第1章

冒険者ギルドで絡まれる


「やってらんねぇよ!」



 そう大声で叫びながら軽装の少年が、買取カウンターの方から冒険者ギルドの外へ走り去って行く。ギルド内にいた冒険者が一斉に少年の方へ視線を向けたが、その身なりを見て興味を失った。



「ありゃ、新人くんが薬草の買取額にご立腹したのかな?」

「もしくは、スライムかゴブリンの魔石の安さにだろうさ」



 冒険者ギルド内の酒場で昼食をとっていた木嶋 里矢と更科 莉子も、突然の大声に顔を向けはしたが、少年の装備を一瞥して、直ぐに食事を再開した。

 少年の装備は小さな木製の盾と布に巻きつけて腰に差していた短剣、それにボロ布を縫い紐を通しただけの背負い袋。どこから見ても駆け出し冒険者であり、駆け出し冒険者が買取額に不満をぶちまけるのも良くある事だった。



「やってられないって言ってたな。その言葉の意味も分からんでもないけど」

「駆け出しの受けられる依頼の報酬って宿代にもならないし、一日中薬草の採取したってその日のご飯代くらいだからねー。報酬と買取を合わせても多分銀貨一枚くらいでしょ。日本だと日給二千円いかないくらい?」



 莉子はもしゃもしゃとパンを齧りながら、一般的な駆け出し冒険者の収支事情に思いを馳せる。

 ちなみに里矢と莉子が二人で分け合って食べている、クロック鳥の香草丸焼きは銀貨五枚。莉子の理論で言うなら、駆け出し冒険者が五日間丸々働いて得る報酬と同じであった。



「冒険者業って超絶ブラックだな……。いや、冒険者ってフリーランスと言えるのか? フリーランスをブラックと呼べるのか?」

「いや、知らないし。冒険者って命を張ってる割に報酬が少ないと思うけどね」

「まぁな。金銭と比べるのはどうかと思うけど、命が安いからな、この世界。最近は特にそう思う」

「ホントだね」



 クロック鳥をナイフで切り分けながら言う里矢に、莉子も大きく頷き、二人はこの世界に来た当初の事を振り返る。


 学生だった里矢達がクラス全員で異世界にやって来て一ヶ月あまり。朝のホームルームの時に、教室の中心に突如と現れた黒い球体に全員が吸い込まれ、いつのまにか目の前に出現したある西欧風の城に混乱し、何処からともなく現れた甲冑の集団に訳もわからず連行され、されるがまま王様の御前に通されて何故か歓喜され、気が付けば城がクラス全員の滞在場所となっていた。


 ここまで説明すれば分かる通り、クラス転移というやつである。そしてこれまた分かりやすくクラス全員が未知の力を持った転移者でもあった。


 その後も自分達の待遇を巡って元老院と揉めたり、転移者の情報を知り魔導師ギルドが王城に乗り込んできたり、転移者に与えられる未知の力を悪用しようした貴族が暗躍したりと、色々なイベントがあったのだが、王族の全員が善人だったので里矢達の不利益になるような事はなかった。

 ただ、王族にも転移者に求めるものがあり、それと引き換えに身元と安全を保障されたのだが、里矢達は納得した上で受け入れていた。


 かなり、というか最初から最後まで受動的だったのだが、こればかりはしょうがないと二人は割り切っている。

 むしろ反抗的な態度を見せる者がクラス内に一人でもいたら、そのまま殺されていた可能性もあった訳で、「皆のファインプレーだな!」と担任の近藤はクラスを褒め称えていた。



「近藤先生が一番取り乱してたけどね。今でも近接訓練になると大慌てしてて、団長に笑われてるよ。なんか見てて恥ずかしくなる」



 莉子の口から出た担任の近況に、里矢は苦笑しつつ言葉を返す。



「最近会ってないけど、近藤先生は相変わらずなんだ」

「んー? 変わったっちゃ変わったかな。前みたいに人を倒す事にとやかく言わなくなったよ。それに凛達も、魔物を殺す行為に慣れたみたいだしね」

「……なんか殺伐としてんだな、そっちは」

「お給料貰ってるんだし、嫌でも割り切らないと。————ご馳走さまでした」



 骨だけになったクロック鳥に手を合わせる莉子を見て、里矢は壁の時計を確認する。冒険者ギルドにやって来てから一時間以上が過ぎていた。



「あ、やべぇ。そろそろ戻らないとネルが拗ねるかも」



 里矢は慌てて席を立ち、懐から金貨を一枚テーブルの上に置きギルドから走り去ろうとした。しかし、その腕を莉子は掴んで止める。



「なんだ、割り勘じゃなくていいから。釣りは貰ってくれていいぞ」

「金貨一枚は銀貨百枚相当。明らかに多すぎるでしょ。払っといてあげるから、金貨は返す」

「女の子に奢られるのは、男としての矜持がな……」

「そんな下らない矜持は捨てなよ。次は里矢が奢ってくれればいいだけでしょ。私だってお釣りとはいえこんな大金、貰いたくないから」

「貰っとけって。可愛い莉子にお小遣いをあげたくなったんだよ」

「キモい台詞言ってる自覚ある?」

「人の善意をキモいってなんだよ!? もうちょっとこうさ、お、お……、オーガニックに包んだ言い方は出来ないのかよ!?」

「オブラートだから! 私の台詞は無農薬野菜を使った餃子か!」



 ギャーギャーと騒ぎ始めた二人は、当然ながら冒険者の視線を集める事になった。

 二人は少し煤けた白いローブを身に纏い、フードを深く被っていた。その為に、フードに隠れた二人の顔はよく認識出来なかったが、冒険者の視線はある一点に集中していた。

 二人のテーブルの上に無造作に置かれている、鈍色に光る緑色のプレートに。


 冒険者は以来の達成状況や功績、そして実力によりランク付けされている。そのランクは八段階に色で区分されている。最低ランクは無色、最高ランクは金色というように。

 そして、ギルドはランクと同じ色のプレートを冒険者に発行している。冒険者証と呼ばれるそのプレートには、持ち主の顔写真や所属支部。冒険者としての、剣士や魔導師といった職業や、これまで行ってきた賞罰が記載されている。


 この冒険者証は、持ち主の魔力を感知して発光する性質があり、また内容の書き換えは冒険者ギルドでしか行えない。偽造が困難であり、また冒険者証の偽造は冒険者ギルドが支部を置く国で重い罪に問われるので、行う者もいない。その為に冒険者証は身分証としての信用が非常に高いのだ。


 その冒険者証が表す二人のランクは緑色。無色の冒険者が数回の依頼達成を経て得る、次のランクの色だった。実力的に無色と緑色に差はなく、中堅冒険者からすればどちらも駆け出し同様だった。



「おう、なんか景気が良さそうじゃねぇかよ、ルーキー」



 そんな駆け出しの緑色が、金貨を巡って騒いでいれば、目を付けられるのも当然なわけで。


 漫才よろしく言い合っていた里矢と莉子は、突然かけられた声に顔を向けた。そこには大男がニタニタと下卑た顔をして立っていた。

 筋骨隆々と呼ぶに相応しい鍛え抜かれた肉体。厚い胸板に割れた腹筋、丸太のように太い腕は壁を軽々と打ち抜きのは容易いだろう。

 服を着ているはずなのに、何故分かるのか? そんなもの、答えは簡単である。



「こ、こんにちわ。さ、寒くないんすか?」



 最初から着ていないのだから、仕方がない。大男は上半身裸だった。因みに今の季節は冬である。

 もしや着る服が無い程に貧乏なのかも知れないと、そうならば何故裸なのかと問うのは非常に失礼なのじゃないかと、目の前に立つ筋肉に衝撃を受けつつもそんな事を思った里矢は、そんな事を口走った。

 もう一度言うが、今の季節は真冬で、外は普通に雪が降っている。ギルド内は暖房が効いているとはいえ普通に寒い。里矢の発言からどれだけ混乱しているかが分かるというものだ。


「おぉ、寒いな。優しいなぁルーキー。優しさで泣きそうだぜ、俺はよ? 新しい服を買いたいもんだなぁ?」


 マジで服を買えない貧乏なオッサンだった! と里矢は冒険者の懐事情を嘆き、大男に同情の視線を向けた。莉子は大男に声をかけられてから目を閉じて黙りである。

 里矢のオドオドした口調と、急に黙り込んだ莉子の態度に怖気ついたと思った大男は、先程まで里矢が座っていた椅子にドカリと腰をかけ、その下卑た笑みを更に深めた。



「俺も寒いのは嫌だからよ、服を買いたいんだわ。だからよ、その優しさついでによぉ。お前らの持ってる金を全部寄越せや?」



 威圧を含ませた大男の物言いに、莉子は小刻みに震え出し、里矢は挙動不審に辺りを見渡し始めた。

 莉子は恐怖で震え、里矢は周りの冒険者に助けを求めているのだろう。そう結論つけた大男は、もうひと押しだと唇を舐めた。



「他の奴に助けを求めようったって無駄だぜ。利の無い行為は馬鹿のすることだからなぁ? お前らは人助けが出来て、俺は金が手に入る。双方幸せな簡単なことじゃねぇか。よくみりゃ女、結構いい顔してるじゃねぇか。よし、お前はこのま「ちょっと、ちょっと! これってテンプレって奴じゃない!?」……はぁっ?」



 いきなり莉子が立ち上がったので、莉子の腕を掴もうとした大男の手は空を切った。そうして意味不明な事を言い出した莉子に大男は固まる。



「おい、テンプレって何のことだよ?」

「里矢! テンプレって本当にあるんだね、私感動したよ! やっちゃっていいかな、いいよね!?」



 苛立ち混じりに莉子にかけた大男の言葉だったが、興奮した莉子は意に介さず、歓喜の表示で隣に立つ里矢の肩を揺すっていた。肩を揺すられている里矢はというと。



「あ、すいません。今、余ってる服ってあります? 古着? 全然構いませんよ。あぁ、ちょっとこの人が寒いって言うんで、さすがに可哀想で。あ、大丈夫です、ありがとうございます。金貨一枚で足ります? え? いやいや、タダで貰う訳には……。本当にタダでいいんですか?」



 隣の席で成り行きを見ていた、大男と似た背格好である銀髪の冒険者に服を譲って貰っていた。「いいものが見れそうだから」と肩を震わせ笑いを堪えている冒険者に疑問を抱きつつ、里矢は大男に向き直り、手にしていた服を大男に投げ渡した。



「いい人が服を譲ってくれましたよ。よかったっすね。……後、莉子はどうしてそんな興奮してるんだ?」

「このオッサンがカツアゲに来てやられる引き立て役だからだよ!」



 二人の物言いに、「ブハッ」っと服を譲った冒険者がとうとう堪え切れなくなり笑い声を上げた。それを皮切りに様子を見ていた他の冒険者達も、喜劇めいたやり取りに手を叩いて笑い始めた。



「……あー、このオッサン。そうだったのか」



 いきなり大笑いの渦に包まれた冒険者ギルドの状況と、莉子が今言ったこと。そして顔を真っ赤にして自分を睨んでいる大男を見て、里矢はこの大男の考えを悟った。

 里矢は肩を揺する莉子の目を見て、確認の意味を込めて言う。



「テンプレだな!」

「テンプレだよ!」

「テメェら上等じゃねぇかッッ!!」



 頷く二人に大男は怒り狂い、テーブルを力任せにぶっ叩いた。大男の腕力にテーブルは耐えられず、鈍い音を立てて真っ二つに割れた。



「あーあ、汚れるからやめてくれない?」



 辺りに飛び散る昼食の残骸から莉子は後ろに軽く飛んで避ける。ついでに宙に浮いた冒険者証もしっかりキャッチしていた。



「俺の冒険者証も救ってやってくれよ」



 里矢は昼食の残骸をモロに浴び、白いフードを汚していた。油まみれになった冒険者証を拾いながら、莉子に恨みがましく視線を向ける。



「これくらい出来るでしょうが」

「俺はどちらかと言えば魔法職だし、ネルがいなければそもそも何も出来ん!」

「偉そうに言うことじゃないからそれ。ま、その方が私がテンプレする上で都合がいいか」

「テメェら、どこまでも馬鹿にしやがってッッ!」



 里矢の情けない発言に呆れつつ、莉子は殺意を向けてくる大男に対峙した。

 二人の言うテンプレ。この場合は異世界に飛ばされた主人公が、冒険者ギルドで柄の悪い奴に絡まれ軽く撃退し、それを見ていた冒険者達に力を見せつける。といったものである。

 そこから物語は冒険者のお偉いさん方に目を掛けられるようになったり、冒険者達に畏怖の目で見られるようになったりと、色々と派生していくものだ。ただ、莉子はそれに対してあまり興味がない。前述したテンプレに憧れていた。その理由は、


『めちゃくちゃ気持ちよさそう!!』


 という、正直に言って大男に引けを取らないくらいに身勝手なものであった。



「すいません。この場合ってどこまでやっていいんですかね?」



 里矢は先程まで莉子が座っていた椅子を、服を譲ってくれた冒険者がいるテーブルまで持って行き、報復の限度を訪ねた。

 ギルド内の笑い声は収まっている。今はあちこちでどちらが勝つかといった賭けが始まり、また違った喧騒に包まれていた。



「今回は奴が害意を持って君達に近づいてきたのは、僕を含めた冒険者達が証人としてギルドに報告出来る。君達のさっきの行動は挑発行為と言えなくないけど、筋肉バカに比べりゃ可愛いもんだよ。それに、結果的に暴力を振るい始めたのもあの変態筋肉ダルマだし、殺さなきゃ大丈夫だ」

「なんかオッサンに対する呼び名がだんだんと辛辣になってる気がするけど……。分かりました。おい、聞いたか莉子。死なない程度にな」

「おーけー!」



 莉子の言葉に頷きつつ、里矢は冒険者に声をかけた。



「俺の名前は里矢っていいます。お名前をお伺いしても?」

「エストだ。別に畏まらなくていいから、そこの里矢の彼女みたいに気さくに接してくれよ」



 そう言って差し出された手を里矢は握り返した。エストの三白眼にすらっとした輪郭、そして顔に切り傷があり、床に置かれたミスリルのフルプレートと身の丈ほどある魔鋼鉄の大剣から、かなり近寄りがたい雰囲気がある。しかし、口調は穏やかで親しみやすさがあった。

 見た目通りのオッサンと全然違うなと、里矢はエストに対して失礼な感慨深さを感じていた。


「分かったよエスト。後、訂正させてくれ。俺と莉子は男女の仲じゃない。ただの幼馴染だ」

「あ、そうだったのか。恋仲とペアを組んで冒険者って奴、結構多いから。二人もてっきりそうだと思ったよ」

「やめてくれ。莉子とは絶対にないから」



 苦虫を噛み潰したような表情をする里矢に、エストは笑った。

 一方、莉子と大男はというと、



「先手は譲ってあげる。引き立て役にも見せ場くらいは作ってあげないとね」

「……それはコッチの台詞だこのアマ。お前から仕掛けて来いや」

「売られた喧嘩を買ってあげたんだから、貴方から始めるのは当然でしょ。それともか弱い女の子の私にビビって動けないの?」

「ナんだとぉ? ビビってんのはお前だろうが!?」



 などと、どういうわけか舌戦を繰り広げていた。



「なんであのオッサンは仕掛けないんだろ?」

「あの脳筋はカウンター主体の拳士職だからね。相手の動きを読んだ先に一撃を入れるのを得意としている。割と冒険者としての実力もある方なんだよ」

「そうなのか。ちなみにランクは?」

「黒色。上から三番目の上級冒険者だ。見た通り、素行の悪さが際立って評判は地の底って感じだけど」

「へー。だってよ莉子。カウンターが得意らしいから、さっさと攻撃してやれよ」

「いいのか? あの子が勝てると思ってるのかい?」

「負ける想像が付かないだけだ」



 莉子の勝利を確信している里矢に、エストはまぁそうだろうなと胸の内で頷いていた。

 エストのランクは銀色。金色に次ぐ一流の冒険者である。しかもエストは冒険者となってからずっとソロで活動し銀色まで上り詰めた、金色冒険者にも引けを取らない実力を持っていた。

 血の滲むような努力と、数多くの死線を乗り越えたエストだからこそ、自分の実力には自信があるし、自分の力量も正確に理解していた。



(そこらの冒険者と戦っても、傷ひとつ負わずに勝つ自信はある。でも、この人をひとり殺した事が無さそうな少女に斬りかかっても、勝てるイメージが全く湧かない)



 隙だらけの莉子の背中に、愛剣を手にして不意打ちをかけたとして、負けるのは自分だと安易に想像できてしまう。隙だらけなのに、全く隙がないのだ。



(逆に里矢には楽に勝てると思うが。いや、里矢の実力は緑色相応のものだろうな)



 自分を遥かに凌ぐ実力を持つ莉子と、冒険者証が示すランク相応の実力の里矢。この変な幼馴染パーティに興味が深まるエストだが、今は実力の一端が見えればと、莉子の動きに注視する事にした。

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