19話 暇は命に関わる

揺れる視界の中央、美しい横顔をこんなに近くに見る機会は、今までになかった。

互いの息遣いさえ聞こえる距離、不安定過ぎる体勢のままに運ばれて行く。


こんな時になんだが、この体勢がヤバい。

相手に必要以上近づかないようにするために腕の力を駆使する。

うん、流石ペンより重いものは持たなかった令嬢。

力がないにもほどがある。


過去の私とシルヴィアの記憶でもお姫様だっこの経験なんて一度もないのだ、とてもじゃないが平然とはしていられなかった。


「っル・・ルクス様! 降ろして下さいっ」


「それは出来ない相談だ」


相談じゃなく懇願です。何を考えてこんな事をされているのかが分からない。

とにかくどうにかしないといけないのに、それが出来ない。

笑顔ってこんなに迫力のあるものなんですね。


リネン室を出て、城内を人間一人を抱えているとは思えない足取りで、ぐんぐんと進むルクス王子に慌ててついて来てくれる近衛兵の方々。


誰一人として私を助けてくれないのは何故ですか?

王子の後ろについて来る近衛と侍従さんに助けてと目線を送ってもガン無視です。


「あの・・ル・・ルクス様」


「いい子にね」


私は赤ちゃんかっ!!こんな風に運ばれる理由が分からない今、目立つ行動は控えたい。


しかも一番の問題は、私は元第二王子の婚約者なのだ。


私を入れて総勢5人の人間がわらわらと廊下を進んでいく。


現在自分がどんな立場なのかもはっきりしないのに、そんな時に第一王子の腕に抱き上げられ、運ばれるなんて、口さがない者たちの格好の餌食となってしまう。


「私は、歩けますっ!」


「知ってるよ・・ほら、もう着いた」



その言葉に慌てて視線を巡らせると、そこには医務室の扉があった。そして何も言わなくても近衛兵の一人が扉を開けてくれる。


独特の消毒液の臭いがして、そのまま私は医務室へ入った。


常駐している筈の医務官と治療師を探したが、その姿が見えなかった。

疑問に思った私の思考をよんだらしい王子が応えてくれる。


「医務官には、今父上と母上を見てもらっている。」


「えっ・・」


「そう心配しなくていいよ、長い間床に臥せていらしたから、少し疲れやすい見たいでね」


そうだ、陛下もそして王妃様もあの忌まわしい奇病を患われて、1年近くをベッドで過ごす事になったのだ。


そして私、いやシルヴィアの父は、その奇病の犠牲者でもある。


「疲れ、あのもしものためにアカリ様に」


「いや、・・・・それは出来なくなった」


「えっ!もしやアカリ様になにか」


「違うよ、・・とにかく、君に必要なのは休養だ。」



そう言われて、部屋の奥に置かれた簡易ベッドに優しく降ろされる。


抱き上げられて乱れた服を整えながら、様子を伺えば後ろの近衛さんたちに何かの指示を出している王子に目で大人しくしろと言われた。


それでも、やっと息を吐けた。地面と適度な距離って大切ですよね。


「・・あの休養なら」


「君が政務に戻ると言ってくれて、本当に感謝してるんだ。でもね、いくらなんでも戻ったその日から1週間休みなく、そしてここ3日は、不眠不休って普通なら倒れるようなやり方は認めないよ」


「それは」


まぁ、この世界には労働基準なんてない。

だがとてもそんな事を言っていられないのが現状なのも確かだ。

ほっておいたら国が亡びそうなのだから。


「ダールトンの私財は全て国が管理する事になった・・いままで神官庁がアカリ様の御威光を使って集めたお布施もだ、国庫からの無駄な支援も全て打ち切りにした」


「それは、随分と思い切りましたね」


元々神事を取り締まる家への干渉は王でも躊躇するものだ。

国民にとって信仰する神に仕える家を虐げる王は、信用が失われるものだからだ。


「・・・ダールトンを拘束する手もあったが」


「止めてください。」


「わかってるよ、アカリ様のためにもそれだけは、やめておいたが・・何か動きがあれば容赦はしない」


「ですが、それではアカリ様をお守りできませんよ」


そう、彼女を守るための盾がないのだ。

彼女がこの世界に召喚された直後から、神官庁が彼女を守ってきた。


彼女は、ただ一人の救世主、奇病を患った者達にとって、ただ一つの希望であったのだ。

彼女だけが病を治癒させることができる。


万を超える罹患者を救うために奔走し、そしてその根源を断つために己の世界を捨てる事になった16歳の女の子。


それを神聖化する事で神官庁は彼女を守ろうとした。ただそれがあまりにも極端過ぎたのだ。


「わかってる、今彼女の新な後見人を探してるんだ」


本来なら王家がその役目を負う筈だったが、色々と問題が起きてしまった。

第二王子と神官庁の暴走だ。


彼女がいくら、光の巫女としての力を有していても、やはり16歳の少女であると彼等はわかっていない。

いや、一部の人間は、わかっていて利用したのかもしれないが。


「・・・バカ共に踊らされた結果、彼女がどんな末路を辿るかなんて火を見るより明らかでしたのに・・お役に立てず申し訳ありませんでした。」


「それは、君のせいじゃない・・僕の愚弟のせいだ。」


「愚弟ですか・・随分と手厳しくなりましたね、ルクス様」


昔から弟には甘かったルクス様らしくない言葉にびっくりしているとそっと額に手を置かれた。

温かい光がその手に灯る。魔法だ。ゆっくりと広がる熱が私を包む。

酷使続けた視神経が癒されていく。熱を籠ったままだった頭がすっと冷えた。


「間違えたのは、確かだ・・・でどう?少しは楽かな?」


「はい・・そういえば、治療師は?」


「あぁ、僕が今日の担当だ」


「えっ?」


いやいや、なぜに王子が城の治療師として仕事を?


「城に常駐していた治療師3人のうち1人は僕と代わった。結局は城へずっと居るんだから僕であろうと彼であろうと変わらないだろう」



変わりますよ、王子。

貴方には見えてないだろうが、後ろにいる近衛兵たちが一斉に大きなため息を吐いてるのが私だけにはしっかり見えてます。

どこの世界に自国の王子に体調不良を診断されたいというのか。


「それは、あまり」


「腕は劣るかもだけど、浄化は得意だし」


丁度いいだろうと続けられるともう、なにも言えなかった。


というよりも先ほどから掛けられている魔法がだんだんと私の正常な思考を揺るがしている気がする。



ヒーリングで書類作業により凝り固まった肩がほぐれて、ごくわずかにだがあった頭痛が治まっていく。政務の手伝いをさせてもらえるように、陛下に申し出たのは、私のわがままだった。

しかも今までの部署ではなく財務庁の中に組み込ませてほしいと願った。


既に国外に逃亡・・いや避難をしていらした貴族たちも続々と戻ってきてはいる。


少しずつこの国は以前の平和なジュヴェールへと戻ろうとしているのだ、私もまた、新に動くべきなのだとも思う。


「ありがとうございます・・・もうだいじょう・・・ぶ」



あれ・・・これって本当にヒーリングなの。


ものすごい睡魔が急激に押し寄せてきた。揺れる頭をなんとか正し、背筋に力を込める。


「お疲れ様。・・・眠いかい?」


優しい声が耳もそして疲れた心までも慰撫する。


どうしてかな、毎日こんな風に優しい声を聞けたら幸せだと思うのに・・私は、もうこの人に会う事も、声を聞く事も出来なくなるのだ。


額から離れるぬくもりを惜しく思いながらもやっとの事で目を開けている。



「君には領地での静養を言い渡す・・・」


おっと・・・突然に暇を言い渡された。


「えっ・・」


「このまま城に居たら、君は過労死する」


ちょっとまって、お兄さん。間違った、王子様。


「あの・・・」


「ダールトンを抑える事で何が起きるか、大体は予想がついてる。・・・・君を巻き込みたくないし」


ちょっと・・・何をする気ですか?

内政を引き継ぎながら、何を知って何をするつもりなの。


「王子?」


「ちょっとだけ、時間をくれるかな?」


ふんわりと、優しく肩を押された。


そのままベッドへと倒される体、ギシという音と共に沈み込んだ体がマットレスに受け止められた。



「今日は、もうお休みだ。・・・治療師の言う事は聞いてね・・・後でジェインを寄越すから彼にセレネス領へ送ってもらってくれ」



子供にするように、額に口付けを送られた私は、ただただ茫然とその美しい顔を見返す事しかできなかった。


お暇は、突然にやってくる。




















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