25話 ラピスとは何か
「・・・・君のためさ」
なんて浅はか男ひとだ。ここでの互いの言葉は、全て記録として残ってしまうというのに・・。
元々このグルベス公爵は、レムソン国でも公爵家筆頭でありながら、財力以外には、あまり目立つところのない人間で、とても外交に向くような人間じゃないと記憶していた。
それでもこのタイミングでやって来たから、もしかしたらと警戒してみれば、期待外れも大概にしろっと言ってやりたい。
こんな愚策を弄するような男を、警戒していた自分が恥ずかしいと思える程だ。
何故こんな所で間者の存在をほのめかすのだと。
レムソンには何度か外交の一環で訪問した事があった。
王家が主催する夜会にも参加したが、私自身が担当する国ではないとわざと前に出過ぎないようにとふるまったのだが、どうもそれが裏目に出たらしい。
そう、これはあちらのミスだ。
私をただの小娘と侮って、この男でも事足りるとそう判断した・・・そういう事だろう。
そしてその判断をうまく利用されたのだ。
これは遠回しの叔父上からの警告だ。
フォースは全てを知ってると。
「グルベス公爵、あなたは、色々と誤解をなさっておいでですわね」
この男を、レムソンを利用して・・あの叔父上から私への、ジュヴェールへの警告。
ただしくこれを受け取った私がすべき事は、一つだ。
「誤解?」
「えぇ、私もそしてアカリ様も・・あなた方が思うものではない。まずそれだけは言わせていただきますわ」
この男の欲しいもの、レムソンの求めるもの。
それを正確に捉え、それを元に私は相手から出来るだけ多くを奪うのだ。
「・・・お話がずれましたね・・・この条件は、貴国の総意で間違いありませんね?」
確認はしっかりと・・違えぬ事を口にさせる。
「え・・・あっあぁ、そうだが」
突然に纏う空気を変えた私を訝しんだ公爵が僅かにどもりながらもそう返す。
さて・・・始めましょう。
「わかりました。こちらとしては突然の申し出ですので正式な返答にはお時間を戴きます。ですが・・・もしや此度の態々の来訪は、このためという事ですか?」
「そっそうだね」
そう公爵が応えた時、彼の横にいる秘書官が表情を曇らせた。
この男では、足りない。
それをわかっているのだろう。
「そうですか・・・わかりました。」
「なにかな?」
「・・・いいえ、こちらとしては、レムソン国の誠意を期待しておりましのに・・・残念です。」
たくさんの資料の中にうずもれたそれを、私は、そっと取り出す。
わが国の他国との交渉には必ず、外交の要の家が関わる。
そしてその家は必ず特別な役割をこなす。
「これはフェルメス家当主であるこちらのノアン・フェルメス侯が保管していた貴国との交渉の際に記録した記録文です。・・・同じものをそちらの宰相にもお渡し済みですが・・これはご覧に?」
「うん?」
「そこに書かれた内容は、全て事実、実際にあった貴国との公約条件決定の会談時にレムソンの代表としていらした次官がおっしゃった事です。」
28年以上前の日付が書かれた冊子はそれなりの厚さがある。
その中の一文を読み上げる。
「【此度条件をのんでいただき、本当に有難うございます。この公約がもしなんらかの理由で違える事になった場合、我が国は、それに報いましょう、どちらに非があろうとも。】とありますね」
「なっ!!・」
驚愕に染まる顔が私に向けられる。そう、外交とは言の葉の戦。
それを武器に事を成すこと。
「そしてこれは、3ヶ月前に貴国から送られてきた婚約解消の意志を示した書簡です。・・・我が国に非はないがと・・ここにありますね?」
一方的過ぎる内容のそれを簡単に吞める程私は優しくない。
もしも私がこれを受け取っていたなら、それこそその日に抗議を申し出るようなおそ末な内容のそれを差し出す。
もう一手。
「公爵、こちらの書簡を届けにいらした使者の方から何かお聞きになられましたか?」
原本とその写しを並べる。
その写しの方には私がここ数週間で手に言えた情報を書き足していた。
「いや」
「そうですか、・・・我々が貴国が行った、ジュヴェールへの出入国の制限を知らないと?ここ2年に渡り勝手な輸出制限を把握できないと?」
そう、3年程前からレムソンへの入国が出来ないと商人やギルドの間で問題となっていたのだ。
確かに原因不明の奇病であったし、その症状は高熱と幻覚症状。
対処療法のみで感染予防などはなかったから、その措置は間違いじゃない、ただそれがこちらに一切の了解もなく行われていたのが問題なのだ。
「それは」
「えぇ、為政者としては、妥当な判断ですわ。ただその際にこちらに一切の了解もなかった、それだけではない、なにより・・いくら自国の民を守るためとはいえ、それを盾にわが国の領土を国民を蹂躙していい訳ではない。」
「なっそんな事っ、」
公爵が言葉を濁すのは、何かあるからだ。
こんな雑魚相手に負けるつもりはないっ。
貴族として自身よりも上の地位を持つ者の言葉を遮る事はタブーだ。だが、ここでは違う。
「国境周辺にあなた方が勝手に築いた、たくさんの関門所と軍の駐屯地・・・それだけでもこちらとしてはとても見過ごす訳にはいきませんが、その内のいくつかに随分と行儀の悪い兵を置いていらっしゃるようですね」
侍女であるマリーが私の後ろから、数百の紙の束を恭しく彼等の前に出す。
「城にまで上がってきた被害届はこの3年で数百件になります。こちらはその一部です・・・どうぞご覧になってくださいませ」
マリーが置いた書類に目を通す男の顔はだんだんと色を悪くしていった。
「それが全て我が国の落ち度だと?」
「・・違うと言われますの?」
問いを問いで返す。
「貴国がお持ちになったこの書簡にはいくつかの間違いがございました。その説明をさせていただきますわ・・・・まず、」
「待てっ・・・」
「レムソンは不可侵条約を違えたっ・・・違います?」
そう、あなた方はまず、我々の出方を見るべきだった。
それを何も知らない素人を持ってきて、私という特殊な駒を手に入れ、あまつさえ御子様さえ手中に収めようと無駄な画策をしたのが仇になったのだ。
「違いますっ!!これらは」
「あなた方がこの書簡を我が国に届けたのが三か月程前です・・・そしてフェルメス家を通して我々はこの3年、再三に要請をさせていただきました。その応えがコレとは、随分ですわね?」
なんとか反論しようとしているのは、公爵の横に控えていた秘書官だ。
先ほどまでは、ほぼ公爵の影に隠れていた彼がやっと出て来た。
「こちらとて、対策はとっていました、ですが」
「えぇ、私の知るかぎりは、あまり意味をなさないものでしたが」
「バーミリオンっ言葉が過ぎると思うが」
何故ここで出てくる。神官長【ばか】の息子っ!
邪魔だ。
私達の戦に突然入ってくるなっ・・・誰のせいでこんなくだらない後始末をしていると思っているんだ。
私の視線だけでマリーがダールトン・ミカエルに近づき彼の傍に立った。
次に何か言えば、彼女がどうにかしてくれるだろう。
「根拠のないまだ憶測の域を出ない瘴気の脅威をあなた方は、利用した。国境周囲に建てられた要塞は、我がジュヴェールへの宣戦布告ととらえてもよろしいでしょうか?」
「そんなっ・・・ただ我々は、これ以上の被害者を増やさないために軍を」
「軍?国境周辺の村を強襲し、物資調達だと蹂躙する人間達が?」
「その者たちがレムソンの軍属であると本当に」
「確認が取れております・・・その証拠をここに」
私の横に座ったままだった秘書官が運ばれてきた、侍女がもつ銀の盆を受け取り彼等の前に置いた。
「貴国の軍に属するものが必ず持たされる証・・・レムリナ石の埋め込まれた指輪・・・確かめて下さい。」
差し出したそれを確認し固まる公爵。
顔色を悪くする秘書官。
後ろに着いている護衛の兵も同じく顔をこわばらせていた。
私の戦はまだ始まったばかり。
ラピスの石が持つ意味。
その内に試練がある・・・持つものに試練を与えるもの。
輝石になどならなくていい。
「先に公約を破ったのはそちらです。」
試練の時ですよ?グルベス公爵・・・。
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