第6話 我事におゐて後悔をせず
ユキトシは予定どおり、じっくりと数日かけて書類を作成することができた。
大きな課題を周囲に投げかけると、次の自分のターンまで余裕が生まれることがわかった。研究対象の話題のVRゲームも紀尾井カスミに頼んで取り寄せ中だ。ぬかりはない。そう。社会問題になっているというVRゲーム。それは……
【ザ・フューナラル・アラート】!
葬式警報、という不吉なタイトルのゲームだった。
『しっかし……いったいどんなゲームなんだ? ビビリの俺でも遊べるのか? まあどうにか助けを借りればなんとかなるか。いざとなったらコジロウにさせてみよう』
会議によって着地点を定め、堂々と方針を宣言したユキトシは、たったいま視界が開けた思いがした。
『これまでの振り返り? 反省? そんなもん必要なときにでも参照すりゃ良いだろw なんならすっ飛ばしても差し支えないかもなwwww』
『今の俺は前の自分の延長……つまり誰かさんの期待の上にあるってわけだ』
彼が特別待遇としてリモート勤務を許されているのは、前に手掛けた仕事……すなわちCAWGトウキョウへの評価であり、これを次のステップへつなげる期待をかけられている。まずこれを自覚しなければならなかった。
その中から最大値の効果を上げられるハイライトを数点選び抜き、受けた期待を果たすにはどうしたらよいか、ありありと、しかもシンプルに想像すればいいわけだ。
『南の島のリゾートだぁ? そっちに寄せたら絶対失敗するよなw
誰だか知らんが、もし俺を動かしている【影の存在】がいたとしたら、そいつはきっと全力でダメ出しするだろうな』
「ヒントは既にあるはずだ。俯瞰して突き止めろ! そのほかのことはいらぬ!」
そう音声メモに宣言した。
「エインシェント・ワールド・ゲームスの仮想化がほんとうに達成できたかって?
そんなものどうだっていいさ。ともかく俺らはあれを活かさないと先がないんだよ。できるかできないかじゃない。やるしかないんだ」
コジロウが言っていた。
【もれなく可能性を追求したい】って。
「はぁ? 可能性の追求だぁ? そんなヘイセイ時代のやり方はもう、いまの日本では無理なんだ。世界はどんどん小さくなっていく。そんならまずはダメ元でも、新たなムーブメントをとっかかりに伸ばしていくしかないだろ」
できるなら、ユキトシはサイバーAWGトウキョウ2021の【真の仕掛人】を見つけ出したいともくろんでいた。
『そいつがもしも見つかったならば、今後の日本はもっとうまくいくに違いない。
目標を設定する難しさは、今のところなんとかクリアした。そして大きく出ることは出た、あとは数を打つしかない! さぁ見つけよう【彼】を! いや【彼女】か!?』
手掛かりというにはこころもとないが、ユキトシが今もっとも気になっているのは、ド派手な【装甲車フードトラック】と【ケバブ売りの少女】だった。
彼女にはなんというか【兆し】を感じる。連絡を取らなければならない。
あれだけの装備で営業するからには、2020sの一社だった可能性が高い。たしかリストはコジロウが持っているよな。
電話が苦手なユキトシは、先日のAOMI飲食支払い記録を検索し、メールでまず配達の問い合わせをすることにした。彼女はネオ・ツキジにターレでちょくちょく販売しに来ている。メールの返事はすぐに来た。
「メールの文面もなんだかヘンテコなんだな。……なになに【お客様のエリアの配達は週末のみでは御座いますが、これも何かの御縁でしょう。さすれば早速本日そちらへ参上つかまつります】だって?」
段取りが崩れそうになり少し困ったが、書類もひと段落していたので応対することにした。
『ターレでやってくるのか? なんかたのしみだなぁ!』
昼下がり、時間になるとターレではなく装甲フードトラックがやってきた。運転手はごついフェイスシールドを付けている。抗ウイルスキッチンカーでこの大きさは大したものだ。ケバブライスは無料サービスだといい、その代わり実はお願いもあってやってきたというのだ。ともかくユキトシは自己紹介をした。
「ケバブ、ありがとうございます。トウキョウ・2020sの調整を担当しております、ヒジリ・ユキトシと申します」
一礼し、両手でスマホをかざした。彼女側は受信用ウエアラブル端末を指輪にでも設定しているのだろう、左内手首を自身の顔の方へと返しながらスッと拳を出した。
ウイルス禍における名刺交換では、2メートルの遠隔から互いの名刺上のデータをやりとりするのだが、彼女はモニタやスマホは持っていない。しかしながら即座に名刺のデータにたいして反応したのだ。
「カスミ・ガセキのお役人様ぁ!? てっきり東京都の巡視さんだと思っていたのだ」
『巡視、という行政職は知らんぞ…… 都庁の組織はさすがに大きい』
ユキトシは目礼を返すとスマホで彼女の名刺データを確認した。
名前はトーチカで肩書きはフードエンジニア、とある。新しい職業だな。
「トーチカさん、どうやってデータを読んだのですか? 実は私ガジェット音痴なのですが興味があって」
彼は実際いつもメディアの記者が持っている録音機器や撮影のユニットなど、ついつい最新の機械を発見するたびに珍しくていろいろ質問してしまうのだ。
トーチカはアッパーカットを打つような感じで、再度逆さにした拳を真っ直ぐユキトシに差し出しながら言った。
「エヘヘ。それはですねぇ、ここのカメラから読み取って、一旦情報をサーバーに送り、情報共有する仕組みになっているのだぁ〜」
そういって右手人差し指でカメラ部を指差しながら、彼女は自慢げに小鼻を膨らました。
指し示した部分を観ると、手首に腕時計型のカメラが付いていた。風変わりな指輪に仕込んでいるカメラで読み取っているのかと思ったが、その推察は外れた。更によく観るとそこから内腕部へとスマホの画面が投影されるようだ。そしてデザインぜんたいが独特な都市迷彩で、グレーにピンクが混じっている。独自のポーズはビジネスというよりも営業用パフォーマンスという雰囲気だ。
「どうしてそんな段階を踏まなくっちゃならないのですか?
というか、すごい物々しい装備なのはなぜですか? ……キッチンカーなのに」
意味が理解できないとばかりに小首をかしげ、トーチカは質問への返答以外のことを口にした。
「そういえば、御役人殿! 御役人殿はサイバー・エインシェント・ワールド・ゲームスの責任者との情報は本当なのか!?」
「ええ、よくご存知ですね。確かに担当でした。インタビュー見たんですか?」
責任者であるか否かの点は先輩のアドバイスに従い否定しなかった。
『しかし相変わらずクセのあるしゃべり方をする娘だなぁw』
「トーチカたち、実はエキシビジョンで【ガンシューティング】と【サイバー剣術】をやっていたのだ! 御役人殿も観ていてくれたのか!?」
「えー、実を言いますと、私、個別の競技全部を把握していないんですよ」
「ぐぬぬ……!」
正直にいうと、トーチカは急速に表情が曇った。
「うちの競技って、実はサイバーAWGにデモで出ていたのだ。でも……ぜんぜんメジャーになれなかったのだ。まだまだ開発の途中でVR化に間に合わなかったらしいのだ……」
「そうだったんですか。それは残念でしたね」
「でもでも! 第一回東京eスポーツゲームスにはちゃあんと出てて、社長さんも第二回のサイバー化を呼びかけていたらしいのだ。ところでコレってトーチカが作った装備のファン・アートなのだ!」
どさくさにまぎれてうれしそうにトーチカはとつぜん衣装の自慢を始めた。
しかし、ユキトシは仕返しとばかり華麗に衣装のことはスルーをしてこう返した。
「えっ! 東京eスポーツゲームス!? なんていう会社名ですか?」
AWGトウキョウの前にもともとサイバー化を企画していたという伝説のイベントの名をトーチカは口にした。
「キョウユウ、という会社なのだ。あ、でもトーチカ実は先月バイトに正式に入ったばっかりなので、ホントは詳しくわからないのだ……」
会社名はキョウユウと名刺データの末尾に書いてある。
トーチカの衣装はどうやらサイバー剣術の装備を参考にアレンジしたコスプレらしい。紆余曲折あるものの、AWGのサイバー化につながった呼びかけ側、しかもデモ競技を提供したとなれば間違いなく2020sの一社である。
『手を組めるかもしれない。なんで今まで関与がなかったんだよ……』
するとトーチカもまるでシンクロが決まっていたかのようにこう言った。
「トーチカ実は、お弁当を売ったり届けたりすることがメインじゃなくって、……隠された重要な【忍務】があるのだぁ!ところでヒジリ殿、アフターCAWGのお仕事やっているっていうのは本当なのか? テレビで観たのだ。トーチカにも【お力添え】というのが欲しいのだぁ〜!!」
渡に船とはこのことで、ユキトシの予感はバッチリ正しかった。
『ヨウシ! いいぞいいぞ俺ちゃん! 方針を宣言しておいてよかったぜ』
ユキトシは、さしあたって彼女がどんな風に仕事をするのかを見るために、例の【社会問題となっているVRゲーム】をぶつけてみようと思った。正式に大きな何かを依頼できる相手なのかどうかをまず観るためだ。
「実はアフターAWGの進め方について、目下調査を開始したところですが、その調査に応じていただけるところを探しているんですよ」
とユキトシは言った。互いに協力、これでバーター取引ですね! みたいな展開が読めたのだ。
しかし事態は深刻な方角へと展開する。トーチカは急にパッと明るくなったかと思うとこう尋ねた。
「調査って……どのくらいのご予算なのか? トーチカも調査費用もらえるのか?」
ユキトシはハタと思い出した。
調査の協力、というのは取材の協力とは違い、コストが発生するすなわち予算を先に採っておかなくてはならないマターだってことを。
『やっべ! ぜんっぜん聞いていない! このプロジェクトの予算って!? おいくら万円でしたっけ?』
ケタからしてわからない。
『えーと、まさかゼロっていうことはなかったよ? ていうかキッチンカーで弁当を路上販売してるってことは、お金に困っているわけだから。払ってあげなくちゃあな・・・』
民間企業の言う【お力添え】とは、仕事がほしい、という意味であった。
『これまでの予算とか一切、いわゆるバックオフィスのコジロウに任せっきりで、全く見当もつかないよ〜……
どどどど……どうしよう?こんな時なんと返せばいいんだ?』
顔に出てしまったのだろうか、察したらしいトーチカは、可愛くほほえんでこう言った。
「……というのは冗談なのだ。なっはっはw その代りネオツキジの事務所の窓口をお昼だけトーチカに貸して欲しいのだw」
「あ、いいですねーそれ!」
『そういえば事務所貸し出しの許可って……どこの許可が要るんだ? えーとえーと、いやまて俺か!責任者はwwww』
「じゃ、とりあえず今日はフードトラックは先に帰ってもらって、トーチカと残りのケバブを一緒に売りさばくのだ」
ひとことも運転手と挨拶を交わさないまま、大量のケバブ弁当といっしょにトーチカを降ろし、ハデハデ装甲車はどこかへと帰ってしまった。
「トーチカはこれからターレ借りに行ってくるのだ。じゃっ!」
これからヒジリ・ユキトシは、いつの間にか調査の対価としてケバブ弁当を売る日々が始まるということになったようだ。
予算の話を上司につける方が先ではないの? と思った読者はちょっと待ってほしい。お役所において予算とは、1年も前から申請しなければ1円たりとも降りないしろものだ。その制度の形式をどうこうするのはユキトシの仕事ではないのである。
彼がやるのは【ルーチンの流れ】を変える仕事なのだ。
『にしてもターレはどこから調達してくるのだ?……じゃなくてそれはいいのだ。えぇっと、次のこっち側の段取りはどうするのか?
まずは、トーチカちゃんと懸案・VRフューナラル・アラートの攻略なのだああ〜』
すっかりトーチカ語に影響されてしまった。
実をいえばVRってやったことがまだなかった。ウェアラブル端末でのゲームはエンタメ免疫不足の彼にとってまだまだ敷居が高かったのである。
『ゲームの餅屋をもっと集めるにはどうすればいいのだ? ネオ・ツキジにはおそらく2020sの関係者は残っていないだろうし、弁当売り回ってもなんの情報収集にもならんぞおい』
帰ってくるまでにユキトシはメッセージを1件入れた。ものの5分くらいだ。
トーチカはビューンと軽快にターレを操縦しながら戻ってきた。
「よぉぉぉし! 今日も頑張って売るぞぉおお! えいっえいっ えーい!」
どこから持ってきたのだのだろう、長いものを一本背負っていた。
よくみるとそれは明らかに手作りの剣だ。何か文字が書いてある。
「いつも売り切るのにどのくらいかかります? 時間は」
「ん〜と? 1〜2時間あればおおよそ売り切れるのだ」
「週食店舗には登録してない?」
「えっとそれは〜トーチカのお店は拠点がないからできないみたいなのだ……」
「なるほど。で、ここの窓口を登録住所にしたいっていうことですか」
「えっへっへw それと『売上高実績積み』もないとダメらしいのだ」
弁当はケバブ以外にも種類があった。個数は40といったところ。
「値段はズバリ500円! 新参業者はワンコインじゃないとイロイロ言われてしまうのだ」
「ネオツキジでは販売してないものが多いんですね」
「そういうの(500円に収まるもの)をいつも選んで持ってきたので、お昼に間に合わなくってごめんなのだ……」
その時、ネオツキジで週食制度を広めるときにお世話になった海鮮丼屋の店長が事務所に入ってきた。前もってユキトシが実はメッセージで呼び出していたようだ。
「紹介します。このかたは、これからトウキョウ・トゥエニーズのアシスタント業務を依頼させていただくトーチカさんです」
「おお~かわいいっ! なにかまたワクワクしたことが始まるんですねー!
初めまして、私【丼だおれ】の店長です。よろしくお願いいたします!です」
「あ、こないだ【ウニのせほたて串】買ってくれた人! あの時はありがとうなのだ!」
そしてヒジリ・ユキトシは生まれて初めて人にものをおごる、ということを真似てみた。よく2020sの会社の人たちが立替たりおごったりしているのを見ていたので一度やってみたかったらしい。
「トーチカさん、今日のノルマはもう売れました。私が全部購入します。はい」
トウキョウ・ペイで20,000円が決済された。
「うわぁぁぁ!? やったぁ!! ヒジリ殿はお金持ちだったのだ!!」
「いや違いますよ。僕ネオツキジの皆さんにしょっちゅうおまけしてもらってたので、お返ししたいっていうことなんです」
「あらら? ヒジリさん。粋な計らいありがとうございます。です」
そういって丼だおれ店長はぺこりと頭を下げる。
弁当のカートの中から三個取り出して受付に置き、丼だおれの店長に言った。
「ところで、お願いがあるんですが、これから彼女とこの一帯のお店に、お弁当届けてもらっていいですか?
で、終わったら三人でこれ食べましょう」
「ヘイ喜んでぃ!」
店長はキリリとねじり鉢巻きをした。白衣と都市迷彩のコスプレの二人がターレの上に乗り、大騒動をしながらあたりに配り始めた。
あちこちで自己紹介だの歓声だのが起きている。
「こういう光景はCAWGではあまり見られなかったから新鮮だな……。
しかしまぁ、配るのに2時間はかかるだろうから、労働効率は結局いっしょかもなw」
そう呟くと、ユキトシはこの静かな時間を有効に使うべく、さっそく上司にメールを一本書き始めていた。
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