第9話 第二王子の迷走
古代魔術と呼ばれる特殊な魔法を使える人間はこの世界にたった2人と言われていた。
その一人であるメルビンと名乗る魔術師に召喚されたのが光の巫女、アカリ・テンドウだった。
彼はある日突然にジュヴェール国第二王子、ハークライトの前に現れた。
そして、世界を救うために異世界から光の巫女を召喚する事を王子に提案したのだ。
その頃、ジュヴェール国内では原因不明の奇病が国民たちの間に流行し、数十万人にも上る犠牲者を出していた。
何人もの医師、治療師がどんなに探しても見つからなかった原因が毒性の強い瘴気であり、それが体内に入る事で奇病を発症するとハークライトに教えたのも、またメルビンだった。
そしてメルビンに傾倒して行ったハークライトがいつしか、光の巫女に惹かれ恋におちた。
描かれた筋書きが、誰もが求めるハッピーエンドだとそう決めたのは誰なのか、知る人はいない。
ーーーーー
どうして、見つからない。
ハークライトは、まるで奇跡のように自分達を導いてくれたメルビンを半年以上探し続けていた。
あの日、瘴気の根源が、古代魔術の源とだとそう教えてくれたメルビンに俺は告げた。
本当にいいのかと。
彼がこれまでどれだけ努力し苦労して古代魔術師となったのか俺は、知らない。だけど旅の途中何度も助けてもらったその古代魔法は普通の魔術師とは比べ物にならない、強大で壮大なものだった。
俺が知るどんな魔術師よりも彼は素晴らしい魔術師だった。
そんな彼が世界が救われるなら喜んで唯人となるとそう言ってくれた。
そしてアカリもまた、元の世界に戻れなくてもいいと俺と一緒に生きてくれるとそう言ってくれた。
あの瞬間に俺は、もう二度と兄上に敵わなくてもいい。この国の王になれなくてもアカリとそしてメルビンが傍にいてくれればそれだけでいいとそう思えたんだ。
その気持ちに偽りはない。
だけど・・・世界を救った俺達を待っていたのは疲弊した国と民だった。
そして国に戻った俺の前には、1年前義務的に挨拶だけ交わし、その前の2年間は一度も会う事のなかった婚約者、シルヴィア・バーミリオン女伯爵が居たのだ。
3年前、俺になんの相談もなく後見人に兄上を立てジュヴェール国初の女伯爵になった、俺の優秀な婚約者殿が。
ーーーーー
『お久しぶりです。無事のお戻り心よりお喜び申し上げます。殿下』
整然と義務的にそう告げ、淑女の礼を一度。
1年前にこの城を旅立つ時と変わらない鉄仮面、笑み一つ浮かべないのがとてもシルヴィアらしいと思った。
『光の巫女様・・・一度お会いしましたが、私の事を覚えていらっしゃいますか?』
『あっ・・ごめんなさい』
『いいえ、いいのです。私、シルヴィア・バーミリオンと申します。・・・ハークライト様の婚約者です』
自分が婚約者だとそう牽制しているんだ。そう直感的に思った、そして俺の隣に立つアカリに嫉妬しているのだと・・・俺にはそれがすぐにわかった。
『あっ・・そう・・なんですか』
アカリには以前、俺には婚約者がいる事を話していた。それでも愛しているは君だとそう告げているし、父上や母上を説得すると約束した。
彼女とのことは、既に影であるあいつが報告をあげているだろうから、シルヴィアももう既に知っているはずだ。
俺がアカリと恋仲だということを。
『シルヴィア、光の巫女であるアカリに不敬じゃないのか?』
なによりも彼女はこの国を救った光の巫女なのだ。たかだか伯爵位を得ただけの人間が不敬な態度を取る事が俺には許せなかった。
『え?』
『彼女はな、この国のために、そしてこの世界のために故郷を捨ててくれたんだ、もっと大々的に迎えてもいいだろう』
『・・・・それは申し訳ありません。ですが、今この国にそのようなことを出来る状況ではありません。・・ですが・・ご無事の御帰還・・心より嬉しく思います。ささやかでありますが、今宵宴席を開かせていただきます。アカリ様もどうぞお体とお心を休めてくださいませ・・・』
『はい・・ありがとうございます。』
『あかり・・これからは、ここが君の帰る場所だ』
『はい』
アカリが俺の言葉に涙目になっている、思い出させてしまったのだ。
彼女に辛い決断をさせてしまったのはつい1週間前の事だからあたり前だろう。
今はとにかく、彼女のために俺は出来るだけの事してあげなければならない。こんなくだらない女の嫉妬に彼女を巻き込むことはできない。
『詳細は、神官庁から報告がありました・・殿下、』
『なら、もういいだろう。行くぞ、アカリ』
『あっ・・えと・・はい』
手を引いてあげれば、嬉しそうにはにかむ彼女、目じりにたまった涙をそっと拭ってやれば俺に微笑返してくれる・・、大事な大事な俺の巫女。
あの日、城に戻って俺達を労う夜会の最中・・・メルビンが消えた。
俺になにも告げず、そして誰にも知られずにだ。俺は、あいつになにも返せてないのに。
俺には何が出来るんだろう。
ーーーーー
神官長であるダールトンが、実質のアカリの後見人という事になっている。
もし彼が神官長の位を失ってしまえば、彼女を守る大事な盾が一つなくなってしまう事を意味する。
俺もバカじゃない、彼女のために他の貴族たちと交流する場を何度か設けた。
だが、そこではアカリはただの、もの知らずな小娘という扱いを受けてしまっていた。
シルヴィアのせいだ。
何回目かの園遊会の時、俺の婚約者は、アカリではなく彼女だとそう言われたとアカリが泣いて帰ってきたことがあった。
この世界のために全てを失わせてしまった、少女になんてことを言うんだ。
俺がその怒りのままに、シルヴィアに抗議をしに行こうとした時、彼女は俺に言った、俺に相応しい人間になれるように頑張ると。
だから、俺はそんな彼女に相応しい騎士になる、そう心に誓い光の巫女を守れる強さを求めた。
元々剣技の才だけは兄上以上だと言われ、師匠である騎士団長のレームに指導を頼んだ。
そして今まで、遠巻きに見ている事しかしてこなかった公務を少しずつ自分から行うようになった。
第二王子としての責任と義務を果たさないとならない、そればかり考えていた。
だが日々慣れない書類作業を行いながら、俺には知らない事が多すぎて、書類に書かれている事が実際にはどんなことなのかわからなかった。
だから俺は、それよりも新しい事を始めようとした。
今までの事より、これからを。
瘴気により疲弊してしまったこの国をどうにか復興させるために、今までの事より新しい事を手掛けたいと出来る事を探した。
そして俺達の世界よりずっと進んだ技術も文化もある、豊かな国で育ったアカリに相談する事が増えた。
公務と剣術の鍛錬の合間にアカリと話す時間を取れるように俺は努力した。
その時間こそ、俺にとって至福と呼べる時間であり、日々大臣やモーデルの小言にふさぎ込んでしまいそうになる俺にとって大切な時間だった。
そしてアカリの世界は、俺達の世界よりもずっと素晴らしいもので、彼女の話から学んだこと、発見したことを新たにこの国の制度に取り入れようと俺はダールトンと共に奮闘した。
だが俺とアカリが一緒に考えた政策は、シルヴィア・バーミリン次期王太子妃によって阻止され実現されることがほとんどなかった。
もし彼女がアカリへのやっかみで、そうしているのなら俺も引き下がる事などなかった。
だが毎度シルヴィアの言葉は、俺とそしてダールトンの反論の余地もない完璧な応えを返し、その改善点を俺に提示する。
その実現のために何が必要か、それをちゃんと俺に教えてくれる。
他の大臣たちや官吏たちはくだらないと取り合いもしないのに、あいつだけは違った。
シルヴィアは彼女なりにアカリや俺の事を認めてくれてるのだとそう思い始めた頃、とある噂が広がった。
シルヴィアがアカリを糾弾し、彼女を城から追い出そうとしたというものだった。
その後もまた俺の耳には、シルヴィアがアカリへ行った数々の狼藉について様々な噂が届き、その証言を聞き俺に教えてくれていたのが神官たちだった。
城にいる神官たちは、ダールトンがアカリのために登城させた信用のおけるものだとそう聞いていた。
神に仕える彼等がその口から偽りを語ることなどない。
だから俺は、婚約者であったシルヴィアをアカリを守るために、地下牢へ投獄したのだ。
だが今・・・俺は迷っていた。
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