第19話砂岩さん




(どこにあるんだっけ?)


 武人は唯と手をつないで歩きながら、広い公園をぐるりと見渡す。

 ぼちぼち昼時である。この公園は最近、おしゃれなカフェがどんどんできている。

 その中でも唯が好きそうなお店を事前に調べてチョイスしておいたのだが、数が多くてなかなか見つからない。

 

「そろそろお昼にしよっか?」


 唯はいつもの声で話しかけてくる。どうやら休憩時間ということらしい。


「そ、そうだね!」


 そろそろ見つけなければ、本格的にマズイ。しかし視線を右往左往させても、目的のカフェはなかなか見つからない。

 

「武人くーん! ここでお昼にしようー!」


 と、いつの間にやら池沿いにあるテーブルのところで、唯が手を振っていた。

 肩から下げていたカバンから、包みを取り出している。

 

(そうだよ。唯ってお料理上手じゃん……)


 カフェで昼食なんてありえない。

 昨晩、寝る間も惜しんでカフェの情報収集をした時間は無駄に終わるのだった。

 

「おっ、カツ! もしかしてゲン担ぎ?」

「そそ! いっつもね、オーディションの時とか作って食べるようにしてるの。これはプレーンだけど、こっちは大葉を挟んでてね……」


 唯は楽しそうに、語り掛けてくる。そんな可愛らしい彼女の横顔を眺めていると、ポケットに入れたスマホがぶるりと震える。

 マイパンからの、定期コールだった。


【来てくれたぁ! 嬉しいぃ!】


 画面の中の翼 緋色は身振り手振りで喜びを表していた。

 リアルな緋色も良いが、こうして画面の中にいる緋色も相変わらず可愛いと思う。

 

「ねぇ、食べないの!?」


 と、画面の中の緋色をなでなでしていると、目の前の唯は頬をぷっくり膨らませていた。

 

「あ、おう、食べるけど、ちょっと待って……」

「もう……」


 唯は少し不機嫌そうにひとりで弁当をぱくぱく食べ始める。


「なに怒ってんだ?」

「別にー」

「好感度維持のために必要なんだからしょうがないだろ? それに緋色だって唯なんだから」

「それはそうだけど……せっかく緋色が隣にいるんだから、今日は一日こっちをみて欲しいな?」


 何故か言葉の後半は緋色の声音だった。良くわからないが、機嫌を損ねてしまったらしい。

 確かに目の前に本人がいるのに、スマホに向かっていたのは悪い気がしてきた。

 

「ごめん……いただきまーす! おっ、美味い!」

「でしょ!?」


 女心と秋の空――そんな慣用句が頭に浮かんだ武人だった。

 

「おや、お二人さん。デートかい?」


 突然、脇からパワーワードが聞こえ、武人と唯は振り返る。

 そこに居たのはスケッチブックを抱えた、細面で色白の大人の人。

 

「おはようございます! オフですか?」


 唯は親し気に、マイパンのCG担当である砂岩さんへ挨拶をした。

 なんでもない関係だというのは分かっているし、唯もそう言っている。

 だけどなんとなく、胸の奥がざわつく武人だった。

 

「久々のオフだよ。デスマーチ前のね」

「あはは……スケッチですか?」

「ああ。昔からここの風景が好きでね。あとは鎌子にぎゃあぎゃあ言われてむかついたとき」

「確か同級生でしたっけ?」

「同級生っていうよりも、腐れ縁だな。ガキの頃から一緒のね……」


 砂岩さんが遠くを見ているような気がした。

 だけどこれ以上踏み込んではいけないような気がしたのか、唯は黙り込む。

 

「小津さん」


 突然、砂岩さんに声を掛けられ、驚いた武人は背筋を伸ばした。

 

「な、なんですか?」

「この間も伝えましたが、羽入さんは君と出会って、時間を過ごしてとても成長したと思います。色々と大変でしょうけど、これからも羽入さんのことを支えてあげてくださいね」

「もちろんですよ」


 唯と砂岩さんがそういう関係ではないというのは分かっている。

 それは唯の口からもちゃんと聞いている。

 しかし何故か対抗意識が芽生えた。

 自分はこの人よりも、唯の傍にいるし、支えたいと強く思っている。

 この気持ちは、きっと他の誰よりも強いはず。


「頼もしいですね」

「俺には唯のような技術はありません。だからせめて気持ちくらいは強く持つ持とうかと。それくらいしかできませんが、唯のためだったら俺はこれからも頑張ります」

「そうですか。頑張ってくださいね。それでは二人とも、ごゆっくり」


 砂岩さんは本音の分からない笑顔を浮かべて去って行く。

 

(許されるなら支えるさ。これからも、できることなら……)


 これっきりで“特別な関係”を終わりにはしたくない。

 その気持ちは今でも揺らがない。きっとこれからも……。

 

「……」


 ふと、唯が顔を隠すように俯いて、パクパクとお弁当を食べていることに気が付く。

 

「どしたの?」

「……」

「おーい」

「……」

「ゆーいー?」

「な、なに!? なにかな!?」


 何故か唯は顔を真っ赤に染めている。


「なにって、俺の分のカツ残ってる?」

「えっ……? わわ!! ご、ごめん! これで良かったら!」


 と、一口齧ったカツを差し出してくる始末。

 しっかりしていそうで、天然な唯。

 

 できることなら、そんな彼女を独り占めしたい。

 

(間接キス……まぁ、良いか……)


 ここで動揺したら、せっかく攻守交替ができた攻守交代がパァ。

 胸の高鳴りを堪え、平生を装って、唯の齧ったカツを一口で呑み込んだ。

 味はすごく美味かった。まるで唯のような、朗らかで優しい味がした気がした。

 

「武人くん」

「何?」

「……」

「唯?」

「……ありがとね」


 たった一言、そういわれただけで、武人の耳は真っ赤に染まるのだった。

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