第6話やっぱりコレは現実だった!
まだ状況が信じられず、武人はボーッと授業を聞き流していた。
(羽入さんと俺が一緒に帰る? こんなことってありえるのか……?)
そんなことを考えていると、あっという間に授業は終わり、HRも聞き流す。
そんな中、ポケットに入れたスマホがブルブルと震え出た。
慌てて取り出してみると、
【司令部メンタルヘルス科より伝令。翼 緋色機甲一尉が寂しがっているぞ!】
とのメッセージが表示されていた。ホッとしたような、そうではないような。
昨日の夕方から色々とありすぎて、マイパンへログインするのを忘れていたと思い出す。
慌ててアプリを開くと、メニュー画面に"嫁設定"された【翼 緋色】のCGモデルが表示された。愛くるしい顔は少し曇り気味で、頭の上に、吹き出して黒いモヤモヤが浮かんでいる。
【……ふへ!? 隊長! きてくれたぁー! 嬉しい!】
指先で画面の中にいる緋色の頭の辺りを優しくタップした。
緋色のCGモデルが笑顔で顔を真っ赤に染めながら、体をクネクネさせる。
【隊長、ありがとう! だーいすき!】
もうだいぶ聴きなれたセリフのはずなのに、心臓がドキンと跳ね上がった。
声のトーンは演じているためやや違う。しかし独特の響きがある声は、間違いなく羽入 唯さんのものである。
(やっぱ羽入さんって、ちゃんと中の人なんだよなぁ……)
緋色を撫でるたびに「大好き!」を連呼され、そのたびに耳が熱くなる。
まるで初めて緋色の好感度を最大まで高めた時のようだった。
そう思っている中、スマホが震えて、画面最上部に"メッセージアプリ"のアイコンが浮かんだ。
画面の中で嬉しそうに微笑む緋色へ「ごめんね……」と呟いて、アプリをマイパンから、メッセージアプリへ切り替える。
【YUIさんから友達申請が来ています。許可しますか?】
震える指を堪えつつ、当然、了承を選んだ。
可愛い黒猫のアイコンとYUIという名前がフレンド一覧に追加される。
YUI
"承認ありがと! よろしくね"
TAKE
"こちらこそ"
YUI
"こっちはHR終わったよ!″
″小津くん、部活とかはしてるの?"
TAKE
"してないよ。羽入さんは?"
YUI
"イラスト部には入ってるけど、お仕事があるから最近はあんまり行けてないんだ"
"もう帰りでOK?"
TAKE
"OK"
YUI
"校門で!"
"待ってるね!"
放課後の予定はあっさり決まった。どうやら今日から羽入さんは武人と一緒に帰るつもりらしい。
昨日から怒濤のように続く、出来事の数々を、武人は未だに信じられていなかった。
もしかすると門を出ると、悪い人なんかが待ち受けていているか? さすがにそんな展開は漫画的すぎるか? 例えば、ほいほいやってきた武人を、何人かの女子が影から見ていて、クスクスと笑うのではないか。そうなると羽入さんも相当悪い子ということになる。
(それはないかな?)
人の良さそうな羽入さんに限ってそんなことないんじゃないか。
そんなことをされた日には人間不信というか、女性不審になるのは間違いない。
八階建て本館の真ん中をくり抜くように設けられた中庭を過ぎり、校門へ向かってゆく。
しかし帰宅する生徒の波ばかりで、羽入さんはおろか、待っている人の姿さえ見当たらない。
しばらく待ってみたがやってくる気配はない。
ならメッセージを入れてみるか。でも、いきなりそんなことをしては失礼なんじゃ。
もしかして本当に、他の生徒と徒党を組んで、間抜けに突っ立っている武人を見て、クスクス笑っているのだろうか。
「ご、ごめん! 遅れちゃった!」
ごめんと謝りたいのは武人の方だった。少しでも羽入さんのことを疑った自分が恥ずかしい。
振り替えると、そこには肩で息をしている羽入さんの姿があった。
「用事でもあった?」
「電話がきて、それで……!」
「仕事関係?」
「うん。でも、今週の打ち合わせ、全部週末にずらしてもらったから! 今週は大丈夫だから!」
「大丈夫って何が?」
「えっ? 一緒に帰るのとお昼ご飯のことだよ? お願いした手前、最初の週くらいはちゃんとしないと小津くんに失礼だもん!」
一時でも唯のことを疑って、更に申し訳ないことを考えたと感じた。
もう二度と羽入さんを疑うものか。心に強くそう刻む。
「小津くん?」
「あ、いや……なんでもない」
「そう?」
「うん。改めて確認したいんだけど、俺は羽入さんの緋色の演技を聞けば良いんだよね?」
「そっ! ですぴえろさんから、"私の緋色は、どこか声に魂が籠ってない"って言われちゃったんだ」
「そうは思わないけど?」
「でも総監督がそういうんじゃ何かあるんだよきっと」
尖った作風で定評のある"ですぴえろ氏"のことだから、きっと気に入らないところがあるのだろうか。
しかし"魂が篭っていない"とは、漠然とし過ぎていて、どうしたら良いかわからない。
「なんだか難しそうだね……」
「小津くんは普通に受け応えてくれるだけでいいし、意見も思ったことをそのまま伝えてくれれば良いから! でも、時々ちょっとだけ隊長さんになり切ってくれると、やりやすいかな」
隊長役の主人公の声はフルボイスで、しかも声質が良いと評判の売れっ子である。
ちょっとハードルが高い気がする。
「あんなイケボ、俺出せないよ?」
「時々なり切るだけで良いから。それに小津くんの声も結構カッコいいと思うよ? 私は好きだなぁ」
耳がカッと熱くなった。
"好き"の意味は違うだろうけど、その破壊力は抜群だった。更にプロにそう言われたことも、案外嬉しい。
「今日はバスの時間まであるから、ちょっとこの当たりを一緒に回って欲しいな」
「羽入さんもバス通学なの?」
「うん!」
「一緒だったなんて気づかなかったなぁ」
「そ、そう?」
「まぁ、俺が帰る時間、いつもあんな感じだからねぇ……」
「あっ、そうだよねぇ……大変だよねぇ……じゃあそろそろ始めてもいいかな?」
「ああ」
羽入さんは顔色や態度を変えていない。しかし、空気がわずかに変化した気がした。
「宜しくね……すぅー……はぁ……帰ろ、隊長!」
ワントーン落ちた羽入さんの声は、一瞬で"翼 緋色"を感じさせた。
羽入さんの姿が緋色のように見え、身近に感じる。
「隊長?」
「か、帰ろうか」
「うん! ふへ!」
緋色の癖である、独特の笑い声が隣から聞こえた。
それだけでも感動なのだがーー羽入さんは半歩ほど肩を寄せた。ふわりと羽入さんから甘くて、だけど爽やかな匂いが香ってくる。
「なーーっ!?」
「どうかした?」
「いや、なんで、これはえっと……!」
「?」
(や、やばい! 近い!?)
「あ、あの、小津くん? 大丈夫……?」
緋色の声をやめ、いつも羽入さんが心配げに覗き込んでくる。さすがはプロ。
半径0.45メートル以内、いわゆる、パーソナルスペースの"親密ゾーン"に踏み込んでいるが、顔色一つ変えていない。きっと武人と"役としての緋色"の関係を距離で表してくれているのだろう。ならば自分ももっとしっかりしなきゃ。
引き受けた手前、やるっきゃない。
「だ、大丈夫!」
「本当?」
「おう! 続きよろしく!」
「わかったよ……帰ろ、隊長?」
距離が近いなどなにするものぞ。
武人は胸のドキドキを堪えつつ、勇気を振り絞って、歩き始めた。
以降、いちゃいちゃパート
★Aパート ゲーム画面を覗き見る(14部)
★Bパート 食べ物を見る(15部)
★Cパート 戦闘の話をする(16部)
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