★Cパート 動物園へ行ってみる
(隣にいるのは翼 緋色。そして今の俺は小津隊長……)
多少羞恥心はある。だけど、真剣な唯に自分も真摯に向き合いたい。
武人は自分を“隊長”、唯を“緋色”と強く思いこみ、そして挑んでゆく。
「動物園へ行ってみる?」
「動物園? あるの!?」
「ちょっとしたものだけどどうする?」
「いく! いく!」
なんだか緋色とも、唯とも取れるリアクションだった。
緋色を伴って、公園の北側にある動物園を訪れる。
公園内のものとは思えない、立派な造りの動物園である。
そして園内に入ってすぐのところにある、モルモットとのふれあいコーナーの前で、緋色は立ち止まった。
「触ってく?」
「大丈夫。小さい子たちに悪いから……」
GW中なのでたくさんの子供が並んでいるのをみてそう思ったらしい。基本、自分本位な側面の強い緋色ならば、迷わず突っ込んでゆくだろう。
だけどそうならないのは、中の人である気遣い屋の唯らしい。
たとえ演技のためとは言え、そうしたポリシーは崩さないのだろうと思って、そっとしておく。
しかし次の瞬間にはもう、唯の姿が隣から消失していた。
気が付けば、唯は目の前にあった温室へふらふらと一人で入って行くところだった。
(こういうマイペースなところは緋色と一緒だな。さすがは中の人)
そんなことを思いつつ、武人もまた温室へ入っていった。
「ひやっ!」
と、温室に入った途端、素っ頓狂な声を上げている唯に出くわした。
どうやらリスの横断に出くわしたらしい。唯は目を丸くして、リスを視線で追っていたが、やがてわからなくなったようだ。
「あそこにリスがいますよ」
近くにいた係員さんが天井近くの小屋を指す。
「あっ! いた! いたよ武人くん!」
どうやら武人が近くにいたことには気付いていたらしい。
しかも興奮しているのか、声が緋色でなくなっている。
飼育係さんはにっこり笑って、スッと居なくなる。
なんか目線で"頑張れ"と言われているような気がしてならない。
(まぁ、そりゃ頑張るけど。でも多分期待されてるのとは違う……)
「はぁ〜可愛いなぁ!」
すっかりひとりの世界へ入り込んでいる。なら耳元で"唯も可愛いよ"と言って驚かせてみたい。
(いや、んなことできないけど……)
唯はまたふらふらと温室を出てゆく。
追いかけると、目の前には子供向け遊園地が広がっていた。
唯は興味津々な様子だったが、明かに高校生が遊ぶ類のものではない。
「遊んでみたいの?」
「さすがにここはね……でも、ちょっとだけ。遊園地って行ったことが無いから」
「一回も?」
「お母さんはすぐに居なくなっちゃったし、お父さんはずっと仕事が忙しくてね。うちお金もあんまりなかったし……」
「そっか、ごめん」
「こっちこそごめんね。変なこと言っちゃっ……あー! お猿さん!!」
さっきまでの話はなんだったのやら、唯は踵を返して、今度は猿山に飛びつく。
"いつか一緒に遊園地へ行こう"
そう言いたかったが、まだ勇気がでない武人だった。
「唯」
「ん?」
「楽しんでるとこ悪いんだけど、緋色は良いの?」
「ッ!? ひ、緋色! お猿さん大好きっ!」
もはや名前だけで、全く緋色ではなかった。
だけど唯が楽しいなら、この場はこれで良い。
そう思うことにしておくのだった。
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