技を活用し、需要目的とした展開が可能かどうかを検証したいのです」

 現場の仕事はすぐに本題が鉄則だ。

 ユキトシは、サイバーAWGの収録時の緊張感がフラッシュバックした。

「それで第ゼロ回大会を撮影して動画を拡散させるってわけですよね?」

「ええ、本体を動かす前には、まず実績と【前例】ですから」

 デザイナーはシメタとばかりニヤリとした。

「オッケーです。いっちょ、やりますか! ところで私、これ一度プレイしてみたかったんですよね」

 そう聞くやいなや、トーチカと一緒に用具の準備をしていた補助の人が颯爽とやってきて取り囲み、あれよあれよという間にゲームで使うであろうプロテクターを、シブヤ(2)へと装着した。

「えーと、彼女と対戦したらいいんですか?」

「ナニをいうのだ! トーチカはこれから撮影を行うのだああ!」

 トーチカはせっかくカッコイイ装備をつけるチャンスだというのに、なぜか頬をプク〜っと膨らませて断ってしまった。

『この娘には誰も敵わないなwwww』

 ユキトシは思わずそう心の中で感想をもらす。

 トーチカを見るといつの間にか、超小型カメラを頭に固定させ、さらに両手には指輪型カメラを装備している。

「さああ! さっそく煽りVを撮るのだあ! えい!えい!えぇ〜い!!」


 いきなり装甲車のハッチバックから映像が流れだした。サウンド・ロゴが車と各所に置かれた指向性スピーカーから響きわたる。緑のスクリーンで囲われた扉の前には白い幕が下りていた。

「父さん、僕もやってみたいな」

「じゃあ親子対決でやってみるか~!」

 慣れた手つきでシブヤ(1)は装着する。そのシーンもぬかりなくトーチカはカメラに収めた。

 この駐車場にきて10分もたっていないのに、もう試合が開始、というまるでドライブスルー決闘のようだ。

 いつのまにか運転手の黒づくめ、じゃなくて黒スズメが二人の選手の間に入り、機械音のような音声で合図を出した。まるでロボット同士の戦いみたいだ。

『うーん、倉庫での戦闘シーン、メカメカしいセッティング! これぞディストピアって感じだぜ!』


≪両者、一足一刀、刀の間隔をあけてー 礼っ! 備えて!≫


 二人の戦士は一礼したのち、トーチカの標準装備でもある例の白く光る刀を構えてにらみあった。

 トーチカといえば、そこにいたら【討死うちじに】するほどの至近距離で、なおかつ超低位置から撮影をしようと瞳孔をカッピラきながら構えていた。


 二人の選手の装着を手伝っていたトーチカの会社の人は得点板を持って白い幕の横に立っていた。

『そこ手動かよw 得点板www』


 ゲーム画面ぜんたいが幕に映し出された。タイムは5分一本勝負のようだ。


≪始めい!≫

 

 親子の身長差はそれほど気にならないのだが、みるからに父親の身体はガッチリしており、体格差がかなりあった。

『先に何本取ったほうが勝ちなんだ?』

 ユキトシとしたことが、ルールをメールしてもらっていたにもかかわらず、うっかり読むのを忘れてしまっていたようだ。

『ま、まずいっ……なんてこと! ここにいる全員がCAWGで既にサイバー剣術を観たか体験したかしてるってのにッ! 肝心のプロデューサーぽい立場のこの俺が? まさか全くルールを読まずに来ちまうとは!』

 などと焦っているが、そもそも今日このようことになろうとは……まったくもって聞いていなかったのだから仕方がない。とはいえ、さっさと確認しなかった自分にも落ち度があるということなのだろう。


 そんな焦りもつかの間、始まってみれば不思議とすんなり内容が掴めてくる。

 どうやら人間が装着したプロテクターの、特定の箇所に白い刀が当たると、スピーカーから爆雷音が鳴り、画面の中のアバターが倒れて暗転後、そのアバターがむくっと起き上がって点数が加算されるシステムのようだ。


≪離れてー 始めっ!≫


 黒雀はというと、得点が入ると同時に両者の間へ割って入り、また両者に間合いを取らせるという、いわゆる【仕切り】をする役のようだ。

『なぁんだ……アセって損したわw  なるほど、これが言ってた【サイバー剣術】の試合かあ! 小学生でもわかりやすくてこりゃいいわ』

 単純だがコンピュータとセンサーと通信を介在しており、まるで人間そのものを操作スティックとコントロールパネルに模したような感じである。

『つまりこういうのが【フィジカルeスポーツ】というヤツなのね? あ、だから東京都がeスポーツゲームスに出展を許可したんだったっけ? あの太鼓のゲームとかもきっと同じ仲間だよね! えーと名前何だったっけ?【和太鼓ファイターⅤ】だったっけ?』

 さて、このサイバー剣術とVRとの融合とは、一体どんな感じになるのだろう……そんな妄想をついついしてしまう。


 親子の一進一退の対戦は、ゆっくりとした進行であった。むしろ撮影隊のトーチカのほうが時には寝たり、転んだりで動きがはげしかった。

『こういう挙動をいわゆる【煽り】と称するのだな』

 父親の方はだんだんと動きが鈍くなり、息子である【シブヤ1】がみるみるとポイントを加算していく。そうしていつの間にか5分が経ち試合は終了した。結果は【シブヤ1】の勝利だ。


≪それまでっ! 15対4で、赤の勝ち!≫

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 シブヤ親子は手を取り合って喜んだ。

 フェイスシールドには仕切り役と同じスピーカーは装備されていないらしく、何をしゃべっているのか定かではないが互いの健闘を称えあっているのがわかった。


『へぇぇぇ! 刃物勝負となると、体格差なんてほとんど関係ないんだなぁ!? 俺にもできるかも!?』


 そう思いつつ体験してみようか迷っていると、期待とは裏腹に、突然トーチカがニトリル手袋をユキトシに渡し、そして間髪を入れずにプロテクターの消毒の仕方をコトコマカに教え始めた。私企業の運用ルーチンのまっただなかに、調整役をするはずの公務員がオートマティカリーに組み込まれた図式だ。こういう原則はひとたび発動するとなかなかリセットできないものだ。

 気がつけば、全員が誰かに動かされているかのように、それぞれの役割をおのずと果たし始めた。

 こんなときに【ボクはいったい、なにをちたらいいんでちゅかー?!】などとのたまうユルいヤツは、2020sの資格などあろうはずもない。是非もなくユキトシは消毒のお役目を務めはじめた。


 それをさまたげるがごとく誰かの親指が、急に視界にあらわれた!

「おお?   やってますねぇ    ヒジリ君」


「? ……はぅうッ」

『か、な、ながたかちょ……ナガターシン様あぁああ!?』


 横にはコジロウが【缶コーヒーの押忍】をぶら下げて立っていた。

「いやぁ、現場の空気感ってやつ?ここから生まれるあたらしいブンカって感じがしますねー、課長!」

 

 そんな予測不能の攻撃にさらされる中、切実にブレイクが欲しいと、強く強く願うユキトシであった。


『俺ちゃんおうちに帰りたいwwww』

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