26話 伏兵は壁際よりほほ笑む

私をただの小娘と侮った彼等の対応の甘さに助けられながら、私は手元にある資料を広げる。


そのほとんどが手に入れた前世の記憶の恩恵により得られた知識だった。

そういう点ではあの毒は我が国を守るために私が飲むべきものだったのかもしれないとまで今なら思える。

黙り込んだ相手に思考の時間は、与えない。

このまま有利に事を運ぶのだ。



「どうなさいましたか?」


しれっと牽制をかけて、手順をしっかりと反芻する。


「・・お・・お待ちください・・。こちらの件については我々も」


慌てて取り繕うとする秘書官が知らないとそう訴えようとするのは予想がついていた。


「知らなかったとは言わせません」


「たかだか伯爵位の貴殿が随分な言葉をきくな」


グルベス公爵は口調を強めた、だがそれに屈するつもりもはない。ここは、身分など関係ない、机上の戦場だ。


「いかにあなたが隣国で公爵の地位をお持ちでも、此度の二国間の公約にはあなたは無関係です・・・ジュヴェールの名誉は既に大いに傷つけられているのですから、その対価はあってもいいでしょう?」


私の語気もわずかに荒くなったが、それでもここで引くわけにはいかない。

トンと新に条文を足した数枚の創案を渡す。


「っ!」


「あなた方が築いた砦は、全て取り壊していただけますね?」


笑みと共に差し出す紙には、彼等にとって不利と感じるであろう内容がびっしりと書きつけてある。


「これは?」


「此度婚約破棄は、全てそちらの意によるものですので・・・28年前のこのお話が本当なら、我々はあなた方にそれ相応の物を要求させていただいてもいいでしょう?」


書かれた全てが通る訳じゃない・・・でも必ず吞ませる。

吞ませてみせる。


私にはその力があるのだから。



黙り込んだレムソン側の陣営に私は、わずかながらも違和感を感じた。

なんだろうか、この嫌な予感は。


「・・・さすがですね、ラピスの名は、伊達ではない」


そう声が響いた。


その主は、目の前のテーブルにはつかず、レムソン側陣営奥、護衛騎士の中から声が聞こえた。


視線を上げると、そこにはなぜ気づかなかったと思う相手がそこに居た。


「・・・・なぜ」


何故そこに居るのですか!?


次期レムソン宰相・・・ゼスラン・ヴァーン侯爵。


私の記憶の中で要注意人物な相手だったのに・・・ゲームの中で彼がどれだけの事をしたか、私は知っていた。


私、『シルヴィア・バーミリオン』を愛し、そして彼女のためと、シルヴィアと手を組んで、主人公たちを何度もその権力と知略を使って、苦しめ、最後には、シルヴィアと共に心中を企てたあなたが・・・なぜここにいる。


ゲーム内で彼が出てくる度に厄介なイベントをこなさなければならなかった。



「・・・お久しぶりですね、バーミリオン伯。またお会いできてとても嬉しいですよ」


「っえぇ、お久しぶりですね」


詰まるな、のまれるなと自分を鼓舞する。

だがここにきてこの伏兵はないだろう・・・・反則ではないだろうか。


記憶の中の彼と、今のシルヴィアの中の彼。


パンクしそうになる思考回路をなんとかして、戻す。


「少し御痩せになられましたか?」


「・・・・このような場での女性への言葉とは思えませんが」


咎めるようにそう告げる。

私シルヴィアとわたしの記憶。


二つを合わせ持つ今の私が出来る最善を選ばないと・・。


「申し訳ありません、・・・あなたにお会いできた喜びでつい、ですが、ここにはどうもふさわしくない者が多すぎる。一度仕切り直しをしませんか?ラピス」


記憶の中で彼が目の前の彼と重なる。


「なっなにか不都合が?」


そう声をあげてくれたのは、私の隣にいたフェルメス侯だった。

彼もまた外交の場に立つ一人の戦士だ。


今、この時に仕切り直しなんてさせてたまるか。


「いえ・・・ですが、」


「ならば」


「まず、こちらの指輪が本当に我が国のレムリナか、それを確認します。フェルメス侯・・こちらに」


「・・・レムリナ石は、全て貴国でしか産出されませんでしょう?」


「えぇ、我が国だけが取扱うことになっております。レムリナはわが国の象徴たる石、王家の家紋が刻印されています。ですが・・・どうもここ最近ニセモノが出回っているという噂がありまして、その確認をかねて、そちらに献上した品もいくつかあずからせていただきたいのですが、よろしいですか?」


彼が微笑と共に告げたそれは、まさに逆転の一手だった。

御子様と同じ漆黒の髪がさらりと動きに合わせて揺れた。


アイスブルーの瞳に射す光は、冷たい。


「えっ・・」


「っ!」



動揺を隠す事が出来たかもわからない。ただ私は彼を見返す事しかできなかった。


「なにか不都合でも?」


「あ・・ぁの・・・その」


「いえ・・・それは、鑑定に必要であるという事ですか?」


そう彼に返す、動揺を面に出してはいけない。

だが、なぜこのタイミングなのだ。



「えぇ、・・・どうもレムリナがおかしな場所から流通してましてね、新に紋章を刻み直す事になりました。そのために、こちらにあるリストのモノをお借りできますか?」


よろしいでしょう?


そう彼はほほ笑む。

艶を帯びる美貌と声。この瞬間、この場は今、彼が支配してしまった。


その微笑に、彼がシルヴィアに執着する理由まで思い出してしまい、一瞬思考が白紙になったが、それでも紡ぐ事を止める事はできない。


「・・・私の一存では、決められませんがその旨は、陛下にお伝えします。ですが・・・まずこちらの要求に対する返答をお願いします。」


「それこそ、我々の一存では、・・・ですが、国境に関所を設けたのは、もう2年以上前の事です。軍の駐屯地をそこに併設したのは、1年以上前だ。」



そう・・・そうだ。

この案件について唯一の弱点。


それは、「時間」だ。



「えぇ」


「1年以上前、我がレムソンは、使者を送りました。その際・・・に」


「えっ?」



初耳です。

使者って、そんな人来ても居なければ、迎えた記憶もない。

王城にそんな使者を迎えたことなどない。


「・・お聞きしてませんか?使者として送った私の部下は、そこのダールトン様のご子息様に助けられたと言ってましたよ、奇病を患った自身を治療してくれたのだと・・・そしてその時に偶然に居合わせた第二王子に親書をお渡ししたとね・・」


「それは、本当ですか?」


「えぇ、はい、これがその証です。」



彼が差し出した、紙は、ボロボロだった。

それでもその端には見慣れたサインがあった。


「一応、そちらも了承の上で砦は築かれてます、ラピス?ご存じでしたか?」



知りません。

敵は、外でなく内にあり。




いい加減にしてっ!王子様っ!!


























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