第3話 世々の道をそむくことなし

「まずは現地を見てみないことにはなんにも始まらないだろ」

 そうつぶやくとユキトシは、AOMI現地調査の「下見」調査にさっそく明日着手することをたった今決定した。

 未だみぬ冒険の世界。どんなマップなのか、どんな困難または出会いが待ち受けているか、内心非常に興奮しているようだ。統合、リゾート、インテグラ、ときた。

『感じる……感じるぞ! 何かがこの地を【統合】しようとしている……そのとき新たな世界の扉が開かれるのだ! よっしゃサッサと首謀者を引きずり出して、闇の堕天使であるこのユキトシエル様が最適解を吐き出させるとするかぁ!(ニヤニヤ)』

 そう小鼻を膨らませながら妄想に耽っているユキトシは、膨らんだ野望をより現実化するためにも、いちど現地を俯瞰したうえで、ゆっくりじっくり書類を作る企みだ。

『まるでロール・プレイング・ゲームのMapperか偵察隊のようなおもむきだな』


 彼はニヤけ顔が収まらぬまま調査日程資料のフォーマット作成に大急ぎで取りかかっていた。まさに充実至福の作業時間である。いまや日程表や地図作成を楽しんで取り掛かれる彼とて、新人時代にはさんざん苦い思いをした。はじめて作ったパワポは酷いしろもので、仮で入れておいたテキストを修整するのをウッカリ忘れて提出してしまい、おかげで大ごとになってしまったり……他にもあまたの苦い記憶があるが、それでも、もともと彼はこの裏方作業が性に合っていたようだ。

『めだたないように 生きていきたい

 まずは小さい仕事をコツコツと

 なおかつ知らない間に誰もがその成果物のおかげで、より良い暮らしができる

 そんな結果を残したい!』

 それがヒジリ・ユキトシという人物だ。

 なにも聖人君子をめざしたいわけではない。

 むしろその逆で、着実に実力でデカイものを積み上げるためにも極力めだつことを避け、そして誰にも邪魔されない、自分の欲望を満たすための【聖地】を築きたいだけなのだ。

(そんな彼の願望とは裏腹に【ヒジリ・ユキトシ】といえば今業界的にとても注目されてしまっているのは皮肉なことだ)


 ユキトシはふとネオ・ツキジを歩きつつ音声メモを起動させた。

「永田課長はCAWGトウキョウの経済効果を日本全体に広げたいという。じゃぁそれを達成するには何をどうしたらよい? ショウワの成功体験よろしくバブリーな仕掛けは絶対に避けたい。ハデなことを推してくるのは罠だ。

 あんなのはウイルス禍に巻き込まれたら今度こそ国家が破綻してしまうぞ!

 こうやってひとつひとつ計画して、堂々と着実に、責任もって仕事をやらなきゃな」


 エインシェント・ワールド・ゲームス(AWG)イン・トウキョウ2021では、ウイルスの移動を恐れて選手団は来日せず「サイバー空間で」競技と配信が実行された。

 すでに放送メディアやベンチャー企業からサイバー化のアイデアは出されたりもしていたのだが、調査提言に書かれたヒジリ・ユキトシのアイデアの白眉は、競技の「箱庭化」にあった。

 データの転送速度とサーバ負荷が懸念されていた巨大な大会だったが、おもいきったいわば人力によるミニチュア化が逆転の発想となり、予定通りに閉会式までの二週間で競技のおよそ三分の二をVR化することに成功した。

 中止の声も根強くあったにもかかわらず、全世界が大絶賛した結果を見ればひとまず大成功といえるだろう。

 選手の大半は日本に渡航することなく、測定会場からの遠隔参加となったのだが、全世界のメディアはなぜか予定通り大挙して来日した。現地リポーターとして画面に登場する彼らは仮想空間競技場×仮想生放送をすることを良しとせず、日本からの現地衛星中継にこだわったというわけなのだ。

 そして【サイバー・AWG】は称賛された。


 大規模なメディアセンターは公式には存在せず、リモート拠点を提供したのがなにを隠そうここ【ネオ・ツキジ】であった。本来であればこのあたりは選手のための【モータープール】兼【臨時キャンプ場】として機能するはずだったのだ。

『ウイルス騒ぎ以前は外国人観光客で大賑わいだったらしいけど、まったく想像もつかないなwwww』


 2020年春からのウイルス禍が発端となり、あれからガラリとトウキョウは変わってしまった。ここネオ・ツキジもご多分に漏れずシャッター街がまだ残っているものの、昔ながらのいわゆるアウターマーケットとインナーマーケットを模した、新旧入り乱れる【ネオ・イチバ】ができつつある。それはまるでこの地に遺された願いが意志を持ち、今まさに生まれいずるかのような不思議な現象をひき起こしていた。


 ユキトシはスマホに出ているチケットに記された指定の店先に立った。はやい夕飯というわけだ。

「今日は海鮮丼かぁ。じゃ週食2枚でお願いします!」

「へい! ぅらっしゃいお待ちィ!」

 しばらくするとカウンターの上に鮮やかなドンブリが。ふんだんに海の幸がキラキラしている。

「うわーあ。旨そうっすね。イクラさんお久しぶりっす!」

「ヒジリさん、今日も頑張ってますねー。奥空いてるからごゆっくりぃどうぞー!」

 みそ汁は無料サービスとのことだった。


 冬にウイルス第二派が来たせいでやっていけなくなった飲食店は、年末年始のあとレシピとスタッフを東京都に「貸与」をし、その代りに品質と価格、食料の安定供給を図った。そういったゆるやかな配給制のシステムを構築し、特区制度を働きかけたことにより彼らは救われたのだ。

 このような新形態のいわゆる【ネオ・インナーマーケット】を企画運営したのは国内外のベンチャー企業群だった。賛同した若い飲食店経営者たちも昔なじみの【ツキジ衆】へ協力を呼びかけ周囲を巻き込み、いま密かなムーブメントとなりつつあるが、これは未だ再編成の途上にあった。

 以前から【影の指揮者】がいるというウワサがあったが、どうやらこの仕掛人が本当に存在するかもしれない気がした。

『ヒラガさんは「どうやらコンピュータゲーム関係者らしい」なんて言ってたけど……』

 

「ヘイ【メトボン】! AOMIに移動はどうする?」

「ういー ますたあ いどうルート 6 件 発見したボン」


 スマホは便利このうえない。AIの【メトボン君】を起動して調べてもらうと、ここネオ・ツキジからほとんどAOMIは隣接しているようだ。

 さてさてどのルートで行こうかね。

「できるだけ、遠回りで行こう」

 AOMIはどうやらオダイバの近くにあるようだが、東京モンではないユキトシにとっては聞いたことがない地名だ。まっさらなワールド・マップというわけである。はたしてザコキャラは強いか弱いか。

『何があるかは行ってのお楽しみっ!……っと』


 翌日ユキトシは簡単な朝食をすませると、いくつかのルートの中からもっともめんどくさそうなルートを選び、都バスに乗った。


「安いよ安いよーぅ!! トーチカ特製ケバブライスだよー!」

【IR予定地AOMI】に初めて降り立ったCAWGトウキョウ担当官ユキトシの目前に、【最新鋭抗ウイルス装甲車】が現れた。

 【ケバブライス】だって?!

 弁当を売る少女が現れる。わりとあっけなく見つけたもんだ。

『おいおいw何故装甲車なんだよwwwしかも派手なあずき色とかww』


「すんませ〜ん、ケバブ・ライス下さ〜い!」

 今度は止まってくれた。

『今日はターレじゃないのね……』

「……すいません、ネオツキジの方にいましたよね。この週食券って使えます?」

 スマホをかざして尋ねた。

「あぁお客さ〜ん。向こうとここは別なのだ。ごめんなさいなのだ」

 何が別なのか問いただしたい気持ちをグッとこらえ、とりあえず言われた額をトウキョウ・ペイで支払った。ネオ・ツキジで見かけた時と同様、独特な都市迷彩の衣装をしている。ずいぶん派手だ。それとフードトラックの装甲車仕様なんて世界中探してもここにしかないんじゃなかろうか。

『いろいろと聞いてみたいが、今日は普通に食うか……ってうかケバブ・ライスどこで食べようか?』

 あたりをキョロキョロ見回していると、少女がここで食べないかと声をかけてきた。

『???? ドコ?』


 すると最新鋭抗ウイルス装甲車が横の路地に入り、ハッチバックがヴィーンと展開しカウンターが現れた。

「ぬおぉぉぉ! なんじゃコリャー? 映える映えるそして草も生えるぞ!」

 少女は荷台から降りると折りたたみ椅子をキコキコ広げている。

「あ、そこは手動なのねw」

「これね、まだ未許可だから」

『wwww』

 許可、とは運輸局だろうか。

「設置すると【道路使用許可】が要るからでしょ?」

「ぐぬぬ!? ナゼそれをぅ?」

 彼女は今日は長モノを背負っていない。声はコロコロとしていてどこかアニメっぽい。

 ケバブライスは熱々でスパイシーでキャベツがシャキシャキしていて旨い。この装甲車にしても、トーチカ、ってナニ?っていう疑問にしてもいろいろと聞いてみたいのだが、ユキトシは話を持ち掛ける、というのに実は慣れていない。ネオ・ツキジの職人や記者のようにむこうから問われればすんなり話せるのだけど。

「食後はトーチカ特製【ヨーク・コーク】がおすすめだよぅ?」

 彼女は買ってほしそうに無垢な瞳をむけるも、運悪くユキトシは混雑してきた状況に席を立とうとしていた。

『【ヨーク・コーク】ってなんだろ。気になるぜコノヤロウ』

「あ、じゃぁ折角だからテイクアウトしようかな」

 

 そうしてついついのせられて謎の飲み物【ヨーク・コーク】をトウキョウ・ペイで支払い、受け取ると近くにいるのも何やら変なので路地から出てしまう。

「あ、そうだ。この辺りにいつもいるんですか?」

 女の子は顔だけをこちらにかたむけてじっとこちらをみた。うん、という風にうなづいた。

『やばいな、こんな調子で調査は進められるのか? まさか念願の【ケバブ・ライス】に……これにしてもこのナゾの飲み物、うますぎ!

 てかあの子にいきなりAOMIで出会うなんて想定外だったな。今日は調査のための下見調査だったのでマッピングだけのハズがペース狂っちまったw』

 飲みおわりの容器をカバンにしまうと、そのあたりを撮影しはじめる。さりげなく装甲車も、な。

『ま、今日はあくまでも正式調査の下見だから、一次資料にはなるべく触らないようにしないとな』

 なんとなくだが彼女に車両を撮影させてくれと頼むといろいろ長くなりそうな予感がしたのだ。


 駅の周辺には雑居ビルや店舗はなく、向こうに大きなビルが見える。リゾートっていう雰囲気ではないことは確かだ。東京都が「統合リゾートに立候補した」というが何かの間違いではないだろうか? そう思いながら彼は音声メモを出して歩道を歩き始めた。

「某ラノベの学園都市っていう雰囲気か。それにしても人通りが少ないな。ウイルスのリスクは心配ないだろう」

「カジノって言えばキラキラした夜のイメージだけど、この辺はおそらく夜になれば静寂に包まれるんだろうね」

 日を改めて夜に調査に来てみるべきだと思った。だいたいの感じはつかめたな。

『そういえば車の行き来も少ないなぁ。一体どういう人々がこの辺りで活動しているだろう。いろいろ気になるけど、そろそろ日も暮れて来たしネオ・ツキジに帰るとするか』


 下見の報告を兼ねてその夜ユキトシはIRについて入念に調べた。

「明日ヒラガ・クザブロウ議員に連絡を取ってみたほうがよさそうだぞ」

 そうつぶやくとやっと深夜眠りについた。時刻は3:33をまわっていた。

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