★Cパート  戦闘の話をする


 半径0.45メートル。羽入さんはパーソナルスペースの"親密ゾーン"を維持しつつ、武人と共にアーケード街を歩いていた。


「ねぇ、隊長、この間緋色、蟹型キャンサー級を五匹も倒したんだよぉ」


 不意に緋色の声で、羽入さんが話しかけてきた。


 蟹型級とはマイパン内で、かなりの強敵になる。


その報告ということは――




「そうか、良くやったな緋色。頑張れよ」


 と、隊長は労い、

 

「言葉だけぇ?」

「ゲームか食べ物か?」

「ううーん。これぇ」

「わ、分かった……」

「ふへぇー! うれしいぃー!」


 ”緋色の頭を撫でる”といった好感度を上昇させるイベントで間違いない。

 



(いきなりハードル高!?)


 しかし役になり切っている羽入さんはくねくね身体を揺らしながら、


「ねぇ、隊長、緋色すごいよねぇ? 凄いよねぇ?」


 きっとやってもいい筈だ。やっちゃっていいのだ。今の自分は隊長で、羽入さんは緋色。

 

 もうやるっきゃない!


 武人は手を伸ばす。指が震える。喉が渇く。胸の鼓動が全身を駆け巡る。

 なんとなく羽入さんも待っているような気がする。ならば、柔らかそうな亜麻色の髪を堪能すれば良い。

 ここまで来たら、もうそうしたくてたまらない!


 と、その時鳴り響く、羽入さんの鞄に入ったスマホ。


「ご、ごめん! はい、もしもし、お疲れ様です!」


 羽入さんはペコペコ頭を下げて、武人から離れてゆく。


 惜しいような、よかったような、ホッとするような。


 複雑な心境の武人だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る