第8話 善惡に他をねたむ心なし
……ガタッ!!……
トーチカは、突然立ち上がって背負っていたナガモノを『ムンズ』と掴かみ、そして肩から外すと、美しい所作でスラっと抜いた。抜いたほうを肩先から頭上へとゆーっくりとまわしている。
「はぅ!? 外側はサヤだったのか!」
思わずユキトシは口に出してしまう。
中から出てきたのはキラキラした刀だ。否、正確にはほんとうの刀ではない。
なんというか……ふつうに素手でグッと握れるっぽい、まるで布っぽい感触に見える。
『……てっきりそのガワ自体がでっかい剣なのかと思ってたw』
彼女はギャラリーを意識しつつ、武器をくるっと回しながら大見栄を切ったのち制止した。
『カメラを撮影するなら、今なのだあ!』とでも言いたげだ。
「フッフフ! これぞ、かの【サイバー剣術】で用いられし伝説の
ずいぶん芝居がかっているが、これが重度の中二病というやつらしい。
『マジもんのオタクってエネルギッシュで頼もしいなあ』
彼女は、ヒタ、と視線をユキトシに合わせるとこう言った。
「御役人殿! こないだの、CAWGみたいな盛り上がりを【IR】でやれればいいのだ!!」
トーチカは便乗する気満々でそう言いきると、中小企業のポテンシャル、そしてものすごい相乗エナジーをギンギンに全身から解放していた。
「まずは【メンツの募集】なのだ! 今こそあらたなムーブメント起こすときなのだ!」
遠くで効果音が聴こえた気がした。
店長は感心している。
「へぇえ~ カッケー! 刀で戦うんだ。コスプレも進化したもんですね!」
これはユキトシの方が訂正してあげた。
「店長さん、これって東京都の【東京eスポーツゲームス】にも出たサイバー剣術なんだそうですよ? 残念ながら私はキリキリ舞いでまったく記憶に残っていませんが……(生で観たかったなぁw)」
「フッフフ! これは【ろうにゃくにゃんにょ】すべての人たちが安心して斬り合いが出来るミライの【フィジカルeスポーツ】なのだ! これでトーナメント大会やるのだぁ~!」
【ろうにゃくにゃんにょ】とはどうやら【
『んーっていうか、そもそものこと言っていい? どこがeスポーツなんだろ。キーボードとか操作スティックは? いまになって口はさめない雰囲気なんだけど、……VR化が間に合わなかったとか……そんな開発途上のeスポーツの、トーナメントって、なにwwww』
反応できないユキトシに対し、トーチカのパフォーマンスに、すっかり圧倒されてしまった丼だおれの店長は、なにげにさりげなく大変重要な戦略上のポイント・オブ・ビューを示したのだった。
「う〜ん。どんな選手をどこから集めるか、ですよねぇ所長さん。所長さんは調査のために集まってほしい人材、というか有効なターゲットはどんな層になると思います? ですか?」
さすが二年越しの騒動をくぐり抜けてきただけあって、ネタの仕入れ過程にムダがない。
『ぐっ……。このタイミングで、オーダーを出す俺のフィードバックを要求するとは……してやられた!』
しかし、すかさず間を制さんとばかり、ユキトシは要望を提出した。このあたりダテに死戦を潜り抜けてはいない。
「できたら2020sの有力な関係者か、あたらしいエンタメとか巨大施設のイベントに関与できそうな方たちがよさそうですね」
トーチカはまるで戦闘モードの猫のように瞳孔をカッピラいて狂喜乱舞した。
「そうそう! そういう人たちが集まってくれたらトーチカもすごーい助かるぅ~!
てんちょー!しょちょー! ありがとうございますっなのだ!デス」
ノリノリで話を前進させている。
「そうと決まれば、明日から早速練習を始めるのだ! あ、店長さんも暇があったら見にくるのだ!」
「あいよー! なんっでも頼んでくんなっ! 弁当売るのも手伝ってあげるから、たまにはにぎやかしに来てくれっと助かるってなもんよ!」
「もちろんなのだ! 嬉しさの3倍速だぁ!」
「カッカッカ!では所長、ご馳走になった上、長居してしまってすんませんねぇ。ってなわけでいつでも呼んでくださいよ〜? ではでは!です!」
「ドンチョーさん! まったねー!デース」
そういうと勝手にトーチカは丼だおれ店長を帰してしまった。
『【ドンチョー】ってwwww』
『えーと、何の日時を打ち合わせていたのだろう。……練習? なんの? 誰の?
ってログがサッパリ読めなかったんだが』
超省略の会話についていけないことをごまかすために、外枠から質問してみる。
「えー、日程の件ですが私ならだいたい午前中を調査に充てて、それから午後は書類書いてそれを夕方に本庁へ提出し終えたあとは、夜研究の時間があるので、来てもらえるなら午前中の調査時間か夜、ですかね……」
ぴたっとトーチカの動きが止まった。真顔だ、どうしたんだ?!
『なななんか気に障ること言ったかな、俺……』
クルっとあっちの壁のほうを向いた。
「え? はい!はい! 了解したのだ! では
こちらを振り返ると、ニッコリ笑って元のハイテンションで続けた。
「……失礼したのだ! これから競技のトレイラーとルールがおくられてくるのだ」
『え。送信するって、誰が、どこに。【とれいらあ】?ってナニ?』
そう疑問がうかんだと同時にユキトシのスマホへ矢文……つまりメールが着信した。
「データぁ蒸着~っ! 見てみるのだ」
そこには今までに見たことがあるような無いような、フシギな既視感の試合動画が映っていた。これは……!!!
「第一回東京eスポーツゲームスの会場でも放映していたトーナメントなのだあっ」
『こ……これが【サイバー剣術】なのか!? 確かにコンピュータを使っているww
そういや……この映像思いだしたぞ? 海外のメディアが問い合わせしてきて観せてきたやつだわ。結局「動画の参照はこちらへ」って、参考競技リストを持ってるコジロウに振ったんだけどちゃんと観とけば良かったなw』
「トーチカさん、このメールを送ってきたのはどなたですか?」
「あ、ソレはプロンプターさんなのだ」
「【プロンプター】? プロンプト、促進する人……」
またしてもあたらしい職業だ。説明なさすぎ。
頭の装備を少しずらし、トーチカはリモート・イヤフォンを見せた。
「トーチカたち、実はソロ業務中、音声と写真をこうしてやりとりしているのだ」
テンションが高いのでまるで欧米から遊びに来た外国人観光客のような印象だが、トーチカは外回り営業中の一介のバイトなのである。
「プロンプターさんって、本社の内勤の人?」
「んー、プロンプターさんはリモートの人で、本業は競技のジャッジをしたりー、通信のやりとりなどのオペレータなのだ。つまり作業中の人が安全に作業してもらうためのお手伝いさんなのだ」
「その人にいつも、監視されているんですか? ちょっと嫌じゃない?」
「むしろ一人で回る方が怖いのだ。何かあったらすぐ応答してくれるし、プライバシーよりもセーフティ。そしてとっても快適なのだ」
「なるほど。進化したんですね」
「会長さん曰くまだまだらしいのだ。本当は小型プロジェクターじゃなくて、スカウターをつけてバッチリここに映し出したい野望があるらしいのだ!」
トーチカはマスクの頬の前の辺りに手をかざした。
「ああ~。まだ装備は完全にでき上がっていないというわけですね」
「フッフフ! 電脳具足絶賛開発中なのである」
「御役人どのぉ! んじゃ、トーチカそろそろ撤退のお時間なのだ。次の集合時間を教えてほしいのだ。そういや他の種類のお弁当リクエストとかもついでに教えるのだ」
彼女の繰り出す並列処理攻撃は、これまでの彼の人生で経験がなかったのだが、別にそのまま一個ずつ返さなくても構わないことが段々とわかってきた。
そうして落ち着くと次のように返した。
「あとで連絡入れときますので、ターレを返したら気をつけて帰ってくださいね〜」
「了解つかまつりますた! 矢文楽しみに待っているのだー」
そういって彼女はターレに乗ると、ピューっと忙しそうに脇目も振らず帰っていった。
『今日のランチ・ミーティングもぜんぶ遠隔監視されていたのだろうか!? でもトーチカちゃんは全面信頼しているみたいだった』
たかがランチ・ミーティングをしていただけのはずだが、ユキトシはひさびさにドッと疲れを感じていた。
『ふう。このペースに慣れないといけないな。というか、流れをストップする技が俺には必要だ。渦の中に入って出られなくなる、はあぁ……去年からそんな調子ばっかり続いて仕事がぜんっぜん、まとまりゃしない……』
テーブルセッティングは畳んで横に置いてある。
『ああ、これはここに標準装備されるっていうワケね。モノを作ったり売ったりする人たちって段取りがいいな……
でもひとこと報告してくれよな!』
『まあたらしい開発中のサイバー剣術のeスポーツか。イジリガイ、あるんじゃないの? 経済需要へのね。こりゃあ広報さえうまくやればその界隈の技術者とか? その他モロモロたのもしい人材がいっぱい集まりそうだな。そうすりゃついでに社会問題を起こすような【魔界より遣われし悪の存在】を【天界より遣われし全ての闇をかつて抹消したという伝説の天使達】のように彼らが排除してくれるかもしれないぞ?』
やはりかなりお疲れのようだ。
そうして自分の世界にトリップしていた彼のスマホに【矢文】つまりメールが着信した。
『おお、連絡がはやいな。早速研究しておくとするか』
それからコジロウに、今日ランチ・ミーティングでみんなと話し合った条件に合う会社を2020sからピックアップしてもらうよう頼み、今日は早々に寝ることにした。
『さぁあて。どんな会社が集まってくるだろうか? たーのしみだなぁあああ』
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