第16話市神折れる



「羽入さん、助かりました。そして御迷惑をおかけして申し訳ありません」


 春のマイパン祭り終了後、CG担当の細面の大人の男性ーー砂岩 勝さんは、唯へ深々と頭を下げていた。


「い、いえいえ! こちらこそ急に飛び出して、むちゃなこといってごめんなさい!」


 と、大活躍したはずの唯もまた腰を折って頭を下げる。まじめな唯らしい。


(俺、帰った方がいいのかな?)


 一人残った武人は、これからどうしたら良いかと思った。

やっぱりここは唯だけ残して、部外者の自分はこっそり帰るべきか。


「武人くん!」


 何故か唯が手招きしていたので、何事かと思って歩いてゆくと、


「小津武人くんですっ! 今色々と協力してもらってて、今日も背中を押してくれたのが彼なんですっ!」


 何故か砂岩さんへ紹介された。紹介されても、どうしたらいいかよくからない。


「あなたが例の"小津隊長"でしたか。はじめまして、砂岩です」

「あ、どうも」


 握手をもとめられ、半ば反射的に応じるのだった。


「これからもどうか、羽入さんのことを支えてあげてくださいね」

「は、はぁ……」

「わわっ!」


 素っ頓狂な唯の声が聞こえて、視線を飛ばす。

 脇にいた唯に、赤羽さんが飛びついていたからだった。


「唯、やるじゃん。凄い子ってずっと思ってたけど、まさかここまでとはね!」

「そ、そんな! 零さんに比べたら、まだまだ私なんて……」

「もしかしてあれ? 小津隊長が側に居てくれるから頑張れるとか?」

「えっ!? えっと、それはぁ……」

「ははぁーん、図星かぁ?」


 赤羽さんは唯に抱きついたまま、親指を立てて見せていた。

 清楚な美少女から、子供向けロボットアニメの主人公までをも演じるーーそれが赤羽 零。

しかしその実態は、少々"親父臭い人"のかもしれないと武人は思った。


「た、武人くん! 赤羽 零さんだよ! 挨拶挨拶!!」


 真っ赤な顔をした唯が叫び、赤羽さんは"にひひ"と笑顔を浮かべながら離れた。


「君が噂の小津隊長かぁ。どうも、赤羽 零です。いつも後輩の面倒見てくれてありがとうね!」

「ここ、こんにちは! 小津 武人ですっ! お会いできて光栄ですっ……!」


 思わず声を震わせながら握手に応じた。きっと竜太郎が同じ状況になったら卒倒するのは必至だろう。

しかし、なんで赤羽さんの後ろにいる唯はぶすっとしているのか。


「小津くん、なんであなたはまだ唯と一緒にいるのですか?」


 和気あいあいとした空気が、冷たい声によって一瞬で凍り付く。

 スーツ姿の鋭いまなざしの大人の女性――唯のマネージメントを担当している“市神”さん

 

「な、なんで市神さんがここに……?」

「零の付き添いよ」


 思わず出た言葉に、市神さんは端的に答えた。

 そういえば、唯と赤羽さんは同じ事務所だったと思い出す。

 どうやら一人のマネージャーが複数の役者を担当しているらしい。

 

 一瞬、また怒られると思って身構えたが、市神さんは武人を過って唯の前へ行く。


「唯、さっきの演技は良かったわ。だけど、あなたは今とても大事な時期なのよ? もしもミスをして名前に傷がついたらどうするつもりだったの?」

「あの、えっと!」

「小津さんとのことも、注意はしましたよね? きっとあなたのことだから、まだ彼のことを“小津隊長”なんて呼んでるのでしょ? その行為は自分の技術を安売りしていることに気づかないの?」

「安売りだなんて、私は、そんなつもりじゃ……」

「良いじゃないか、鎌子」


 そんな中、やんわりと声を上げたのは――何故か砂岩さん。

 すると、市神さんはギッと砂岩さんを睨んだ。


「鎌子いうな! 砂カツ!」

「おっ? 久々に出た出た不味そうなフライの名前?」

「あんたのことよあんたの! 相変わらず減らず口を!」

「そう怒るなよ。眉間にしわの跡が残っちゃうぜ?」

「だからあんたは!!」


 市神さんは怒っている。怒ってはいるのだろうが、唯の時と少し違う様子だった。

 

「実はね、砂岩さんと市神さんって同級生なんだって」


 赤羽さんの耳打ちで、なんとなく砂岩さんと市神さんとの関係を察する武人だった。


「俺は役者じゃないから演技のことはよくからない。でも、最近の羽入さんをみていると、前よりも良い意味で肩から力が抜けてると思うんだ。俺の作ったcgにしっかり魂を込めてくれている。それははっきりと言える」

「それは分かってるわ。だけど……」


 市神さんは何か言いたげな顔をしていた。

 そんな彼女へ砂岩さんは笑みを送る。

 

「大丈夫だって。なら大人として、俺たちが見守って行けば良いじゃないか」

「……」

「少なくとも、小津君と関りを持つようになって羽入さんは良い方向に変わった。彼と一緒にいることがプラスになるなら、俺は良いと思う。もっともこれは部外者からの意見だ。決めるのは市神シニアマネージャーだと思うけどな?」


 突然、市神さんはため息を付き、そして武人を見る。

 睨んではいるのだが、この間までとは違い、丸みを帯びた印象を受けた。


「小津武人さん」

「は、はい!」

「もしも役者としての唯にとって貴方がマイナス要因になるなら、すぐさま排除します。加えて守秘義務違反をおかしましたら、キングダムプロモーションの総力をあげて損害賠償を請求させていただきます。そのことだけはお忘れないように」


 そう一方的に告げて、市神さんは背中を向けて去って行く。

 

「やったじゃん。市神お母さん、交際OKだって」

「こ、交際って! だから武人君とはそういう関係じゃ!!」

「あと唯、明日の午後、バスターライフルで打ち合わせよ。例のイベントに関してだから、必ず来るのよ」


 市神さんの言葉を聞き、それまで朗らかだった唯の顔が強張る。

 さすがの赤羽さんも口を閉ざした。

 バスターライフルでの例のイベントの打ち合わせ――おそらくそれは“翼緋 色”の殉職イベントで間違いなさそうだった。

 

 

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