第15話春のマイパン祭の危機――緊急出撃せよ、羽入 唯!
駅近くの見上げるほど大きなビル。
今やこの町のランドマークとなったそこが、"春のマイパン祭"の会場だった。
すでに開場されていて、イベント会場はたくさんのファンが集まり、イベントの開始を今か今かと待ちわびている。
やがて、会場に設置されたスピーカーから、勇ましいマイパンのテーマソングが流れ出て、会場は一気に盛り上がりを見せる。
いつもは聞き流していたOPだったが、こうして聞くと一つ発見があった。
「もしかしてこの声って唯?」
「わかった!?」
「お、おう」
「まぁ、コーラスだけだけどね。でも、ちゃんと聞き分けてくれて嬉しいな」
毎日ほぼ欠かさず、画面でもリアルでも聴いているからわかった。
本当はそう言いたかったけれども、恥ずかしいかったので言えず終いだった。
そしてOPテーマを背景に、壇上にスポットライトが当たり始める。
はじめに登壇してきたのは、この間唯を車で送っていた細面の大人の人。
砂岩 勝――株式会社バスターライフルのグラフィック担当。
そして、
「うわぁ……本物の赤羽 零さんだ……」
思わずそう溢した。
現役女子大生にして、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの人気者。
画面越しでしか見たことのなかった存在が目の前にいる。
その感動たるや、言葉を失うほどった。
「赤羽さん、好き?」
「まぁ、好きというか、有名だから」
「私よりも?」
唯の不意打ちに、武人の心臓が跳ね上がった。
ややあって、唯も迂闊なことを言ってしまったと思ったのか、顔を真っ赤に染める。
「そ、そういう意味じゃないから! 演者としての赤羽さんと私を比べてどうかなって思っただけだから!」
「まぁ、えっと……赤羽さんは好きっていうか、有名だから。でも、俺は唯の声の方が好きだね」
「っ!?」
「どしたの?」
「ううん、なんでも……そっか、私の方が好きなんだ……」
演者として圧倒的に格上の人よりも好きと言われて嬉しいのだろう。
ちなみにリップサービスではなく、武人の本心である。
「赤羽さまー! 赤羽さまー! こちらをぉ!!」
そしていつの間にか会場入りしていた竜太郎は最高峰で必死に叫んでいたのだった。
「皆さん、こんにちは! 星野獅子(レオ)をやってます、赤羽です! 今日は最後まで楽しんでいってくださいね!」
赤羽さんは明るく、芯のある声で開会の宣言をした。
イベントは赤羽さんがMCを務めつつ、砂岩さんとの対談形式で進んでゆく。
(いつか唯も、赤羽さんみたいにやる日が来るのかな)
そうなったら最前列の席で鑑賞したい、不思議と強くそう思った。
「次のアップデートから一部キャラクターに導入される"発進シークエンスシーン"はすごく力が入ってますよね?」
「ええ、気合い入れました。本日はここで先行上映を行います」
砂岩さんの発言に会場のボルテージは急上昇。
武人も期待を膨らませる。すると不意に、少し甘くてだけど爽やかな匂いが鼻をかすめる。
「実は発進シークエンスのオペレーターの一人、私がやったんだ」
唯は武人だけに聞こえるよう、出来る限り身を寄せていた。
「難しい言葉多くて大変だったけど、結構自信あるんだ。期待しててね」
「そ、そうなんだ。楽しみだな、ははっ!」
時々唯は急に近づいてきて驚かせてくる。
嬉しいが、心臓に非常に悪かった。
「では早速発進シークエンスwith"星野獅子"! どうぞご覧ください!!」
赤羽さんの特徴的な声を合図に照明が落ちた。
ステージ後ろの白幕に、カウントダウンが刻まれてゆく。
そして、綺麗なCGが浮かび上がった。勇しく、勇壮なBGMが流れ、期待が一気に膨らんでゆく。
「すみません、止めてください」
慌てた様子で砂岩がストップをかけた。
映像が消失し、会場は暗闇に閉ざされ、どよめきが沸き起こる。
「す、すみません! 機器のトラブルのようです。ちょっとお待ちくださいね!」
赤羽さんにスポットライトが当たり苦笑いを浮かべている。
唯は唖然とアクシデントを眺めている。
「なんか問題なの?」
「うん。多分、オペレーター役の音声が入ってない」
会場は少々混乱していた。しかし一行に映像が流れる様子はない。
隣の唯が、何を考えているのかははっきりとはわからない。
だけど迷っているような、なにかを決めたがっているような。
そう感じた武人は、
「行きたい?」
「えっ?」
「なんとなく、ステージの方へ行きたいのかなと思って」
「でも……」
いい加減なことは言えない。なにをしようとしているのかわからない。
だから言えることはただ一つ。
「唯ならできる。俺は信じてる」
「武人くん……」
「ここで観ているから。頑張って」
「わかった! 行ってくる! ありがと!」
唯は暗闇の中へ飛び出し、こっそりステージへ向かってゆく。
ややあって、ステージの白幕へは再びカウントダウンが流れ始めた。
⚫️⚫️⚫️
赤ランプとサイレンが、メカニカルな格納庫に響き渡る。
「装甲兵出撃準備開始。繰り返す、装甲兵出撃準備開始」
勇壮なBGMと効果音に重なって、凛とした女性の声が重なる。
いつもとはだいぶ雰囲気が違うが、それでもわかる。
唯の声だった。
画面の中でマイパンのメインキャラ、星野 獅子がスロープから降り立つ。
「安全拘束解除! 続けて、十式装甲随時射出!」
四方八方のエアシューターから装備が射出される。
右腕へ戦車砲装備。
「右腕部40サンチ滑空砲――エドヒガン、接続! ロック確認!」
「左腕部偏光アクティブシールド――オオシマ、接続! ロック確認!」
「両脚部超速輪帯――ヤマザクラ、装着! ロック!」
「胸部複合増加装甲――ソメイヨシノ、装着! ロック!」
「十式装甲システムオールグリーン! OSサクラ起動確認!」
ガチョン、と音がなって、獅子へ装備の重みがのる。
しかし笑顔で、サムズアップ。
「フォースゲートオープン! フォースゲートオープン!」
リフトが持ち上がる、進路の隔壁が開き、青空が見える。
獅子はリフトのステップへ足を接続。
「電磁カタパルト、接続! ロック確認!」
「霊冷式4サイクルv型8気筒ディーゼル点火! ――熱量上昇……安定! 問題なし!」
「進路クリア! 射出口問題なし!」
「最終安全装置解除! 星野さん、どうぞ!」
「了解! 第七装甲兵団、星野 獅子! 人類を守るため、パンツァーGO!」
最後にスピーカーから生の赤羽 零の声が響き渡った。
映像の中の星野獅子は射出され、大空へ舞い上がる。
そして着地し、キャタピラーで荒野を疾駆し始める。
見事な発進シークエンスシーンだった。
お客さんは拍手喝采を贈っている。
そしてステージ脇にはマイクを持ち、台本を持ってひっそりと立っている唯の姿が。
どうやら即興で赤羽さんと共に声を吹き込んだようだった。
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