第12話憤怒するマネージャー



 朝、全力ダッシュして疲れ切った武人は、授業中も机に突っ伏し寝てばかりいた。

同時に少しもやっとした気分でもあった。


「まさか俺を一人にしてハントモンを夜通しやったわけではないよな!?」

「違うって。昨夜は悪かったよ。ちょっと色々とな……」

「むぅ……」

「今夜一緒にやろうぜ」

「承った。またドタキャンはしないでくれよ」


 今日は羽入さんが不在なので、久々に竜太郎との学食での昼食だった。

 竜太郎は色々と話しかけてくるが、申し訳ないが左から入って右へ抜けてゆくばかり。


(羽入さん大丈夫かな……)


 朝、羽入さんは突然現れた怖そうな大人の女性に連れて行かれた。

 羽入さんの低姿勢や、会話の内容から、どうやら彼女の“マネージャー”という存在らしい。


 そして台本を見せたことや、色々と話していたことを酷く注意されている様子だった。

 


TAKE


“大丈夫?”



 そうメッセージを送ってあったが、未だに既読は付かず。忙しいのか、はたままた別の理由があるからなのか。

 

 

 流れるように学校での一日が終わり、武人は帰路へ着き始める。


「こんにちは。今朝、唯と一緒にいた子で間違いないですか?」


 不意に背中へ凛とした声がかけられ、踵を返す。

 そこにはスーツ姿の、怖そうな、羽入さんのマネージャーらしき女の人が立っていた。


「あ、えっと、はい!」

「そうですか。突然、お声がけ申し訳ありません。改めまして私こういうものです」



 キングダムプロモーション 第8マネージメント部担当 

 シニアマネージャー 市神 鎌子

 

 

 差し出された名刺にはそう書いてあった。シニアとあるからかなり偉い人なのかもしれない。 

 

「あなたのお名前は?」

「お、小津 武人です……」

「なるほど、貴方が小津さんでしたか」

「それはどういう……?」

「小津さん、今から少しお時間をいただけませんか? 唯の件でお話があります」

「は、はい……」


 まるで罪人のような気持ちで武人はうなずく。そして市神の背中を追って歩き、学校近くのチェーン系カフェへ入っていった。


 市神さんは注文を聞いてきたが、武人は上の空で答えた。

 結果、目の前には2杯のアイスブラックコーヒーが。正直武人はコーヒーが、しかもブラックが苦手である。



「では小津さん。早速ですが、お話を始めさせていただきます。おそらくお察しのこととは思いますが弊社所属の俳優:YUIに関してです」

「はい……」

「先日、彼女はマイパン収録中に、“小津隊長”という台本外の名前を口にし、リテイクを喰らいました。これはおそらく、日常的にそうした呼び方をしていることが原因だと私は思っております。そして貴方の苗字も小津。これは一体どういうことでしょうか?」

「どういうことって……それは……」


 “特別な関係”である証として“特別”を欲した武人が、演技中はそう呼ぶように頼んだ。

 このことを正直に告げると、何となく怒られそうな気がした。


「もしかして恋人のあなたが強要しているわけ?」

「そ、それは……! それに俺は羽入さんの恋人じゃ……」


 市神の鋭い視線が痛かった。やがて市神は深いため息を付く。


「この際、付き合ってるとかは問題ではありません。良いですか? 彼女の声と演技は彼女の財産です。彼女は世の中に認められて、あの子の声と演技で正当な対価を得ています。もし君があの子へ無償で演技をさせているなら、それは彼女という役者への冒涜だと言わざるを得ません」


 一方的な市神の物言いだった。

 さすがにここまで言われては武人も頭に来てしまう。


「お言葉ですが、市神さん。プロでも無料動画配信とかしてますよね? だったら対価の有無が、芸を見せる見せないの基準にはなりませんよね?」

「だから、演者としての羽入 唯へお願いをしてもいいと。そういう言いたいのですね?」

「べ、別に、俺は……」


 市神は石のように揺らがず、相変わらず鋭い視線のままだった。


「なら、仮に唯が芸を見せたとしましょう。それがあの子の次の仕事に繋がるのですか?」

「えっ……?」

「あなたに個人的な芸をみせることで、あなたは唯へ新しい仕事を与えてあげることができるのですか? 価値があるのですか?」

「それは……」

「たしかに君のいう通り、対価の有無が芸を披露する絶対的な基準ではありません。ようはそれをすることで、次の仕事につながるかどうかです。もし無償や無料で芸をしても、それが次の仕事へ繋がる可能性があるのならばしても良いと私は思います。もしくはチャリティーです」

「……」


 何も言い返せなかった。

そして少しミーハー気分で羽入さんと接していたのだと、逆に思い知る結果となってしまっていた。


「あの子も今朝のように平気で守秘義務違反をしてるみたいですし、あなたとの関係で少し調子に乗ってると思います」

「……」

「唯は今とても大事な時期なのです。転ばせる訳には行きません。だから悪いけど、今はあの子から離れていてください。貴方という存在は今の唯にとってマイナスのなにものでもありません」


 抉られるように市神の言葉が突き刺さるのだった。

 

 

●●●



 カフェを出た武人は反省と困惑の渦中にあった。


 特別な関係を自分が感じたいがために、唯へ特別な呼び方をお願いしていた。

それは武人の都合であって、唯の次の仕事へは繋がらない。

更にそのことで先日、仕事でミスをさせてしまっている。


(昨日から俺、反省ばっかりだな……)


 それだけ唯との関係を甘く考えていたのだと思う。


 バス停へ向かう最中、目の前に高級そうな外車が止まった。

 そしてそこからあろうことは羽入さんが出てきた。

運転席からは細面の男性が顔を見せている。しかもかなり親し気な様子だった。

 もはや決定打としか言いようがなかった。


(そうだよな、羽入さんと俺とではもともと住む世界が違うんだ……)


 たしかに特別な関係ではある。しかしそれは一時のものに過ぎない。


勘違いしちゃいけない。彼女にはすでに、大事にしてくれる人がいる。

同い年だがすでに大人の世界を知り、そこのルールの中で切磋琢磨している。

悔しいけど、そこは認めるしかない。


 しかしだからといって、このまま黙って引き下がるのは良くはない。

 けじめは必要だと思う。


 武人は意を決した。

 車へ向かって手を振っている羽入さんの背中へ近づいて行った。


「は、羽入さん!」

「えっ……? お、小津くん? どうしたの!?」

「少し話がしたい。時間、くれないか!?」

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