第9話 身ひとつに美食をこのまず

『【残念なお知らせがあります】

 ってなオーラが開封前なのにすでに漂っているメールって、確実にあるよね〜』


 ついさっきユキトシあてに届いた【矢文】つまり……【転送メール】に何やら問題があったらしい。

 これまでサクサクと進んできたかに思えたユキトシの調査だったが、官公庁の仕事はそんなに甘かぁない。

 序盤で早くも暗礁に乗り上げることになるとは夢にも思わなかったようだ。


『Oh my……KoReGa【セーイテン・ノゥ・ヘキレキ】トイウ ヤーツドゥエースクァア!? フ〜ゥ!!』


『順を追って当該事案のてん末をお示しするといたしましょう。

 まず。本庁からの回答は、早々に、来た。

 2020s企業のリストアップをお願いしていた同期コジロウ氏や、いつも連絡をくれるカスミ嬢からでなく、なんと上司のあの永田課長殿じきじきに!? それも、とんでもない早朝にメールが返ってきた! 

 着信の音で、何かまずいことでもヤラかしたのかとワタクシ超アセってガバと起きた次第にございますよ』

 だがよく読むと、実際にはそうではなかった。なんと、やらかしたのはむしろコジロウだったのである。

『もしやヤツは……この【ユキトシエル様】を陥れるために天界より遣わされし【セラフィム】とでもいうのであろうか……!?』

 というのも実は。昨晩コジロウが抽出したトウキョウ・2020sの名簿。リストアップは厳選してあった。佐々木調整官は調査処理にかけては最高の仕事を最速でこなす超エリートなのだ。例の政治家ヒラガ・クザブロウ先輩も評価していたくらいの。


 ……なのにそのリストは今現在【ほとんどが機能していない】ということが判明したのだ。


『なんってことだ!

 ……俺らもマスコミもサッパリぜんたいをつかめなかったわけだよ!

 人知れず大事業の手伝いをして、どこかに去っていった人たち……!

 一体、彼らは今どこで、どうしているっていうのさ!?』


 永田課長の調べによれば多くは会社の事務所が移転していたり、担当者が辞めていたり編成が変わっているのはまだよい方で、なんと廃業した会社さえもあるとのことだった。倒産企業もあるかもしれない。

 ウイルスと頻発地震で不安定だった2020年から2021年。

 その会社の人たちのために、役所はいったい何ができるだろう?


『大いなる存在、誰かわからないけど……

 俺は、いま、急かされている。超急がないといけない気がする! 

 なのに主だった人たちの連絡先がわからないっていうし……

 関係者を見つけるにはやっぱ……

 【VR社会】の中に【潜入調査】しないといけないんだろうか! うぉえぇえ……っぷ』


 ヒジリ・ユキトシは青い顔をしながら首をがっくりと垂れて絶望した。


 VR……ちまたで聞くところによる、いわゆる【VR酔い】という現象。


 実は、ビギナーゲーマーのユキトシにとって、もっとも恐れているVR社会への参入障壁がソレなのだ。これは親にもbotカスミ(笑)にも言えない極秘事項・シークレット情報である。この特定の現象はじつのところここ数年でずいぶん解消されているのだが、大学時代の聞きかじりのままその情報が更新されていないという【もたざる者】の悲劇の典型である。

 彼は船も飛行機も、タクシーや自転車すらにも酔ってしまう。敬遠するのもやむなし、今まで一番苦手なのは操縦系のゲームであった。

 そんなわけで公募のあったAWGはVRの3Dではなくて平面出力表示での観戦を【個人的に】希望した、というオチなのだった。いや、大舞台のまさかの種明かしはこの際関係ない。


 コジロウ・リストは、連絡先不達を知らせる上司永田の転送回答で終了ー。


『だいたい、フューナラル・アラートは政府の偉い人が憂慮するような社会問題にも発展しているってのに、IRがらみの仕事のついでにVRくわしそうな業界人の見解も聞こうとか、そんな、ムシのいい作戦が簡単にいくわけないんだ』


 あまい目論見が、終わった……


 いっぽう昨夜やりとりをしたトーチカは、なんでも【いい感じの場所を見つけているのだ】とかで今日は午後ここ支所窓口にやってくるらしい。

 昼からは書類書きしているので、と、人除けひとよけを希望する発言はサッサと忘れたか無視している。

【トーチカと一緒に、選手とスポンサーを集めるためのプロモーションビデオを撮るのだ!】

 と書いていた。

『なるほど、広報か……確かに急ぐよな』

 なのに2020sの何社かをピックアップしておくと約束した手前、まさか成果ゼロでしたなどとは口が裂けても言えないだろう。


 こんなピンチのとき、どうすればいいかというのは経験的にわかっていた。

 

『とりあえず落ち着け俺。まずは巣から出て外の空気を吸うんだ。

 そしてしっかりと、朝ご飯を食べるんだよ。

 いいか。エネルギーのただしい伝達がキモだ。

 永田課長はとつぜん突飛なことを言いだす俺を評価しているらしいけど、それじゃあダメだ!

1 好き嫌い言わず、

2 エネルギーをスムーズに!

3 出されたものはゆっくり確実にすべてたいらげろ!

 いつまでもガキじゃないんだからさ』


 そうして彼はとりあえずナミ・ヨケ通りに飛び出した。

「ヘイ メトボン 今日の週食の登録は!?」

 メニューはランダムに日替わりに指定されている。

「うい! ますたあ! 今日のお食事は【ネオ・ツキジ】まかない定食だボン!」

「マジか! 一番期待できるやつキターあ!」


 ユキトシはハイテンションを保ったまま指定の店へ到着した。

 着いてみると、そこはこの辺ではかなり有名な寿司職人さんのお店だった。まかない定食はボリューム満点と相場が決まっているのだ。エネルギーを補充したいユキトシにとってはぴったりの配食である。今日の【まかない】はぶつ切りの【新鮮な刺身】にごろごろした【まぐろフライ】であった。

 ユキトシはいったん仕事を忘れ、まるで天国のようなネオ・ツキジの味と魅力に包まれながら、大自然のエネルギーをしっかりと一口一口噛み締めるごとに眼を閉じ、そうして全身で受け止めていた。


「ヒジリ所長ッ! 昨日はケバブ弁当ゴチになりやした~ッ!」

 大将が裏から出てきて笑顔で言うと、ユキトシは、その声にビックリして現実へ引き戻されてしまった。

 シールド越しなのでデカい声がぐわんぐわん反響して聴こえる。

『ウワッ! ビックリしたw ケバブのオゴリィ? あぁ〜あれか……。そんなこともあったっけ? ってあれってまだ昨日のことなのか!?』

「いや〜ぁネ? 実はアタシ、丼だおれの店長と初めていろいろとダベったんですワ~。 昨日のお上からのお弁当もありがてェってな感じで? ついつい気分も上々ですワ。ああやって話してみるとネ? 今まで商売敵と思い呼び込み合戦してた海鮮丼屋もサ? じつは根のイイ奴でヨゥ…… あの夜ウチんとこ食べに来てくれてサ? なかなか仕入もたいへんだっつってグチったりな?ん〜ならおめェ、ウチの切り落としそっちに持ってってやっカら?ッてな? こんなやりとりでョ。夕方からついついいっしょに飲んじまったんでサ〜。ウェヘヘw」

『早口で3割ほどしかわかんないけど……まぁ喜んでくれたってことだよなぁw そういや【ケバブ】を配るの手伝ってもらった【丼だおれの店長】は午後休みにするって言ってたっけ? ライバル店にも配ってくれたんだなぁ……』

「へぇ~ それ凄くいいアイデアですね~!(つか【お上】って、まさか俺?www)」

 ……とユキトシは【3割しかわからない】ながらも何となく【ノリ】で言ってみる。

「その代り、ッてんで今朝な? どうせ海鮮丼にしたって客がいねェんで余りそうだ、つッてな? 活きのイイ~ところをチョイとばかしこちらへ持ってきてくれたってわけヨ!!」

「なるほど〜! つまり仕入れの物々交換なんですね!」

「さすがは御役人! さっきチケットで出した定食のネタがそうなんでサ〜。あすこの海鮮丼屋もナ? 所長のおかげだ~っつってましたワ。ワシらすっかり感謝感激ですよッわっっはっは」

「いやいや僕はまだ何にもしてませんよ~ とっても美味しかったです! ご馳走さまでした!」

 店を挙げた感謝とばかりにお土産の寿司折りまでもらったユキトシは、古くからの江戸人情のやりとりに、なんだかコッチの方が涙がにじむような感激を受けてしまった。

『そうかぁ、こういうのが江戸時代からの職人さんたちの粋なところなんだな……くぅう~オイラ、泣けてきたぜィ! 涙でまともに歩けねぇや!』

 なんと隣の店からも乾物屋のオヤっさんや店員さんが出てきて「頑張って〜! 所長さあん」と全員で送ってくれた。そういえば、海外のメディアも取材予定がおわってもなかなか帰ろうとはしなかったことをふと思い出す。

『ヘッ! ホントいい街だぜ! ここはよぅ!』


『しっかしこの街の期待感、ハンパねぇワ。なんとかカタチにしなくちゃ!なのだ!デース』

 さまざまな人々の期待に影響されつつ、ついつい仕事に差し支えがあるほどに、たらふく朝食を食べ、ユキトシは店から出た。

『腹がすこし痛いけど、全身にはエネルギーがみなぎっている。きっといいことが待っているぞ!』


 支所に戻ると、なんと永田課長さまから次なる神託、いやメールが届いていた。

『こ、これは……ッ!!』

 課長は先のメール、つまり連絡先がなくなったことの分析、だけではなく、なんとありがたいことに次なるご指示をキッチリと記していた。

 以下、【ナガターシン】様のおことばだ。


>巨大CAWGプロジェクト工程は推察するに

>企業に属する個人が率先力を発揮し主体となって運営されたものでした。

>ボランティアと有償の仕事を振り分けていたオーガナイザーがいるようですが特定はできませんでした。

>そこで有償の受託業務等を受けたらしき方々を推定しピックアップし直しました。ご確認願います。


『ほほぉ〜!? さすがは【ナガターシン】様ぁ〜!ありがたやぁ〜ありがたやぁ〜』

 ユキトシは小躍りした。なんとそこには5名の連絡先リストがあるのだ!

『既にここまで絞ってあるよほら。

 たしかに……ボランティアすらもオンライン化されてたあのイベント準備に、特にわざわざオフラインの作業へと有償で呼ばれた人たちって……つまりコアの超専門職か有力者でしかないもんな』


 リストには次のように書いてあった。


1.シブヤ  ×2  携帯番号

2.アオヤマ      同

3.トヨセ       同

4.アヤセ       同

5.エックス      同


>追伸・調査予定期間は半年、300万円概算です。永田


 永田課長の下に、ずっといたいと思った。

『ずっと僕の上司でいて下さい。半年と言わず。お願いします!

 いきあたりばったりの中、突然底無し沼に落ちかけていたまさしくその地獄の沼淵で、【ナガターシン】様の御告げがついに降って来ただよ!!』

 そう感激しながらユキトシは、寿司折を【ナガターシン】様に見立てて平伏し、そうして冷蔵庫に入れると早速に、神々しく光る【ナガターシン様のリスト】を丁重に拝見した。【白手袋】を両手に装着するか迷ったほどである。よくみると番号が振ってある。順番にもきっと何かの意味があるに違いない。

『そうか……この5人のうちの誰かはVR化のコアにも関与しているだろう。しかもだよ、次のプロジェクトの有力な候補者ってわけ。

 ん? 1 のシブヤ 【×2】ってなんだこれ。

 で、5 のエックスってのはローマ字の【X】っていうコト?』

 

 とりあえず詳細はあとまわしにすることにし、【まずは俯瞰しろ】と自戒した。それにしても非常に残念だったのは、今時連絡先がメールではなく、電話番号ってところだった。しかもフルネームですらない。とうぜん所属もない。

『ま、まずいな……』

『会社のアドレスがなくなってしまったのか?

 よしそうだ! こういう事は助手のトーチカちゃんに振るのだ。話を付けてひっぱり出すのはきっと得意なのだ。トーチカは営業販売のプロなのだ。デース』


 リストの人物の連絡先をトーチカ氏へ送信し、彼女の到来を待ちつつ彼は思った。

『そうだ! きょうは俺自身も弁当を販売してみよっかな? なぜかってこれから大きなムーブメントを起こしたり、仮想社会に斬りこんでいったりの大冒険がはじまるワケだろ? 

 リアルトレード、じゃない……人を相手に何かを作ったり、売ったりする現実の労働経験が、圧倒的に自分には欠けているんだよ』

 そんな殊勝なこころがけなら連絡もトーチカにやらせずに自分でしろよという矛盾があるのだが、まだ役人気質の本人は気がついていないらしい。CAWGではよっぽどいろんな致命的な連絡ミスが多発したのだろう。その彼を支えたバック・オフィス態勢はおそらく世界一盤石だ。


『それにしても……昨日の食事のおごりかたは大人買いみたいでよくなかった。反省。いくら時間が貴重だからってショートカットしすぎ。あれじゃ流通に対する喧嘩だよなw

 公に仕える身として、あんなんじゃ全っ然ダメだろ?

 つつましい態度を示さないといけないんだよ、これからは』


 それより彼にとって目下の懸案は、酔いの克服である。ターレというものが酔うものかどうかは全く予測はつかないが、『とりあえずゆっくり走ればだいじょうぶだろw 見たところなんだか? 楽しそうな感じだし……だんだん慣れていけばいいってww』と【ナガターシン】様の御告げ効果も手伝ってか、なぜか楽観視を決めこんだ。

 そうしてこのあたり一帯をまわる気満々で待っていたところ、遠くの方から颯爽と重低音を轟かせながら、いつもの調子で例の装甲車が支所に横付けされると同時に、タイミング良くハッチのドアが開く。トーチカだ。

「ヒジリしょちょーーー! 早く後ろに乗るのだ!」


『え。どこに連れて行かれるの?! ターレは? うぁぁあ、窓のない荷台に乗るなんてぜったいに酔うって! 無理すぎ!』

 とっさにこの先制攻撃に受け身をとり、抵抗を試みた。

「あ、こんにちは。今日はお弁当は売らないんですか?」

「フッフフ!説明しよう! 実はおべんとう売らなくっても今日の活動スポンサーがみつかったのであ〜る!

 だからガソリンはもぉ満タンなのだ!」

 彼女は薄目を開けながら堂々と胸を張り、そして得々とした口調で自慢をした。


 ユキトシは口をぱくぱくさせた。

『な、……なんだって!?』


「これから1名さま撮影会へのごあんな〜い! トーチカ!やっりまぁ〜す!」

【〇〇! やっりまぁ〜す!】というのはあの名作【機動戦士ニャンダム】へのトリビュートのつもりだ。

「スポンサー? えっとお金貯めてからトーナメントのスポンサー集めに向けて撮影するんですよね。なのにもうスポンサー? いったいどこで?」

「くわしくは車の中で説明するのだ。むこうで既に待ってる人がいるのだ! ツベコベいわずにまずは乗るのだぁ〜!」

 普通の人が言ったら何とも乱暴な物言いだが、彼女が言うとなぜだか憎めない。

 ともかくユキトシはむりくり拉致されてしまうことが確定したようだ。もうこうなったら流れに乗るしかない。

『乗るしかないこのビッグなウエイヴ!』

『さあ渦が起きたらもう最後! しっかりつかまっていろよ俺!』

 観念し落ち着いて戸締りをした。

 経験からみちびきだすと、このまま現場での長時間作業がほぼほぼ確定したようなものだ。

 これから一体どこにぶっ飛ばされて行くというのか? そうした不安を残しつつ、できるだけゆっくりと車に乗った。それと対照的にトーチカはというと、満面の笑みを全身から放射し続けている。何やら鼻歌まで聴こえてきそうな雰囲気ですらある。そんな車内の様子とは関係なく、装甲車はスーっと走行を開始した。まるで忍者のようなスムーズさだ。

『んん? なんだナンダ……この座席の快適さは』

 窓のない乗り物に乗るという心配は早速解消された。さっきまで窓が閉じていたはずだが、装甲車が走行を開始すると同時にに音もなく窓も開いたのである。もちろんエアコンも入っており空調は超快適だ。爆音音楽は止み、安全運転で走っている。登場シーンのモノモノしさは、トーチカのちょっとしたイタズラだったようだ。


 トーチカが引き続き例の調子で経緯を説明するのかとみがまえていたら、後ろの座席で静かになってしまった。口を真一文字にむすんでいるがアゴがあがりムズムズしている。何か言いたげなのに、まるで誰かに発言を止められているかのようだ。


「初めまして。2020sの時はお世話になりました。シブヤと申します」

 するとおもむろに助手席の人物が口を開いた。誰か乗っていたことにも気づかないほどあわただしかったため、意表を突かれたユキトシは、驚きのあまり軽く小ジャンプをきめた。

 なんと、リストの一人目【シブヤ】がもう目前にあらわれたのだ!

「じゃーん!彼こそはリストNo. 1のシブヤ君なのだぁ!」

 トーチカは【シブヤ】の後頭部にむかって手をヒラヒラさせたが、またしても急に沈黙。

 シブヤはまだ若い。学生みたいだ。

『ええっとこれは……どんな奇跡だってんでィ! もう呼び出せるなんていったいぜんたいどんな根回しを取ったてんだ?【ナガターシン】様ぁ(ヒント:電話すればいい)』

 口パクがつづいている。

『うー何から話せばいいんだ!? というかこの人……何? えっ?学生バイト? なのに【神のリスト】に載っているの?! デースカァ?』


 若きヒジリ・ユキトシ担当官にはかなしいかな、こういうときの絶妙な切り返しストックがまだナイのであった。そんな事情はよそにして、先程のノルか反るかのスッタモンダは聞かれていたはずだ。ここでキリッと場を支配しなければ相手にナメられ、……否、心配されてしまうというもの。

「あのぉ~ えっと……」

「改めまして、永田さんからお電話をいただきました、シブヤと申します。たいへん光栄です」


 超地味だが直にこたえるピンチ到来だ。


『ふぁっ!?』

 自己紹介しようにも、次の展開がわからないため、二の足を踏んでしまった。ボールはまだ彼には届いてすらいない。ごまかしようにも完全にアウェーの状況だ。


 こんな時、バブル世代を謳歌したオールドスクールのオジサンたちなら【あーキミ、誰だったッケ?】って平気で尋ねる場面だが、鬱々と余裕のない世界しか知らない【新世人】にとっては、当然そんなツラの皮も持ち合わせてはいない。

 -バタバタと迎えが来たんだ。こんなときは挨拶もそこそこに、すぐに本題にへ入ってもよいのだよヒジリくん-

 もしも「声」に耳をすませば上のようなアドバイスが降りてきそうなはずであったが、その「声」すらも聴く余裕が今の彼にはなかった。

 社会経験というものはこういうときにこそ差が出てしまうのだ。


「ぼくが本日の【スポンサー】です。だけど、これからヒジリさんが会う人たちには内緒なので話を合わせ下さいね?」

「えっアナタが、す、スポンサー?! って失礼ですがまだ学生さんですよね?」

 素直な反応を出してしまった。

【シブヤ】はキャッキャウフフと笑った。なんと運転手も笑っているようだ。


「そうなんです。実はまだ中学生なんですけど、こうみえても【投資家】なんですよ? わけあって内緒なんですけど……ね。もうひとりの【シブヤ】には絶対内緒ですよ!? そっちは既に会場の方にいますが、くれぐれもよろしくお願いしますね?」


 『あっ! シブヤ×2 っていうのは二人いるっていうことだったの?

 撮影会場はどこなんだろう? オラなんだかワクワクしてきたぞぉw』

 そう心の中で呟くと、彼はさっきまでの不安はすっかり霧散して今は新たな展開へと胸が膨らんでいた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る