★Bパート ボートに乗る 



(隣にいるのは翼 緋色。そして今の俺は小津隊長……)


 多少羞恥心はある。だけど、真剣な唯に自分も真摯に向き合いたい。

 武人は自分を“隊長”、唯を“緋色”と強く思いこみ、そして挑んでゆく。


「小津隊長、ボート!」

「わかったわかった」


 緋色に連れられて、公園の真ん中の池を訪れた。

 ここではボートの貸し出しがされていて、カップルや家族連れに人気だとか。

 ずっと縁がないものだとばかり思っていたが、まさかこんな日が来るとは。

 

(スワンに手漕ぎか)


 武人はボートの貸し出し券売機の前で悩んだ。

 

 手漕ぎボートなんてことがない。きっと失敗する。ここは無難に自転車と同じ要領で動くスワンにすべきか。

すると、緋色が手漕ぎボートを押す。


「ちょっと!」

「これが良い!」


 なんかにやにやしている。すごく嫌な予感。

 だけど既に発券されているので、今さら戻すのはどうかとも思う。

 

 やるしかないと思って武人はオールを握る。

 予想通りというか、それ以上にオールは重たかった。


「あっ! くそっ! そっちじゃ……わわ!」

「また曲がってるよー小津隊長? 士官学校でやらなかったのぉ?」


 上手くボートが焦げない彼を見て、緋色はけらけらと笑っていた。

 きっとゲーム内じゃこんなシチュエーションは起こらないのだろう。

 なぜなら、マイパンの主人公である“隊長”は士官学校のエリートで、ボート漕ぎなどお手のものだろう。

 

が、武人は凡人である。ボートなんて漕いだことがない。幾ら、心の中では自分を隊長と思い込もうと、それでスキルが発動するわけではない。


「変わろうかぁ?」


 緋色なのか、唯なのかよくわからない、可愛い女の子がにやにやと煽ってくる。

さすがに少しムッと感じた。ここで引き下がっちゃ、男じゃない。


「やってやる! やってやるさ! おりゃー!」


 勢い良くオールを漕ぎ、水をかき分ける。

 ボートが大きく動き出す。

 そしてその場でぐるりと一回転。

 情けなさ一杯だった。


「武人くん」

「はぁ、はぁ、はぁ……な、なに?」

「一生懸命ありがとね。そういうとこ君の良いところだと思うよ」


 唯のフォローに胸が高鳴る。

 彼女はどうしてこうも、色々と上手いのか。

 その癖突然恥ずかしがったりもする。

 こうした飽きない性格に魅力を感じているのだと、武人は改めて思うのだった。

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