第17話緋色と唯
【隊長、だーいすき! ふへ!】
スマホの中では、相変わらず緋色が愛情いっぱいの言葉を投げかけてくれている。
相変わらず、緋色を見ていると癒される。
【隊長、くすぐったいよぉ!】
【も、もう、ちょっと、し過ぎ……んっ!】
【ううっ……いやじゃ、ないけど、恥ずかしいよぉ……】
何故か、何度も画面をタップして緋色の声に耳を傾ける。
緋色の時と、普段とでは声の出し方がやや違う。
だけどその独特の響きのある声を聴き、武人は緋色の中にいる人のことを考えてしまっていた。
机の上へ置いた写真を手に取って眺める。
今日、田崎さんが働くメイドカフェで、唯と一緒に撮影したものだった。
羽入 唯――武人が愛して止まないキャラクターの中の人で、今はおそらく一緒にいる時間が最も長い彼女。
もともと綺麗だし、可愛くて憧れていたのは彼だけの秘密だった。
これまでは遠くから眺めたりするだけの関係でしかなかった。
なんの変哲もない自分と、輝きの中にある彼女とは、一生関りがないと思っていた。
だけども今は不思議な縁で繋がり、友達でも、幼馴染でも、ましてや恋人でもない、“特別な関係”となっている。
【隊長、僕のこと好き?】
画面の中の緋色の言葉が、強く胸を鳴らした。
耳と頬が自然と熱くなり、胸が締め付けられるように苦しい。
(ああ、そうなんだ、やっぱり俺って……)
美人だとか、好きなキャラの中の人だとか、そういうのも勿論あるのだろう。
だけど、一番は唯自身の魅力だった。
明るく、元気で、まじめな癖に結構抜けていて、だけど一緒にいるのが楽しくて。
おこがましい気はする。モブな自分と、高嶺の花である彼女と釣り合っているとは到底考えられない。
それでも、胸に湧き起った衝動は堪えきれず、本音は彼へ“素直さ”や“勇気”をささやきかけてくる。
その時、スマホが震えメッセージアプリが起動を知らせてくる。
YUI
“今日はお疲れ様でした!”
“武人くんが見守ってくれてたから頑張れたよ!”
“ありがとね!”
最後に可愛らしい黒猫のスタンプがぺこりと頭を下げていた。
今さら気づいたのが、唯は“黒猫”がそうとう好きらしい。
そういえば、前にゲーセンで取った、ちょっと可愛い黒猫のキーチャームがあった筈。
渡せばきっと、喜んでくれるはず。
TAKE
"いえいえ"
"唯に実力があったから成功できたんだと思うよ!"
YUI
"ありがと! 頑張るね!"
次いで表示されたのは、何故か今日メイドカフェで田崎さんと撮った写真。
YUI
"取り込んでみた(笑)"
TAKE
"なんでまた?(笑)"
YUI
"こうすれば無くさないと思って(笑)"
TAKE
"無くしちゃ困るの?(笑)"
YUI
"だって大事な思い出だもん!!"
唯がどう思っているのかはわからない。
だけど、どんな形であろうとも、羽入 唯の中に、大事にしたい思い出として武人のことが残っている。
今はそれがわかっただけで、十分だった。
YUI
"あと、明日からちょっと忙しいから、お迎えは大丈夫!"
"木曜からは登校するから、よろしくね!"
TAKE
"わかった"
"頑張って!"
唯はまたまた可愛らしい猫のスタンプを表示して、その日のやり取りは終わったのだった。
⚫️⚫️⚫️
登校や出社をしたくないーー世間はいわゆるブルーマンデーである。
だけど一人登校をしていた武人はやや違った気持ちだった。
つい一ヶ月ほど前は、こうしてずっと一人で登校していた。
一人で登校など、いつものことで、意識したことは全くなった。
しかし、今、一人で登校していた武人は強い"物足りなさ"を感じている。
隣に唯がいない。それだけで心にぽっかり穴が空いてしまったような。
それだけ唯のことが、心の大部分を占めるようになったのだと思い知る。
少しでも良いので唯を感じたい。そう思ってメッセージアプリへ、“元気?” などといったあいさつ程度の文字は打ち込んだことがあった。
だけど、学校に来られない程仕事が忙しいということは、真面目な唯のことだから、凄く集中しているはず。
市神マネージャーも、今は唯にとって大事な時期と言っていた。
なら、邪魔をしたくはないし、なによりも仕事に集中してもらいたい。
(木曜には登校するって言ってたしな)
武人は物足りなさを感じつつも、次に唯と逢うことができる木曜日を心待ちにしつつ、日々を過ごしてゆく。
YUI
“久しぶり! 元気!?”
そんなメッセージが唯から入ってきたのは、水曜日の昼休み頃だった。
「なんだ、小津。羽入さんか?」
教室で一緒に弁当を食べていた竜太郎が、にやにや顔で聞いてくる。
「ちょっと、悪い」
「頑張れよ」
竜太郎にそう言われつつ、武人はスマホを持って廊下へ出て行った。
TAKE
“元気だよ! そっちは?”
YUI
“まぁまぁかな(笑)”
“今日の夕方、会ったりできる?”
TAKE
“もちろん!”
予定よりも一日早く、唯に会える。そう思った武人は迷わずそう返事をした。
YUI
“ありがと”
“大事な話があるの”
”だから17:00位に、前に一緒に行ったカラオケボックスで良いかな?”
TAKE
”了解!”
YUI
“またあとでね!”
大事な話――きっと、マイパンのことに違いない。
そうは思えど、別の期待もしてしまう武人だった。
●●●
「よ、よぉ!」
「久しぶり!」
約束の時間より早く着いたにも関わらず、既に唯は待っていた。
白のブラウスに、花柄のロングスカート。この間のようなボーイッシュなのも良いが、唯はやっぱりこういう女の子っぽい恰好が良くに似合っていると武人は思った。
「それじゃ、入ろっか?」
「おう」
全ては一か月間、このカラオケボックスから始まった。
唯との“特別な関係”の始まりの場所だった。
そしてきっと、ここからまた、何かが起こる筈。そう思えてならない。
二人っきりの個室はシンと静まり返っている。
隣で大盛り上がりのアニソンメドレーが聞こえてくるほどだった。
唯はその間、ずっとうつむいたまま、一言も発しようとはしない。
きっと、話し出すきっかけを探しているのだろう。その真剣な様子に、別の期待をしてしまっていた邪な自分が嫌になった。
これから話されることは、唯にとってとても大事な話の筈――
「マイパンのことだろ?」
武人がそういうと、唯は首を縦に振る。
そして鞄から、冊子を取り出した。
「殉職イベントの台本……」
「そっか。結構な厚さだね?」
「少し長めのイベントらしいから……」
「へぇ、そうなんだ」
唯はようやく顔を上げ、武人と視線を交わす。
いままで見たことも内容な、真剣な眼差しに気圧されてしまう。
同時に、求められていることも感じ取っていた。
「このイベントで緋色の人気が再燃しなきゃ、あの子は、緋色はいなくなっちゃうから……」
実際ゲーム内から削除されるわけではない。
しかしメインシナリオでの絡みは無くなり、緋色を対象とした更新は二度とされることは無い。
次々と新しいヒロインが生み出され、その中に埋もれて、やがて存在感を無くしてゆく。
そうなってしまえば、死んでいるのと変わりがない。
誰も見向きもしない流れては消えてゆく、電子の屑となってしまう。
「で、俺は何をすれば良いの?」
確信を付く。唯の求めるような視線が僅かに戸惑いを浮かべる。
「良いの?」
「当たり前だ。そのために俺は唯と一緒にいるんだから」
「ごめんね。やっぱり私の都合で武人くんを振り回すのはどうかと思って……」
「振りまわしてなんているもんか。気にしないで」
「……ありがと。やっぱ、ここで武人くんにお願いして良かったって思ってるよ」
唯は目に少し涙を浮かべた。衝動的に頭を撫でてやりたくなった。
でもそれはきっとやりすぎ。
今の武人と唯は、そういう関係ではない。
「殉職イベントは二段構成なの」
「なるほど。で、どんな?」
「緋色は本部から決死作戦の命を下される。自分の死を覚悟した緋色は、隊長と公園でデートをする。これが前半の展開」
「……」
「そして戦いに赴いて、仲間のために命を落とすの。これが後半。だから、同じことを武人くんにしてほしいの!」
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