レムソン国
第18 事件はリネン室にて
「今すぐ、各省庁に伝令をお願い。私が居なかった間に起きた、いえ・・変化した全ての事項をまとめて報告するように伝えてっ!期限は今日の夜8時で」
侍女たちが優雅な礼を省略し、リネン室の扉を小走りに出ていく。
「無理ですよ、伯爵」
「そうですよ・・・」
「うん」
「あなた達、少し黙ってて。後泣き言はやってから。書類の整理は東塔担当の侍女たちにお願いしてる。あの紙の山を整理する仕事をわざわざお願いしてるのよ。しかも通常業務と並行して・・あなた達もそれに加わってくれるのかしら?」
「いやっす」
「あれって捨てたらダメなんすか?」
「まだあったんだ」
私の前にはつい3か月前と同じ面子が揃っていた。
まぁ、主に私の部下だった事務官たちだ。
そして私が毒を飲まされたと聞いて勝手に仕事をボイコットしたアホっ子たちで、上からサムウェル・フール、カイン・ローズ、レイモンド・リデアとなる。
年齢は、22歳と15歳と33歳とかなりの幅があるが彼等全員がシルヴィアが他の部署から引き抜いた面々だった。ちなみにサムウェルは、平民出身、カインはローズ準男爵家の次男、レイモンドは、元々近衛騎士団直属の衛生兵。
「サム、カイン、レイモンド・・・・明日にはクィルス、ゼルもここに戻ってくる。いい?こんな状況になったのに国が無事なのは何故だと思うの?」
「・・・・モーデル様のおかげですかね」
「奇跡とか?」
「・・・わかりません」
三者三様の応えを返してくる彼等に私は厭きれながらも応えた。
ちなみに上からサム、カイン、レイモンドの順だ。
「確かにモーデル様のおかげもあるけど、この国の元々持つ力が王子達の無茶をどうにか出来たのよ。恐ろしい事に・・・とにかく一度神官庁とはいろいろと・・本当に色々とお話をしなければならないだろうから、その準備のためにもあなた達にはしっかりしてもらわないと・・・」
がっくりと肩を落とした彼等に私はそう告げて、目の前の書類に目を通す。
城の維持費に関する内容だが、城壁の舗装についてのものが、明らかにおかしな内容に頭を抱えそうになった。
何故かしら・・・このゼロが二つ多いのは?
見積もりの項目に“アカリ様の薬草園”とあった。
なぜ城壁の上に薬草園を作る?・・・管理が異様に難しいと思うのだけど。
これは一度差し止めて置く必要がある。
次は、王家所有の土地に新にアカリ様専用の・・・うん。却下。
読まなくてもいいな・・これ。
そしていくつかの王室御用達の仕立て師、装蹄師・・うん・・以下略。
ほとんどが、報告書の体をした王子への苦情だった。
読み進めて行くうちに、逆にこちらが涙したくなる内容が多い。
「・・・報告書の書式をもう一度勉強して」
知ってるから、大変なのも理解できないのも・・・それをわざわざ丁寧な言葉で書き綴つづらなくていいのに・・丁寧過ぎる内容が無駄に紙を消費している。
「あの伯爵ー」
「なに?」
「いや、その、・・なんか・・・伯爵ーーー」
書類から一切目を離さずにサムの言葉を待っていれば、歯切れの悪さにイライラしてつい顔をあげていた。
「サムちゃんと主語を・・・・・・っ!!」
アレ?幻かしら、そう思いたいが・・・出来なかった。
真正面には、紙の山・・その合間に見えるのは、この国の第一王子様。
叫ばなかった自分に拍手を送りながら、まず立ち上がって王子に挨拶をと椅子を引いた瞬間。
「座れ」
と一言で私を制した。
「・・そう、そのまま・・・君たちも自分の仕事を続けてくれ」
美形の笑顔って・・迫力があり過ぎませんか。
そして相変わらず素敵ボイス。
「ルクス王子・・このような場所にどうして?」
「そうだね、僕もまさかここまでとは思わなかったよ」
あぁ、この惨状をみればねぇ。
既に7日はこの(仮)執務室で過ごしている私にとって、惨状を日常に感じて来てしまっているのが哀しい。
このリネン室の扉は、第二執務室同様に開いたままになっていた。
その方が効率がいいからだ。
でもできれば先に前触れは欲しかったなぁ。
ちなみにサムには、主に経理関係に関する数字を見直させていて、カインは主に外務に関与するものを、そしてレイモンドは、軍部からの報告書を見てもらっていた。
とても一国の王子を出迎える場所とは言えない。
「申し訳ございません。もう少しだけでお時間をいただければ・・」
「違う・・・この部屋じゃないよ」
「なにか、お気に障ることが?」
「そういう訳じゃないが・・」
現在、溜りに溜まった公務をハークライト様から引き継いでお一人で担っていらっしゃるのがルクス様だ。
何か問題が起きたのか、それとも・・・。
「あの・・・まさかまた、ハークライト様が?」
数ヶ月前の悪夢を思い出し、ハークライト様の事をつい上げてしまった。
仮にも王族の彼に不敬だが、それまでの彼の行動が酷すぎるため許してほしい。
「・・・あのバカは謹慎中だ。知ってるだろう?」
「はい、いえその・・・」
おっと間違ってバカも一緒に肯定しそうになっちゃったよ。そりゃあ、ここ3日程ほぼ不眠不休ですからこれも許してください。
一応体はバラ水で拭いてあるけど髪まではどうしようもなく・・髪の脂が酷いし・・・うん、乙女としてどうなのだろうか。
そんな姿でこの国の王子様の前に居る事も十分問題だとも思うけど。
「ハークライト様ではないとすると・・・アカリ様ですか?」
ハークライト様ではないらしい。確かに現在彼には監視付きでの謹慎が目の前の人から言い渡されていた。
ただ、私が心配だったのでアカリ様にお願いして日に一度彼の様子を見に行ってもらっている。
「いいや、君だ」
「・・・・きみ?」
「シ・ル・ヴィ・ア」
そんな素敵ボイスで名を呼ばないでください、寝不足でそのまま興奮のままに倒れる可能性だってあるのだ。
って待って私?・・おい、なにか間違ったことをしたのだろうか。ここ最近の自分の仕事を思い出す。
いや、書類作業しかしてないけど。
受理した書類の中に何か重大なミスでもあったのだろうか?
記憶を必死に手繰るが思いつかない。
内心でぐるぐると荒れ狂う。
「なにか不備がありましたか?」
自分の知らない内に何かのミスがあったのかもしれない。最終確認を怠ったつもりはなかったが、もしやとんでもない見落としがあったとか。
冷や汗が背中をつたう。
「・・・君が休まない」
「・・・やすむ?」
迫力満点の笑みが緩み、憂いを帯びる瞳に私が映し出された。
なにも脈絡もなく彼の手が私に伸ばされた。
突然の暴挙に固まってしまった。・・剣技はお得意ではないが、それでも固い剣だこがある彼の手が頬に触れた。
「っ!!」
未婚のいや・・まず第二王子の婚約者である私は、誰かにこんなに気安く触れられたことなどなかった。
息が止まったのに、心臓が痛いぐらいに激しく動く。
振り払うことも出来ずに彼を見返す。
つーと硬いがそれでも温かい指が私の目の下を撫でる。
「クマ・・・」
「っ王子!?」
周りの3人も固まっている。
私も、一瞬なにがなんだかわからなかった。
「・・マリーや他の侍女からも報告があがったんだ」
「なんのですか?」
「君が休息の時間を取ってないって・・・おいで。これは命令だ」
なんだろう・・・急に。
今までこんな風にされた記憶がない。恋人でもない人間が、というかまず淑女の頬に触れるなど婚約者であったとしても許されるものではない。
彼がシルヴィアに親しげに話す時、必ず第三者が居た。
決して二人っきりならないそして必要以上に近くには居なかったのだ、まるで一枚のガラスがそこにあるように。
それが私に、第二王子の婚約者である私への距離なのだと・・幼心に寂しさを覚えた事も記憶している。
「どう・・したの・・ですか?」
そう口にしてしまう。
「どうも?・・悪いがもう時間切れだ」
コツリと音がした。茫然としているうちに引いたままの椅子から腕を引かれてその場に立たされた。
「えっ・・ルクス様?」
なにが起きているのかわからなかった、狭い部屋だから私たちの周りにはあまり空間はない。
ルクス王子がすぐ横に立ったと思ったら、世界がぐるりと回った。
視界にあるのはリネン室の天井。
「ふぃえあっ!」
驚きに声があがった、とても淑女らしくない声だがしょうがない。
「っ!!」
不安定な体勢につい体が硬直して目の前の肩に腕が伸びてしまった。
「いい子だ」
「っ!!」
すっごい声が耳をっ!誰かっ助けて!!
誰だ、こんな危険物を自由にさせてるのわっ!!現在私は王子様に正真正銘のお姫様だっこをされていた。
シルヴィアの体型がほっそりだから出来る芸当だ。初めての体勢にどうしたらいいのか迷いながら、とにかく落ち着けと数度深呼吸をする。
落ち着いて・・・・。
「君たちはこのまま作業を続けてくれ、バーミリオン伯を医務室へ運ぶから」
「王子っ!」
「いい子にしててね」
美形は罪です、美声は・・・神です。間違った。
反論しようとする度にその素敵ボイスに邪魔されて、出来ない。
「・・・君は十分頑張ったよ、今度は僕の番だ」
決意表明はありがたい。
でもなんでこんな事になってるんですかっ!
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