第7話 道におゐては死をいとわず思ふ
メール題名:
「ザ・フューナラル・アラート」VRゲーム 調査基礎資料
永田課長
お疲れ様です。聖です。
私が関わった【トウキョウ・2020s】の運営経過を基盤に、
現在調査中の【東京IR】と表題のVRゲームを関連づける必要があると思われるため、
断片ではありますが、取り急ぎその根拠となる理由をお送りいたします。
1)表記VRゲームにおける調査が必要となる理由
① 緊急会議オブザーバーである関連部署の役職者より、このVRゲームが社会問題となっているとの報告。
② 表記のVRゲームは「AWGトウキョウのボランティアネットワークが発生源」との情報を入手。(参照下記2)
③ VR から生じる【効果】を、どのように東京IRへ連携すべきか、調査及び研究が必要となった。
2)VRコンテンツの問題点につきSNS他インターネットにおいて調査し判明したこと(都市伝説も含む)
・VRゲーム【ザ・フューナラル・アラート】の発生は【コンピュータ・ゲーム】ではなく、AWGトウキョウの観覧者独自の【表彰式】が発端である。
・【フューナラル・アラート(葬式警報)】とは【影のリーダー】による【真のVR社会の構築】がゲームの目的となっているとの噂あり。
・過去や未来の概念がなく現在時間軸のみが存在し、現在の行動ひとつで全てがひっくり返る可能性がある。
・ウイルス禍で下火となった【冠婚葬祭】【大規模イベント】の代替となる社会的機能がみとめられる。
・行政が無視できない、現実世界の【動産・不動産との価値交換】が発生している模様。
・犯罪の兆候は未だ認められず。
3)その他
調査に要すべき日数、予算等について現段階での概算額をご教示下さい。
以上
第二省総務局総務部調整課ネオ・ツキジ支所担当官
聖 千年
◇◇◇
メールを送信し終わった頃、トーチカと【丼だおれ】の店長は意外にも早くターレで帰ってきた。
「さあさあ! 食べましょうよヒジリさぁん!」
丼だおれの店長はターレからテブレットと呼ばれる個人向けのテーブルを四台、丸椅子を三脚下ろした。飛沫防止のアクリルをテブレットの間に立てると発泡スチロールの中から手際よく器を取り出し、熱々のスープと冷たい飲み物とともにケバブ弁当を配った。
「おお、すげぇ贅沢っすねこれ!」
2020のウイルス禍においてはランチ・ミーティングや接待がなくなってしまったが、CAWG2021後のネオツキジにおいては狭い店内を有効に活用して透明の間仕切りを作り、SNSやゲームをしながらいっしょに食事の時間をたのしむ形式が編み出された。
「むー。じゃ、トーチカは音楽を担当するのだ」
トーチカは以前爆音で鳴らしていたランチにしては重低音すぎるであろう音楽を、腕に装着したミニプロジェクター型スマホから再生させ、あとの二人のスマホに勝手に同期させた。
アフターCAWGのランチ・ミーティングは、雑談や休憩の片手間でゆるく飲食するというイメージに近い。お昼休み、という概念がなくなり、テーブルマナーや会食の在り方がラフになった一方、リモート勤務における家庭生活との兼ね合いから、Web会議はフォーマルになり時間はどんどん短縮されていった。
「じゃ、シールド外させてもらいますね! ヒジリさんいただきますっ!です」
「うわーあ! このテーブルセッティングいーなぁ、じゃ、トーチカもいただきますっ! デス」
この短時間で2人はすっかり仲良しだ。
丼だおれの店長は席に座ると、飲食店専用の飛沫防止マスクを外し、あっという間に食べ終わってしまう。
『早っ! さすがに食べるのもプロなのかよ』
洗面所から帰ってきた店長は、既にシールドをつけており、そして興奮気味に話し出した。
「ヒジリさん、ネオツキジのみんな喜んでましたよ? 嬉しいんでボク午後半休にしちゃいました。ごちそうさまでした!です」
イヤイヤいいんだよって感じに手を振って応じた。
『なんだろ、気分いいなぁ!』
とユキトシは思った。若いな。
「でね? トーチカさんから聞きましたよ!? ネオツキジにも実はIRの話あったので、その関係で上に言われて調べたことあるんですよ〜! お話してもいいですか? 聞きたいでしょ? ヒジリさん!?」
『もう話しちゃったのか。でもこういう外交的な人材って標準で必要なんだよなぁ』
思わず見るとトーチカは食べながらジェスチャーで(ごめんなさい)の手話をやっている。ユキトシは店長の話の先をうながした。
「ネオ・ツキジは以前は旧い街だったので、IR反対運動が起きたんですけど、……もしも別の場所に東京がIRを作るのならばゼロからやったほうがいいですよ?
なぜかって言うと、IRが指定される条件に【住民の総意、理解】っていうのが入っているんです!ね」
ユキトシとトーチカは、うんうん、とうなづいた。
誰かと一緒に食事するって楽しいな。三人とも興奮している。
「でもヒジリさんはご存知ですか? オダイバってもともと当時の首長さんがカジノを作ろうって言っていたそうじゃないですか? その後どうなったのかはよくわかりませんけど、……もしもヒジリさんがIR作るってんなら、ぜったい反対運動の起きないカジノを作るべきですって!」
『そうなんだよな、そこが難しい、っていうか……なんでカジノじゃなくっちゃいけないんだろ。カジノ【を含む】統合型リゾートって一体どういう意味なんかね?』
トーチカは弁当を半分残したところでていねいにのこりをしまい、ガタっと席を立って会話のための装備を完了するとこう言った。
「トーチカ、考えてみたらいつでもこれ食べられるから、いそいで今完食しなくってもよかったのだwwww」
三人はゲラゲラと顔を伏せてしばらく笑った。
「はいは〜い! ヒジリ所長! トーチカの発言許可をねがいます!デス」
『しょ、所長だってー?!』
喉にケバブが詰まりそうになって慌ててスープを流し込もうとした。
『グァ!? あつぅ!』
またまた二人が笑った。涙をながしつつ店長は言った。
「……そうなんだ!? ヒジリさんって去年駐車場の整理に来てて、そのうち誰かがテント貸してやって、警備の人らの相談に乗ったりしてたし、いったいどっから来た人かな~?って思っていたけど、ネオ・ツキジの所長さんだったんですねぇ。ほぉぉ」
するとトーチカは細かいことはスルーして、得意げに小鼻を拡げながらこう続けた。
「フッフフ! ヒジリ所長とトーチカは今、東京を作りかえる【ナニカ】の調査をしてる忍務中なのだ!」
【フッフフ】というのは【三掛けMENS塾】という漫画の登場人物が得意げに笑う時のパロディらしい。
「ははぁ、わかりましたわかりました。自分らで、何かの絵を描きましょうってワケですね! だったら【ネオ・ツキジ】も含めて面白いものやりましょう。前の【ツキジ】時代の仲間とかも集めますよ! いいでしょ?」
「【人集めは金集め】ってね! トーチカも便乗させてもらおーっと!」
『おいおい、俺の意向は無視してどんどん話が進んで行っているではないか!
……でも、この立場もなかなか居心地がいいなぁwwww』
そうしてユキトシはニヤニヤしながらやっとのことで食べ終わる。500円にしてはなかなかのボリュームだ。トーチカが半分残すのも無理はないなと考える。
『ああは言っていたけど本当はお腹いっぱいだったんだろうなぁw』
彼はここ数ヶ月、食事はいつも一人で食べていたので、会話しながら食事をするコツというものをすっかり忘れてしまっていた。
ユキトシは、CAWGトウキョウのときもこういうのがあったら良かったなと思った。あの時は矢継ぎ早に飛び込んでくる案件のせいか、段取りを追うので精いっぱいだったためだ。
そうしてやっと会話に合流する。
「あ〜おいしかった。トーチカさんごちそうさまでした」
「いえいえ、こちらこそ!なのだ」
密かに彼は食べている間、二人のとっちらかった話題を収束させ、自分自身の希望するオーダーをうまく伝え、かつ彼らの仕事や生活がうまく運ぶ【着地点】は何かとずーっと考えていたが、未だ光明が射すまでには至っていない。
以降のコミュニケーション量が減ってしまうものの、そのような公式を提示した後には、ぜんたいがうまく進むものだ。おのれの身は浅く思い、世、つまり自分がお世話になる社会形成がいったいなにを必要としているかを深く考えなくてはならない。
もしそれが提示できれば、仮に明日ユキトシの存在が世界から消えてしまったとしても、道はすでに彼らを照らしてゆくのだ。まだなにも計画ができていなかろうと、構想はその先も生きていくだろう。
ユキトシは、とりあえずこちらのテーマは横においといて、『トーチカが実現したいことってなんだろう?』という内容に視点を絞ってじっくり聞いてみることにした。
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