第20話ラストシーン
退屈な時間程長く、楽しい時間程短い。
時間は均等なはずなのに、どうしてこんな理不尽がおこるのだろうか。
もっと時間が欲しい。かなうならば止まってほしい。
だけど、時間は残酷に、確実に過ぎて行く。
陽は傾き始め、空は朱色――そろそろ、この楽しい時間は終りである。
「座ろっか」
唯に促され、武人は並んでベンチへ座った。
こうしていると、前に唯のマンションの前の公園で話をしたことを思い出す。
たぶんあの頃からだと思う。唯に対するミーハー気分が抜け、真剣に向き合って行きたいと思うようになったのは。
「最後のシーン……」
「えっ?」
「緋色の最後は、こういう夕焼けの中なの……相模湾絶対防衛線を、緋色は守り切る。だけど、深傷を折って、救援に駆けつけてくれた隊長の腕の中で……」
「そうなんだ」
「うん……」
唯にとっても、武人にとっても、緋色は大事な子だった。
緋色という存在があったからこそ、二人はこうしてめぐり合い、時を共にしてきた。
大事な、大事な、二人にとっての緋色――そんな子の最期の場面に、今から向き合って行かねばならない。
「少し、やっても良い?」
「……ああ」
唯はそっと身を寄せてきた。武人の肩にもたれて来る。
側に唯の匂いや、暖かさ、息遣いを感じて胸が高鳴った。
しかしそれ以上に、胸の痛みが勝っていた。
「隊長……やっと、来てくれたぁ……ふへ……」
いつも緋色が口にする、歓迎の言葉。いつもよりも弱々しく、そして切なげに聞こえて来る。
「ああ、来たぞ緋色。お前を迎えに来た」
不思議と、台本を一読しただけなのに武人の口から"隊長らしい"言葉がこぼれ出る。
「僕、頑張ったよぉ……みんなのために頑張ったんだよぉ……」
「そうか。緋色、偉い、偉いぞ」
「ふへ……ありがと……」
緋色の冷たくなった細い指先が頬へ触れてくる。
胸が張り裂けそうに痛かった。
「僕は本当はよわっちぃいんだ……一人じゃなんにもできないないんだ。だけど、隊長や獅子(レオ)、そして守りたいたくさんの人がいたから、僕頑張れたんだ……」
「……」
「だから、最後にみんなの役に立てて、こうして隊長に褒めて貰えて、僕満足だよ……」
緋色は涙を流し、想像以上に軽い体重がもたれかかってくる。
「ありがと……隊長。ずっと僕の傍にいてくれて、支えてくれて……満足だよ。もう、お別れの覚悟、できてるから……」
熱演だった。心に響くものがある。“演技”に関しては、文句の付け所が無かった。
だけども、武人は違和感を抱いていた。
「あのさ……」
そう声をかけると、唯から緋色の雰囲気が抜けた。
やや戸惑いを含んだ視線が向けられてくる。
「どこか間違えちゃったかな……?」
静かに首を横へ振る。唯は不思議そうに首を傾げた。
「そういうことじゃない。なんか、ちょっと、違うような……」
「違う?」
「こんなこと言ってる癖に、具体的にどう言えば良いのか、分かんないんだけど……でも、少し違うような。緋色らしくない気がするんだ」
「……」
「武人君の知ってる、緋色ってのはどんな子なの?」
攻めている雰囲気は無かった。純粋な問いかけ。無垢なる疑問。そして唯が求めているのはきっと、正直な言葉。
「唯、みたいな子かな」
「私、みたいな? 全然、緋色と似てないと思うけど……」
「確かにのんびりしている緋色と、いつもハキハキしてる唯は似てないと思う。でも一緒にいると楽しいし、嬉しい。幸せな気分にしてくれる。緋色と唯って俺にはそういう存在なんだ」
「緋色と私が……」
唯はまるでかみしめるように、武人に寄りかかったまま唇を震わせる。
そしてほんの少し、身を寄せてきた。
「なんでそういうことさらりといえるかなぁ……」
「あ、あれ? 怒った?」
「別にぃ……ねぇ、武人君。じゃあ、アドリブだけど聞いてくれる? 私なりの、緋色のセリフ。代わりにちゃんと受け答えしてよね?」
アドリブに応えろなど、なんと無茶ぶりなことか。
しかし話題を振った手前もある。
「わかった、頑張る」
「ちゃんとやってよね?」
「善処します」
「善処じゃだーめ」
「うっ……わかりました。精一杯やります……」
「ありがと。じゃあ始めるね……」
唯はスッと息を吸い、深く吐き出す。やがて雰囲気が緋色のソレに変わった。
そして細い指先が、服の袖をきゅっと強く、握りしめてくる。
「やっぱり、僕嫌だッ! これで終わりなんていやだっ!!」
唯の響きの良い声が、緋色の想いを乗せて響き渡った気がした。
小津武人としての意識が一瞬で霧散し、隊長としての気持ちが沸き起こってくる。
「僕、もっと生きたい! これからもみんなと一緒に、笑ったり、ゲームしたりしたい!」
緋色は腕に縋り付く。
向けられた顔には大粒の涙が浮かんでいた。
「助けて、隊長、死にたくない! ここでお別れなんて、やだやだやだ! もっと一緒に居たい! もっと楽しい時間を過ごしたい!」
「緋色……俺だって!」
緋色の華奢な肩を抱き寄せた。
これで終わりにしたくはない。これっきりなんて嫌だ。
もっともっと、この楽しく、素敵な時間を紡いでゆきたい。
そう想えば想うほど、胸は張り裂けそうに痛く、そして涙がこぼれ出た。
「いやだ……死ぬな、緋色! 一緒にいよう、これからも! 俺がお前を見守る! 守ってやる! ずっとずっとこれからも!」
「ありがとう……私、幸せ……」
次第に陽が沈んでゆく。しかし武人と唯はどちらも離れることなく、涙を流し続けるのだった。
●●●
(迫真の演技ね。お疲れ様、羽入さん)
たまたま武人と唯のベンチでのやりとりをみてしまった砂岩さんは微笑ましそうな笑みを浮かべる。
「さてさて、少し早いけどデスマーチを始めますかなぁ」
そして徐に、スマホを取り出した。
「もしもし、社長まだ会社にいる? いたら代わってほしいんだけど。緋色のシナリオの件でちょっとね……」」
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