第10話気遣い屋さん



「さぁ、親友よ! 久々に男同士、語り合おうではないか!」

「悪い。今日バイトなんだわ。じゃあな」

「がふっ!」


 放課後竜太郎を振り切って、武人はさっさと昇降口へ向かった。

丁度、羽入さんと田崎さんが仲良く、学校を出てゆく場面に出くわした。


「唯たんと一緒、久々ネ! 今日は甘いもの食べて帰ろうネ!」

「いいね、それ!」

「最近、お仕事どーネ?」

「えっとねぇ……」


 一瞬声をかけようとしたが、邪魔はしたくないと思った。

 羽入さんはきっと忙しい身なので、あまり友達と遊べていないのだろう。

 今日は自分も用事があるし、お互いにとっても、良い機会なのだと思った。

 

 仲の良さそうな羽入さんと田崎さん。

 そんな二人を見て影響されたのか、武人はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動させる。

 

 TAKE

 

"そういや今日からハントモンで、新しいマップが追加されるんだけど一緒に回らないか?"



 マロンドラゴン


"承知した! では22時に待つ!"



「だから何だよ、このマロンドラゴンって……」


 相変わらずの竜太郎のHN(ハンドルネーム)に武人は苦笑する。

 しかしバイトが終わって、ゆっくりできそうな22時と言わずとも指定してくるあたり、竜太郎は武人のことをよく理解してくれている。

 ありがたいことだった。

 そしてここ最近は羽入さんとの関係に夢中になっていたこと反省した。

 

羽入さんには羽入さんの、自分には自分の生活がある。それをもっと大事にしないと。


 そんなことを考えつつ、武人はバイト先である“デリバリーピザ店”へ向かっていった。

 

 

●●●



「えっと次は……」


 20:00を過ぎても、今日は異様に忙しかった。

 いつもはこれぐらいの時間から注文が減り、21:00には上がれる。

 しかしこのペースでは竜太郎と約束した22:00に間に合いそうもない。

 

 そう思った武人は、知っている限りの抜け道を駆使して、三輪原付スクーターで配達を済ませてゆく。

 

 そして最後の届け先は――学校の裏手にある、市営のオンボロマンションだった。

 築50年以上で、罅だらけの、シミだらけ。おまけにエレベーターさえない、地上5階建ての、まるで廃墟のようだと言われているマンションである。

 しかしここで今日の配達は終り。エレベータが無いのはしんどいが、なにするものぞ。

 

 武人は一段飛ばしで、素早くオンボロマンションの階段を駆け上がる。

 

 しかし届け先である5階に着くころには息も絶え絶えだった。体力が無いのに、こんなことをするからである。

 

 少し間をおいて、呼吸を整えなおし、届け先のインターフォンを押し込んだ。

 

「こ、こんばんわ! ぜぇ……サ、サイコロピザですっ……!」

「あ、はーい!」


 疲れのせいなのか、なんだか聞いたことのあるような声が扉の向こうから。


「って――!! えっ!? 小津くん!?」


 出てきたのは多分中学の頃の赤いジャージを着て、大きな黒縁眼鏡をかけ、更にゴムバンドで髪をアップにした羽入さんだった。

 

「羽入さん、だよね……?」


 どっからどうみてもそうなのだが、あまりの驚きに武人はそう聞いた。

 すると羽入さんは顔を真っ赤に染めて、

 

「ちょっとこの恰好緩みすぎかな……? あはは」


 苦笑いを浮かべさせてしまった。

 

 武人は複雑な思いに駆られた。

別に恰好がどうのこうのとかでは無く“他の理由で”である。


 学校の時のような会話は無く、あくまでお客と配達員としてやりとりを経て、武人は逃げるように学校近くのオンボロマンションから去って行く。

 

(まさかここに住んでいるだなんて……)


 武人はずっと気づかなった自分の馬鹿さ加減に、落胆するのだった。

 

 TAKE


“悪い! 今日ハントモンできなくなった! 本当にごめん!”



マロンドラゴン


“りょうかい……”


 家に帰り、メッセージアプリへ明らかに元気のない竜太郎のメッセージが映し出された。

 申し訳なくは思うも、今日は他に考えることができてしまった。

 フォローは明日きちんとすると決める。

 

 気持ちを切り替え、今度は羽入さんへメッセージ送る。



TAKE


“こんばんは。あそこが羽入さんの家なの?”



 既読はすぐにつかなかった。暫くするとスマホが震えた。飛びついて開くと、竜太郎の押しキャラの泣き顔スタンプだった。

とりあえず投げ捨てておいた。

 やがて改めてスマホが震えた。



YUI



“今夜はたまたま親戚の家にいただけだよ”


”てか、いきなり小津くんが現れてびっくりした!”


”バイトは長いの?”



 明かな話題回避だと武人は思った。何度か、羽入さんとのやりとりをして、適当なところで切り上げる。

 そしてブラウザを起動させた。


 

 検索は――バス、時間、英華大付属前

 


 

  学校の始業は8:30

 

 武人は8:15過ぎには到着するようにルーティーンを組んでいた。

 

 バスは10分間隔で運行、所要時間は約5分のため、8:00分の便に乗るようにしている。

 

 遡り、電車は約5分間隔で運行。住まいは隣の大きな町で、電車での所要時間もまた5分。

 

 よって7:59分の電車に乗るようにしている。

 

 そして家から駅までも、徒歩5分。

 

 よって武人は7:50分に家を出るようにしている。

 

 

(ここから逆算すると……)

 

 

 

 唯は武人が電車から降りる前に、改札口で待っていた。

 

 先日日直で2本早い電車に乗り、7:45分過ぎに駅へ到着したところ、改札に駆けてくる羽入さんと出くわした。

 

 

(と、なると羽入さんは毎日7:50分頃には駅に着いてるってことか)

 

 

 

 バスの運行表を確認する。学校から駅への七時台の運行時間は7:04、7:32、7:52

  

 もしもしバスを使っているのなら7:32分だろう。ならば到着は7:40分前後で、改札で出くわすのも1分か2分程度のずれになる筈。

 だけどもこの間あった時は明らかに7:50分近辺。些細なことだが空白の“10分間”が気になる。

  

  

 (まさか……!)

 

 

 人の歩行速度は時速4kmと言われている。これでも結構早いほうである。女の子の羽入さんなら3kmが妥当だろう。

  

 バスは5分で学校に着く。バスの速度は割と遅めに感じるので時速は40キロ~50キロを仮に設定しておく。

  

 学校までは確か1.7kmくらいだったので、計算すると単純計算で約2分30秒。でも信号や、乗り降りがあるので英華大付属から湯鷹駅までは所要時間は5分が良いところだろう。


 

(この式を人の歩行速度に置き換えると……)

 

 

 1.7キロの道のりを時速3~4キロで歩いたとすると――25分~35分いうことになる。

 

 おそらくここ毎日7:50で待ってくれていることから考えるに、唯は毎朝7:15分~20分の間に家を出て、歩いて駅へ来ていることになる。

  

  

 武人が起きぬけて、ぼけっと支度をしている時間に彼女は家を出ていた。

  

 更にそれ以前にお弁当を作ったり、身支度をしたりなどに関してはどれほど時間をかけているかはわからない。

  

 遅くとも起床は6時前後と想像できた。

  

 「まじかよ……」

  

 もしかして今日眠そうにしていたり、仕事でミスをしたのは、自分への気遣いのために朝早く起きたことが原因なのかもしれないと思った。

  

 しかも帰りはいつも一緒にバスに乗っていたので無駄に運賃を使わせていた。

  

 たぶん唯のことだからそこから歩いて戻っていたに違いない。

 家が学校のすぐ近くにあるにも関わらず、武人との時間を作るために、彼女は努力してくれていた。

  

  ありがたいのと同時に申し訳なさを覚える。

 もし時間があったなら、田崎さんとの時間をもっと過ごせたのかもしれない。

 声の仕事にもっと集中ができて、ミスなんて侵さなかったかもしれない。


 確かにこの関係は彼女から一方的に言い出したことではある。しかし、そうであったとしても――

  

「ダメだよな、このままじゃ……」

  

 武人はけじめをつけるべく、再びスマホへ向かってゆく。

  

 きちんと計算し、綿密に計画を練るために。

 

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