★Aパート 公園を散策する  

隣にいるのは翼 緋色。そして今の俺は小津隊長……)


 多少羞恥心はある。だけど、真剣な唯に自分も真摯に向き合いたい。

 武人は自分を“隊長”、唯を“緋色”と強く思いこみ、そして挑んでゆく。


「あったかい……」

「そうだな」


 隣の緋色は温かい日差しを浴びて、心地よさそうに頬を緩ませていた。

 本当に気持ちよさそうは顔をしていて、見ているこちらも心にほぐれを感じる。

 

 それは周りにいる人たちも同じなのだろう。

 暖かく、明るい日差しの中で、人々はひと時の平和を謳歌している。

 このひと時の安らぎは、緋色が命をかけて戦ってきた結果である。


「平和だな」

「うん」

「これは緋色がいつも頑張ってくれているからだ。感謝する」

「僕だけの力じゃないよ?」


 緋色はそっと袖を掴んでくる。その指先は、何故か小刻みに震えていた。

 

「緋色?」

「隊長がいつも側にいて、僕のこと見守ってくれてるから。応援してくれてるから頑張れる。隊長がずっと側にいてくれたから、僕は戦い続けることができたから……」


 いつものんびりとしている緋色とは少し違った儚げな声。

 普段と様子が違い、儚げに感じるのはやはり“例の作戦司令”が念頭にあるからに違いない。

 明後日、緋色は過日崩壊した“相模湾第三防衛戦線”への配置転換が決まっている。今、この国の中でもっとも危険で過酷な戦場である。

 

 そんな危険なところへ、本音を言ってしまえば緋色を送り出したくは無かった。

 しかし一介の行動隊長でしかない彼が、司令部の命令を覆すことなどできようもない。

 

 自分の無力さが嫌になり、胸の奥がざわつく。

 

 そんな中、小さく、そして細い指先が触れてきた。

 緋色は青白い頬を僅かに朱に染めて、

 

「帰ってくるよ、僕、必ず……」

「緋色……?」

「終わりにしない、これが最期じゃない……僕は生きる。だって、まだやりたいことたくさんある。隊長と一緒に、もっとたくさん……」


 緋色は震える指先で、彼の手を強く握りしめてくる。


「そ、そうだな」


 これまでずっと唯の迫真の演技に引き込まれていたのだが、急激に意識がモブな“小津武人”へ切り替わった。

 きっとシチュエーション的には手を握り返す場面なのだろう。しかし、そうして本当にいいのか?

 

 これはお芝居だから握り返しても大丈夫か? もしくはここで一線を引いて止めておくか?

 やっぱり唯の演技のために、やっておくか?

 

「どうかした……?」


 気が付くと、いつもの声で、唯は不安そうな視線を向けていた。

 

「あ、いや、えっと、手……」

「手?」

「握り返した方が良いのかなぁ、って?」

「――っ!?」


 唯は顔を真っ赤に染めて、素早く手を離した。

 

「ご、ごめん! ち、ちょっと役に入り過ぎちゃった! 無理しなくて良いから! ああ、もう、私のバカぁ……!」


 唯はとても慌てていた。

 そんな珍しいリアクションをしているので、なんだかとても胸の奥が疼いて仕方がない。

 

「あ、あのさ……」

「ん?」

「良いよ、別に俺は」


 武人は気恥ずかしさを気取られないよう、明後日の方向を向きながら、手を差し出した。

 

「本当に良いの? 人目とか……」


 不安げな唯の声を、武人は静かに首を縦に振った。

 

「それで、唯がやりやすくなるんだったら。それに誰かに見られたら、ちゃんと説明すれば良いだけだし」

「武人くん……ありがと、ホント、いつも……」


 唯の指が再び絡みついてくる。

 そして武人は勇気をもって、その手を握り返した。

 

「行こ、隊長」

「ああ」


 恥ずかしいのは確か。だけど、こうしたいという気持ちがあるのも確かだった。

 

 唯は“緋色”に、武人は“隊長”へ再び気持ちを切り替えて、互いに手を結びあいながら、公園の散策を続けるのだった。

 

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