第9話襲来する2つの影(*羽入さん視点 → 武人視点)
「りょうかい! 緋色頑張る! みていて小津隊長!」
【はい、止めて】
ヘッドフォンから、鋭い声が聞こえた。
ガラス越しに音響担当のスタッフが険しい表情でマイクを手に取る。
【羽入さん、今の”小津隊長”というのは何ですか? そんなセリフは台本にない筈ですけど?】
「すみません! 間違えました。気を付けます……」
どうやらここ数日、武人のことを“小津隊長”と呼んでいることが癖付いて出てしまったらしい。
これではプロ失格。羽入さんはスッと息を吸い込み、気持ちを入れ直す。
「大丈夫です! やりますっ!」
【じゃあ頭から撮りなおしますね】
「はい!」
その時、羽入さんは気づいていなかった。
収録ブースの中を鋭く睨む、彼女のマネージャーさんの姿に。
●●●
「ふわぁ~……」
羽入さんは盛大なあくびをし、ちょっと間抜けな声が屋上に響き渡る。
春眠暁を覚えずなのか。はたまたは週末、仕事だったと聞いているのでその疲れか。
そんな状況なのに今日もお弁当を作ってきてくれている。嬉しいような、申し訳ないような武人だった。
ちなみに今日のおかずは“ミニチーズハンバーグ”と“ハッシュドポテト”である。
「寝不足?」
「うん、まぁ……それに週末の収録でちょっとミスしちゃってね……で、その反省を家でしてたら遅くなっちゃって……」
「そうなんだ。大丈夫?」
「ありがと。大丈夫だよ!」
羽入さんの笑顔が眩しいぁった。胸が高鳴る。
だからこそ、今日はちゃんと告げなきゃいけないことがあるのだが、なかなか言い出せなかった。
「どしたの? なんか怖い顔してるけど?」
「あ、えっと……」
やや羽入さんが不安げな顔をする。さすがにこのままズルズル行くのは不誠実だと思った。
「今日なんだけどさ、悪いけど一緒に帰れないんだ。バイトがあって……」
「そうなんだ。わかったよ。教えてくれてありがと」
笑顔なのだが、どこかぎこちないように見える。いや、自分がおこがましくもそう感じているだけなのか、否か。
「なんのバイトしているの?」
「ピザの……」
「みつけたネ!」
甲高い声と共に、髪が少しブロンドがかった女子生徒が、向こうからやってきた。
「リリちゃん!?」
「うわぁーん! 唯たん成分補給ネ! もう辛抱たまらんネ!」
突然現れたブロンド髪の女子生徒は羽入さんへ飛びつき、猫のように顔をすりすりし始める。
この目立つ人は確か……
(田崎 リリさん、だっけ……?)
日本人とフランス人のハーフで、結構可愛いいうことで、学校の中ではそこそこ有名な同級生だった。
家は割とお金持ちらしく、彼女と同じく可愛らしい三つ年上のお姉さんがいるとのこと。
たしか名前は“クロエ”さんだったか?
「ご、ごめんね、リリちゃん! 寂しがらせて! どーどー」
「彼氏できて、益々忙しくなったのなら、それも教えて欲しかったネ!」
「か、彼氏ぃ!?」
「そうネ! 唯たんが幸せなら、ワタシは嬉しいネ! 祝福するネ! でも、黙っていられると友達として寂しいネ!」
田崎さんは羽入さんからから離れた。そして武人の前で正座をし、
「お初にお目にかかるネ。ワタシは唯たんの親友、田崎 リリネ!」
綺麗な三指の礼だった。
「ど、どうも、小津 武人です」
「タッケーネ! 了解したネ! 友達として、末長く唯たんを愛してあげて欲しいネ!」
「「なっーー!?」」
武人と羽入さんの絶句が絶妙に重なった。
「OH! 息ぴったり! これが愛なのネ!」
「リリちゃん! あ、あのね、これは!!」
羽入さんの言葉が、昼休み終了のチャイムでかき消された。
羽入さんは顔を真っ赤に染めつつぴょこんと立ち上がって、田崎さんの手を取った。
「また明日ね小津くん! リリちゃん、行くよ! 次体育だよ!?」
「きゃはー! 唯たん久々に手、繋いでくれたネ! でへぇ〜」
羽入さんは田崎さんの手を引いて走り出す。
すると田崎さんは顔だけを武人へ向けた。
「またネ、タッケープリンス! 唯たんをくれぐれも頼むネ!」
「だ、だから、小津くんと私はそういうのじゃないって!!」
嵐が去った。うん、ハンバーグは冷めても旨い。
羽入さんとの関係は、なるべく悟られないように振る舞っていたつもりだが、やはり少しずつ見られているらしい。
しかも恋人同士に見えているという。それはそれで嬉しいのだが……
嫌な予感を抱きつつ屋上からの階段を下りていると、下からニュッと影が躍り出る。
「ようやく証拠を掴んだぞ、小津。つい先頃、羽入さんは田崎さんを伴って屋上の階段を駆け下りてきた。そして次はお前だ。さぁ、状況を説明して貰おうか!」
色白でもやしのようい細い男子生徒――栗生 竜太郎。
「状況もなにも、お前が言った通りだが……」
「なんと! 偶然と言い切るか! やはり俺たちが交わした盟約が原因か!?」
武龍間二次元愛する宣言――中学の時に、冗談半分でかわした、文字通りの約束である。
「しかし気にするな、友よ。こう見えて俺はあの時よりも数段大人になった。三次元にも三次元の良さがあるのは理解できる
!」
そういや龍太郎は最近、アイドルの追っかけも始めたと思い出した。
「しかもお相手が"羽入 唯"さんならば、さらに問題ないし! お前の緋色への愛が画面を突き抜け、通信電波にのり、彼女のハートを射止めた! これほど尊いことがあろうか、いやないはずだ!」
「いやだから、俺と羽入さんはそういう関係じゃないって!」
「ならばなんなのだ?」
「それは……」
守秘義務があって答えられない。そもそも応えるつもりはない。
武人は竜太郎を無視して足早に教室を目指し始める。
「羨ましいぞ、武人! 俺の想いもいつか“赤羽様”へ届くだろうか!!」
赤羽様とは、マイパンのメインヒロイン"星野
最も彼女は昨年劇場公開されてロングランされた長編アニメーション映画に出演して以来、人気急騰中である。
きっと竜太郎と思いを同じくする同士は多いはず。おしなべて轟沈だろうが。
羽入さんだって赤羽さんほどではないが、注意深くエンドクレジットをみてみると、“女子生徒A”や“村娘B”とかでちらほらと名前が載っているとここ最近気がついた。
やはり羽入さんは本物の中の人。
そんな彼女との、不思議な関係は特別で、奇跡的なものなのだ、改めて武人は思う。
(そういえば羽入さんってどんな生活してるんだろうな)
身近になったためか、武人はそんなことを思うのだった。
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