第4話 身をあさく思い 世をふかく思ふ
「はい、ヒラガです。おおヒジリくん? 昨日のインタビュー見たよ。相変わらず間のとりかたが悪いね」
と電話先で答えたのはヒラガ・クザブロウ議員だ。つい数週間前にいっしょにWeb飲みをやったばかりの大学の先輩で陽キャといわれる部類である。大学時代から政治家の秘書をつとめており最年少で議員に当選したすごい人だ。ヒジリ・ユキトシが入省したときにどこで調べたのか突然電話がかかってきて、それ以来怒涛の情報交換がはじまっていた。
ヒラガ・クザブロウはいつも時間におわれており、何に関しても常にはげしくて速い。ユキトシ数日分の仕事のエッセンスがギュッとつまっているのだが、ビビッドな反応を示さねば、ぷつんと途絶えてしまう。正直なところ画面を見ながら酒を飲むなんてイヤだったのだが、議員の立場からインタビューのコツを教えるのだというので仕方なくつき合ったのだった。
「僕、テレビインタビューなんて受けた覚えなんかないですよ?」
「はっはっは! 声質は惜しいけど、惜しいのはいろいろまあ他にもあるけど相手の期待する展開通りに話してるだろ? 退屈だからあんな風にビミョーにカットされるんだ」
「え、またカットですか!? 媒体はどこですか」
別ウインドウで動画が流れてきた。
確か窓口に直に取材を申し込みに来ていた女性の外国人によく似た人がいたような記憶がある。その時は確か取材届の提出を要求してから連絡が途絶えてしまった。その時の様子を誰かがスマートフォンで撮影していたのだろう。まさしく窓口に来た女性が外国のテレビ画面に映っている! そしてヒジリ・ユキトシの窓口でのボケっとしたような応対が流れており、英語の訳が下についていた。
彼女はスタッフだったのか!
「またもやられました! それ、インタビューじゃなくて取材申し込み対応です」
わはっははは。とヒラガ・クザブロウは爆笑した。
「いまどきな、照明と音声さん連れてる取材陣なんてイナイイナイ。
ターゲットをうまくひきずりだして質問に返答させる。ヤツらにしてみれば、それさえ抑えりゃ立派な取材なのさ」
「はあ、それは……たしかに、ですね」
思い返して薄目になった。
「もっとトウキョウ・2020sの責任者としての自覚を持て。人をみたら泥棒と思え!」
「ちょっw 待ってください、ぼっ僕は2020s責任者じゃありませんって」
「だってこのインタビューだとそう答えたってなってるぜ? ならその広報を利用するべきだな」
「いやいやいや待って下さいよ~! 僕、知らないところで話が進んでくのはもうウンザリなんですから……」
AWGトウキョウの嫌な思い出がまた次々に浮かんできた。
彼の中でほとんどがまだ未消化で終わっているため頭の中はいまだサーチできる状態ではない。かといってメモリは空白になっていもいない。整理する余力はない。英会話の勉強もやらなくちゃならない。またもやナイナイづくしである。
「どうせまた仕事に追われているんだろ? それじゃあダメなんだよ。
ウイルスも地震も仕事の段取りが整うまで待ってくれるわけはないんだ。わかっているよね」
「その通りです! 僕だってわかっているんですよ! どうしたらあてずっぽうとかじゃない段取りの先取りができるんですか? ヒラガ先輩っ! 教えて下さい!」
永田やコジロウに教えてもらえば良さそうなものなのに。
同じ部内においてはそうもすんなりいかないのが社会の非情の仕組みである。
「これまでの経過はいいからね。いま、今日、この瞬間、そこでヒジリくんが悩んでいるその、オオモトはなんだね?」
「言っていいですかそれを!?」
「前のめりはいい。さあなんだ? 国家の一大事か」
AWGトウキョウのときはナニがなんだかわからないうちに、周囲に問われるがまま、またはアドバイスどおりに働き難を逃れたのだが、ユキトシはこの政治家の先輩の誘導なしにいかなる対処も不可能だっただろう。どうしてせっかくのその経過から学んでこなかったのか。
「僕のつぎの調査は、IRなんです。AOMIの」
「はぁ~そうきたかぁ~ なるほどなるほど」
「でも、はっきり言いますよ? 日本には、いやいまの日本にって意味ですけどぉ。カジノなんていらなくないですか!?」
「【カジノを含む統合型リゾート】だね。また大きな期待を背負ったものだ」
「そもそもですね、永田課長はサイバー・エインシェント・ワールド・ゲームスの経済効果を日本全体に広げる仕事をするようにって僕に命じたはずなんですけど……。IRとの関連性っていったいなんなんですかね。正直さっぱりわからないんですけど?」
「いやぁ……わかってないなぁヒジリ君は。あのね、かつての剣豪曰く【身をあさく思い、世をふかく思うべし】ってね? もっと深くまで世の中を考えてみようと思わないかぃ?」
「そりゃあもう、思いますとも」
おお。ヒラガ・クザブロウ議員がよく引き合いに出す【宮本武蔵】の【独行道】が出た! そういうおぼえやすい指針はいまの彼にとって大歓迎だ。
「だったらまずは電話からweb meetsにチェンジだな」
『げっ……マジかよ。Web会議イヤなんだよな』
そう思いながらもユキトシはしぶしぶカメラを起動させた。Web会議、いまでもたまに夢でうなされるほどだ。
-〈ブィーン……メトロウェブミーツ キドウカンリョウ・・・プライバシーホジモード オン〉-
「あ~ヒジリくんヒジリくん。ヒジリくんって表情と考えてることと言葉があいかわらずバラバラなんだよw」
「ちょっとー! まだ何もしゃべってませんよ?……ていうかそれよく言われます。先輩、それってどういう意味なんでしょうか」
「【教えを素直に請う】それがキミの良さなんだ。助けを求める素直さを天然で持っているヤツは貴重だね!」
「はぁ」
「だけどね、何か月もそのポジションに甘んじられると思うなよ?
いずれキミも、野心を持って民を従い、教えを垂れて養わないといけないんだ」
『あぁ……始まったw これ前にも聞いたアレだ。二年目になったら新人を教育しなさいっていう。イヤなんだよな~ だれかに仕事を頼むのって。ますます考える時間がなくなっていくじゃないか』
「えええっ! 話大きくするのは勘弁してくださいよ~ぅ」
画面の中のヒラガ・クザブロウは目を閉じて含み笑いをし、頭をユラユラと動かした。
「ダメダメ、【現実から逃げるな、過去も未来も幻想だ】ってね。ともかくいま常にカメラを意識して! 相手がおもわず書き留めたくなるような印象的な言葉をつねに用意するんだ。なおかつ対処的になるな。マニュアルは捨てろ。俯瞰するんだフ・カ・ン」
そうはいってもいまの彼にはまだまだ難しい。ヒラガ・クザブロウ先輩とのWeb会議(というか面談の練習)はいつも見返してはメモに記録して読み返すのだがサッパリである。
「今日はあまり時間がないから結論を二点だけ言うぞ。
一つ、着地点を自ずと示せ!
二つ、話は俯瞰を意識せよ!
これがないといつもいつも身を浅く思い、そして世を深く思うことなんてできはしないからな! じゃあな! がんばれよ~」
これから、というときに頼りの問答はぷつんと切られてしまった。
『やれやれ、またしても復習が必要か。俯瞰を意識するって? 世を深く思う、とは? いったいそれのどこが日常業務とむすびつくというってんだ?
教えを垂れてどうのっつっても、なにを教わったのかすらわかりゃしないこの俺が? 誰かを指導する余裕も知識もあるわけないじゃんwww』
「あ~た〜ま〜が〜グルッグルすぅーるぅーよ〜♫ ハッw とりあえず着手届の枠だけ書いて……ラーメンだ〜ぜ〜♫」
「そーのーあーとーは、ぜんっぜんしゃべり足りなかったから、ヘッヘッへ、コジロウにWeb会議の相手役でもしてもらうとしやしょうね。うん! それがしはそれが良し」
午後の会議予約を部署のページに入れ、気を取り直してランチに出ることにした。
朝食をとるのも忘れ、そして未消化の対話のやりとりですっかりエネルギーを消耗してしまい若干頭がおかしくなってしまったからだ。
毎週月曜日は麺類の日と決まっている。
ユキトシは週食の割り当てにしたがい毎週月曜日を【麺類と定食】に指定しているのだ。朝の5時から16時までなら何時でも食べられるが、仮に急用ができて行けなくなったときは当日の朝5時まで【振替または寄付】の手続きをしなければならない。
麺類といえばいっさいの迷いもなく、いきつけの【ピーハツ軒】へと足が伸びる。
『身をあさく思え、世をふかく思うべし?
あの宮本武蔵が言ったのかぁ。
バクゼンとしすぎててどうすりゃいいのか。直に会ってお酒飲んだりすれば、先輩にくわしく教えてもらえたんだろうけどなぁ』
カウンターで週食チケットのポイントで名物【にゃんこ握り飯(笑)】を追加で注文した。
むかしから変わらないという東京醤油ラーメンをすすりながら、ユキトシは先輩が早口で教えてくれたキーワードを思い出すことにした。それを午後からのコジロウとのWeb会議リハのトピックとする。
『いいねぇ。こうして自分から何かを働きかけるのって初めてだよね。えーとまずは……』
ズズっと一口。目を中空に据える。
『インタビューとやらの中では自分がトウキョウ・2020sの責任者って感じになっているって……それマヂか? ま、帰ったら動画を見返してやるか』
『かーーー! それにしてもこのラーメン! いつ来てもおいしすぎてもう一杯食べたくなるねぇ』
スープを飲みほし残しておいたチャーシューを【にゃんこ握り飯(笑)】に乗せ、完丼完食した。
『そういや先輩は最後に結論を二つだったか教えてくれたような気がするけど……なんだっけw 短いワードすぎて忘れた。それも録画してあるからあとで見直そーwwww』
Web会議は15:00開始なのでまだ時間は十分にある。スパイスカフェでテイクアウトして次の戦の備えを整えるユキトシであった。
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