第17話断罪する剣

ヴァンから届けられた文には、"第4演習場にて待っている"と一言だけが書かれていた。

それが誰の筆跡なのかは、すぐにわかった。


兄上だ。



幼い頃、よく兵士たちにまざり剣の稽古をつけてもらっていた俺達は、騎士団長から第4演習場を特別に解放してもらっていたのだ。


あの頃から、兄上は、剣技よりも魔法に優れていらっしゃった。

そして俺は、魔法よりも剣技を得意としていて・・2人で稽古をする時は互いの苦手な分野を互いに教え合っていた。


既に夜の帳が下りて随分と経ってしまったが、それでも兄上がこの城に戻って来たのならすぐにでも出迎えたかった。


ほぼ走るような速さで進む俺に、何事かと近衛兵の何人かがついて来ようとするのを止めて、一人で向かった。

それが俺達二人のルールだからだ。


やっとたどり着いた第4演習場には灯りが灯っている。

円形の闘技場が二つある、その片方の中心にたった一人立つ影が見えた。

本当に久しぶりだ、旅の途中アカリを暴漢から助けてもらった日から直接に話す事もできなかった。

俺がこの城に戻って、本当に久方ぶりにお会いするのだ。


「兄上っ」


俺の声に気づいてこちらを見る兄上の様子が、いつもと違うと気付いた。

いや、久しぶりだからなのか・・。


「兄上?」


ザッと足元の砂を踏みながら進む。円の中心に佇む兄が俺を見る瞳に気圧され、後数メートルの距離が進めなかった。


「・・久しぶりだな、ハークライト」


「・・・はい」





誰も居ない演習場に響く兄上の声はどこまでの冷淡な響きを持っていた。


「随分と逞しくなったようだ」


ここ半年、政務の合間をぬってそれなりに鍛錬も続けてきたのでそう褒められて嬉しい気持ちと何故兄がこんな冷たい目を俺に向けるのかわからず戸惑ってしまう。


「はい・・兄上も・・息災で、なにより」


「・・・ハークライト・・」


「はいっ!」


「昔、ここで僕と一緒に鍛錬をした事、覚えているか?」


「覚えてますよ、だから一人で来たんですから」


幼い頃、騎士団長を驚かそうと内緒で二人でここに通った。


「そうだな」


「あの・・兄上なにかお気に障ることでもっお」


続く言葉は、俺に投げられた一本の模擬刀によって遮られた。反射的に掴んだそれ。


兄上の左手にも握られている。


「久しぶりに一手交えるか?」


「えっ・・でも」


「お前がどれほど強くなったのか、僕に見せてみろっ!! 」


言葉も終わらぬうちに兄上は土を蹴って俺の目の前に迫ったっ!


「ちょ!兄」


「はあああああっ!」


「っぐ」


第一撃をなんとか受け止めたが体重ののった重い一撃に腕が痺れた。


ぎぎぎと嫌な音をたてる模擬刀のツバ。


力比べなら負けないと思っていたのに、兄上に押されている・・軸足から体重移動をして、片足で蹴りを上段に。


だがそれを予測していたらしい、一歩早く離れる体がしなやかに俺の蹴りを躱す。


それでも体制を整える事が出来た、下段から切り上げようとして、刃がななめからの斬撃に負けた。


突きに加えて体術も組み入れる。肘と膝蹴りを続けるがそれもまた素早い動きと適格な防御によりダメージを与えられない。


「はっ」


「くそっ!いっ!!」


なぜだろう、いままで何度も兄上とは試合をしてきたのに、今はまるで別人と試合をしているようにも感じる。


「遅いっ!・・・間合いが広すぎるっ!」


間合いをまるですり抜けるように懐に入る相手になんとか半歩逃げたが左わきに一撃をくらった。


「あぐっ!」


剣の柄で殴られた・・本気の一撃だ。衝撃で体もそのまま横に跳んだが倒れるのだけは、防ぐ。


「それでは、遅いっといってるんだっ!!」


そのまま続けて、蹴りが飛んでくるのをなんとか避けると斬撃が上段からくる。


それを剣で受け、次はこっちが左足を狙えばと・・そこまで思考を巡らせた俺の前にはもう兄が居なかった。


視界から相手が消えたと思った瞬間に下から殺気がして、何も考えずに飛び退った。


とんでもない痛みと衝撃が左足を襲った、その場に跪く事になったが、まだやれると顔を上げた時・・俺の首には既に模擬刀の冷たい感触があった。


「っ・・あ・・負け・・」


無表情だった。・・いつもの優しい笑みでも、しょうがないと呆れてる顔でもなくて・・。


「・・・・ハークライト・・失望したよ」


「えっ・・」


「お前がバーミリオン伯を投獄したと聞いた時、なんの間違いかと思った」


淡々と声が響く。俺の乱れた息遣いがやけに耳障りだ。


「兄・・上・・」


「お前が光の巫女を連れ、旅に出た時・・お前の成長を嬉しく思った。国を思い自身で考え動く事が出来るようになったんだと」


「・・・・・」


「だがな」


「っ兄」


「黙れ・・・お前の弁明は後で聞く。・・・・アカリ様がどんな立場に立たれているのか、本当にわかっているのか?お前が何をしなかったか知っているか?・・今、国がどんな状態かその目で見てきたのではないのかっ!!」


兄上の声が広い演習場に響き渡る。


「・・・何のための王家だっ・・・国民を思うならお前が王子であると自覚を持てっ!そう教えてきた筈だっ!」


「・・・」


「お前が背負うべきものを背負い、何とか国を守った婚約者にお前がした仕打ちに僕がどれだけ失望したと思う?その言葉、行動一つがどれだけの影響を持つのかっ・・少しはっ考えろおおおお」


最後の叫びと共に俺の右頬に思いっきり拳がとんできた。


「ぐっ」


脳までも揺れるような衝撃が頬というより頭を襲った。痛いというよりも熱いっ!!


ズザザザザャっ!体がそのまま数メートル横にふっとんだ。土煙が上がる。


口の中を切ったらしい、血の味がする。


「・・バーミリオン家がどんな家か、お前も知らない訳じゃないだろう・・・たとえお前がアカリ様を愛していても、やり方があった筈だ」


「っちが」


俺は、ただアカリを守りたかっただけなんだ。

決して私欲でシルヴィアを投獄したんじゃない。


「違わないんだ!お前の言動、行動の中に僅かであったとしても彼女を邪険に思うものがあったんだよ・・・それが何を生んだ?」


「・・」


「もしもフォースからこの首を差し出せと言われれば・・・俺は受け入れるぞ」


「なにを言って!」


「この国に、戦火を耐えうる力はない・・・そしてなにより、お前がバーミリオンに・・・シルヴィアにした仕打ちに償える方法もない」


兄上は何を言っているんだろう。何がどうして、戦争なんて話をしているんだ。


確かに、シルヴィアは、フォース国の宰相の姪だ。だが、それでもバーミリオン伯爵の娘で我が国の伯爵位を持った人間だ。


「なぜ、そんな」


「・・言われないとわからないのか?」


「・・・」


「・・・我が国とフォースは、長年にわたり友好関係を築いてこれた・・だがな、その両国の関係を繋ぎ止めていたのがバーミリオンの家だ。だからこそ父上は、お前とシルヴィの婚約を急いた。・・フォースとの同盟の足が掛かりにな」


「・・同盟」


「レムソンもな・・・ボルテール帝国への牽制をかねていた」


ボルテールとは、ジュヴェールとは隣接していないが近年急激に国力をあげている国だ、我が国の4分の1程しか国土を持たない小さな国だ。


そんな国にたいして、牽制。全く意味がわからない・・ただ、俺がしてしまった事の重大さだけはわかった。


「っ兄上・・俺・・どうしたら」


「・・・・」


狼狽える俺の傍に兄上が持ったままだった模擬刀が投げだされた。

カランという音が虚しく響く。


「・・・お前の王位継承権は剥奪になる。」


「えっ・・」


「アカリ様を守りたいなら・・・お前が何をすべきかよく考えろ。」


王子でなくなる俺になにが・・・。


「僕にも劣るその剣でなにが守れるか・・僕にはわからないがな・・・しばらく謹慎していろ」


去っていくその背がとても遠くに感じた。














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