★Bパート 食べ物を見る



 半径0.45メートル。羽入さんはパーソナルスペースの"親密ゾーン"を維持していた羽入さんは、ふと立ち止まった。


「じぃー」


 緋色の声を出し、対面販売のクレープ屋を見つめていた。


(ああ、これは食べ物を欲しがる緋色だな、きっと)




 ゲーム内の緋色なら、


「しょうがない。これで良いか?」


 と、隊長は言い、


「わぁい、隊長ありがとう! ふへ!」


 緋色へ餌付けをする。


 この時表示される、緋色の笑顔は格別である。

 



(大事なシーンだし乗ってみるか)


 財布は心配はあった。しかし幸いなことに、ペイマネが使えるらしい。丁度、今日、羽入さんからお金を返してもらったので、多少の余裕はある。


「クレープ、欲しいか?」


 少し隊長を真似てそういうと、


「ほしぃー!」

「何味が良いんだ?」

「甘いのー!」


 緋色の羽入さんは元気よく答えた。やっぱりこういうときの緋色の声は可愛い。

演じている羽入さんも可愛い。これで十分ペイができている。


「あ、い、良いよ! 私が払うよ! 悪いもん!」


 と、クレープを買いに行こうとした武人を、羽入さんは慌てて止めた。

声は緋色ではなく、羽入さんである。


「奢るよ。返してもらったお金あるし」

「だめだって! 私の都合で小津くんに、付き合ってもらってるんだもん。私が払うよ!」

「大丈夫だって!」

「ダメだって!」

「だから良いって!」

「悪いって!」

「遠慮しないで!」

「遠慮するよ!」



 ふと、周りが二人の様子を見ていることに気がついた。

 途端に気恥ずかしさが沸き起こり、耳が熱くなる。


「わ、悪い!」

「ご、ごめんなさい!」


 羽入さんも同じなのか、頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。

微妙な空気が垂れ込め、互いに黙り込んでしまう。


「えっと……結局どうしようか? 食べたいんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「じゃあ……」


結局、


「隊長、ありがとー! うれしいぃ! ふへ!」


羽入さんは満足そうな緋色を演じながら、チョコバナナクレープを美味しそうに食べていた。


(お互いに買い合うことになったけど、まぁ、良いか……)


 武人は自分ように買ったハム&チーズのクレープへかじりつく。

甘くないクレープも意外と旨い。


「もしかして欲しい?」


 ちらちら横目で、ハム&チーズのクレープを見てきた羽入さんへ聞く。


「くれるの?」

「齧り付くんじゃなければ」

「小津くんってやっぱそういうの気にする人?」

「ち、違うよ。ほら!」


 間接キスが恥ずかしいなんて、言えっこないない武人は、素早く自分のクレープを千切って渡した。

 ハムが多めにずるりと抜けたが、仕方がない。


「私のもいる? 美味しいよ?」


 対して羽入さんは食べかけのチョコバナナクレープを差し出してきた。

 はたしてこれは確信犯なんか、無自覚なのか。


「あのさ、緋色をしなくても良いの?」

「あっ! ご、ごめんね……クレープ、おいしいぃ!」


 緋色に戻った羽入さんは、パクパクとクレープを食べ続ける。


 やっぱり無自覚に一票を投じようと思った武人だった。

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