第10話 第二王子の後悔

俺がシルヴィアを投獄して間もなく、内務もそして政務も全てが立ち行かなくなった。


それでもダールトンやガイルの他にも俺を支持してくれる貴族たちと大臣の力でなんとか政務も公務も両立しはじめた時・・・事件が起きた。

地下牢で軟禁中のシルヴィアが、何者かに毒を飲まされて瀕死の状態という恐ろしい情報を持って来てくれたのは、俺達が旅にでる時に、父上が護衛としてつけてくれた隠密だった。


「もう一度頼む・・・」


「ですから、あんたの婚約者が死にかけてますって」


「ヴァンっ!」


「俺に怒鳴ってもしゃーないしょ?」


「っくそ!!何が起きてるんだっ・・」


「今、何とか宮廷医たちが彼女を救おうと地下牢に居ますよ」


「何故治療師をいかせないっ!」


俺の言葉に肩を上げて、はっ?とヴァンが笑った。

主である俺に随分な態度だが、それがヴァンであるため俺は、その先を待った。


「あんたねぇ・・元々シルヴィア様を光の巫女様への傷害容疑と他国への内通容疑で投獄したのはお前だろう!」


「それはっ・・・間違いだったかも・・・とだから・・今こうして嘆願書を受理するために署名を」


旅の途中では、俺の間違いをすぐに指摘して、俺を前にまっすぐに意見を言ってくれたヴァンが今回は、まるで違った。

俺がシルヴィアを投獄するとそう告げた後から一度として俺の前に現れなかったくせに・・なんで今になってそんな風に俺を責めるんだよ。


「本当、バカだなあんた。この国をずっと守ってくれていた婚約者をあんたは労いの言葉一つなく、切り捨てたんだ。自分の惚れた女のためにボロボロになるまで使っておいてさ」


「そんなことっ!俺はただアカリを守りたかっただけで・・」


「知ってると思うがな、お前が既に裁判さえ終わらせてしまっているからだ。・・彼女は既に治療師の治療を受けられない身になっているんだよ」


そう、この国では投獄中の人間へ治療を施すのは治療師ではなく医師のみとなっている。

魔法を使える治療師が罪人を逃がさないようにそしてなによりも魔法によって殺されないように、この国では罪人は治療師の治療を受けられなかった。



「・・なら俺の権限でっ」


「ふざけんなっ!!この国の王子が国法を軽んじるなっ」


その叫びと共に、殴られた。

頬と頭蓋に走る衝撃があまりに強く、そのまま勢いを殺せずに俺は吹っ飛んだ。傍にあった本棚にぶつかった俺に、ダメ押しとばかりに分厚い本たちが襲いかかった。


数十の衝撃に耐えてなんとか上を向けば今まで見たこともない表情をしたヴァンが俺を見降ろしていた。

背中も肩も痛い。頭だけは腕で庇ったが、それでも痛む。


「・・・っい」


「俺はな、旅の間は、あんたを第二王子ではなくただのハークライトとして扱った。何故だと思う?」


ヴァンが俺を覗きこんだ。ヴァンの方が体格がいいのだ。


「・・・?」


「あの女伯爵様が俺に言ったからだ。・・・あんたには年齢の近い友人がいないからと・・相談相手になってやってくれとそういわれたんだよ。あんたがこの城を出る前日だ」


「えっ」


「あんたが一人で思いつめてしまわないように、友人としてあんたと旅をしてほしいと・・・もし光の巫女様の力でもこの国を救えなかったとしても・・・それを悔やんでバカを犯さないように・・傍に居て、守ってくれと」


「巫女様もあんたも無事城に戻った日だ、バーミリオン家の家紋入りの書簡が俺に届いた。」


「俺への感謝の言葉がつづられたそれと一緒に過分な報酬がバーミリオン家から送られたよ・・・書簡の最後になんて書いてあったと思う?」


俺の知らないシルヴィア・・・でも今更だ。


「・・・今後は第二王子としてのあんたを支えてくれと。友人の立場も捨てなくていいと」


どうして・・・なんで。

そんなことを今になって、俺に言う。なんでだよ・・なんでそんな。

俺を愛してなんていなかったじゃないか。


「お前なんて友人だなんて思いたくない・・・その目も耳も全部飾りの人形野郎に俺が言えることなんてねぇよ」


そう俺に告げてヴァンが部屋を出て行く。


俺にはあいつを引き留めることもシルヴィアのために治療師を地下牢へ送ることも出来ないのだ。


そうだ、俺にはそんな権利も資格もない。


「・・・シルヴィア・・・」


混乱の中、頬と体の痛みだけが残った。



ーーーー



数日後、俺の元へ届いたのはシルヴィアが無事命を繋いだという一枚の紙。

それがヴァンの文字で書かれていると気付いた。


だけど俺はそのすぐ後に知った。

彼女を助けたのは、兄上だと。


彼女の傍には兄上の部下が居た。


俺がシルヴィアの様子を聞きに行こうとした時に偶然見てしまったのだ。近衛兵の筈のジェインが地下牢へと向かうのを。


「なんでお前がここにいるっ!」


「で・・殿下。このような場所にどのような要件でいらっしゃたんですか?」


昔からこいつが嫌いだった。

兄上の傍にはこいつが居た。兄上は俺の傍にはいてくれなかった。

いつもだ。


「お前に関係ないっ・・・それより」


「殿下、・・・いい加減になさいませ。ご自分のお立場をよくお考えください。」


「うるさいっ!!」


「これ以上バーミリオン伯を」


「うるさいっ!!お前こそなんだ兄上にでも報告するというのか?」


「殿下っ!」


「兄上に伝えろっ・・・そんなにシルヴィアが欲しいなら差し上げますとな」


踵を返し、来た道を戻る。


なんだ、やっぱり兄上なんじゃないかっ!お前だって、結局は兄上をとるんじゃないかっ!

俺よりもずっと優秀な兄上を。


なんでっお前はいつも俺を見ないっ。


助けて欲しいと手を伸ばせよ・・・お前は俺の婚約者のくせにっ。



なんで俺は、婚約者にお前を選んだんだ?


後悔してるさ、・・・・・こんな俺に。

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